福田首相が退陣し、国会がどうなるか不透明になりましたが、医療安全調査委員会法案は上程され、一気呵成に成立するかもしれません。
今回は各論を述べる予定でしたが、こちらも一気呵成に論じてみたいと思います。
結論的に言って、この法案が通過すれば、日本の慢性期医療、終末期医療、在宅医療、精神科医療は壊滅します。そして間違いなく社会が崩壊します。
以下のことが現実問題となります
(1) 統一的終末期医療の強制(全員胃瘻「胃に穴を開けてチューブで栄養剤を入れる方法」と人工呼吸器の強制)
(2) 慢性期の患者を一人で担う医師の訴追・逮捕
(3) 在宅医療、自宅での看取りの絶滅。すべて総合病院へ
(4) 爆発的な医療費の増大(数兆円の規模で増大)
(5) 膨大な数の日本国民の中堅層(壮年期)の生産現場からの離脱
(6) 多量の高齢認知症患者の地域での放置、虐待、殺人
(7) 精神科医療の崩壊、ホスピスの廃止
(8) 老人の介護のため生活破綻、出産数の減少
(10)高齢者にふさわしい医療をしたら、最悪の場合医師と家族は殺人罪に問われる
私は精神科のなかでも認知症を主にみています。厚労省の定員では患者48人に医師1名です。しかも基本的に認知症の患者は多臓器不全の状態にて入院してきます。専門医はもとより、内科医にもなかなか掛かれません。専門医への転院はほとんど拒否されます。 (内科医のいない状態で高齢の認知症の心不全、腎不全、呼吸不全、肝機能不全、低栄養、の入り混じった症例をどうやってみればよいのか)
そこで患者の一部の家族(精神科的には保護者と言います)と相談し、それなりの医療(時々内科医に見せる程度)で最後を迎えます。しかし今まではこれでよかったのです。
いわば家族によって、刑事、民事ともに免責をされていたのです。そして死亡後でも、訴追、訴訟の心配は全くなかったのです。
しかし事故調が出来れば、私の診ている患者が死亡した場合、半分以上のケースで死因不明で届ける必要があります(事故調大綱の事例②に当たる)。調査委員会で私のケースは専門医レベルで見れば多くの過失があり、改善点が指摘されることとなります。(「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」の精緻さ、まじめさは驚異的です。たとえ100歳の患者であろうと助けることが出来たはずだとの熱意に満ちて分析しています。極端に言えば過失がなければ患者さんはなくなりません。ですから過失や改善点をいくつも挙げてくることでしょう。日本医師会は特殊事情を勘案すると言いますが、中、長期の診療過程が問題になるのです)
「かかりつけ医の意見書」も400人ぐらい書いていますが、患者さんが亡くなれば、その責任が出てくるでしょう。(徘徊して交通事故で亡くなったりした場合、入院が必要と意見書に書いてなかったのは過失と言えますから、責任を取らされるでしょう。)
また精神科領域での死因として「自殺」があります。警察が全部把握しているわけですから、すべて届ける必要があるでしょう。厚労省に直接聴いてもその必要は場合によってはあるだろうと言っています。自殺者は10年連続3万人を越えています。しかも自殺する人の50%ぐらいが亡くなる直前一ヶ月の間に医師に掛かっています。自殺に関しては、精神科医だけではなく、一度でも診察した医師は責任が生じます。これだけでも大問題です。
事故調が出来れば、このような症例を、ひどければ10件以上抱え、いつ警察通報になるか、怯えながらの生活です。また「過失あり」との調査書を交付された家族がいともたやすく訴訟を起こす可能性があります(労せずして誰でも1千万円以上の賠償が取れるわけですから、主治医の努力に納得していても、誘惑に勝てない人が続出するでしょう。)。このことが社会問題として全く認識されていません。すでに一部の弁護士はこれを如何に使うか研究中だといいます。弁護士としては研究するほどのこともなく、定型文章を作り、住所、氏名、年齢を書き換えれば済むことです。損害賠償訴訟を起こすことが出来る家族が10名は入るでしょう。この恐怖にも怯えて生活することになります。
そこで、私(精神科医)のとる行動は
(1) 内科的医療の必要な患者は入院を断る。(今までは認知症患者の徘徊、他患への迷惑行為、無断離院、拒食、放尿、放便、点滴の自己抜去などのときは積極的に受けていましたがもう出来ません)
(2) 生活能力低下(一人でおいて置けない)を理由には入院を受けられない(たとえ県外にいても家族の介護を要求してもらう)。
(3) 入院後は食事を取らなくなればすぐ胃瘻を造る。
(4) 症状悪化すれば24時間の付き添いを家族に頼み総合病院への転院を計る。
(5) かかりつけ医の意見者を書かない。ケアマネの指導はしない
療養型病床、特老、自宅での看取り、ホスピスなどでがんばっておられる先生にも同じ運命が待っています。そして危険を避けようとすれば、私(精神科)と同じ行動をとらざるを得ず、社会は崩壊するでしょう。
このブログを読まれている皆さん。
原因究明を、あるいは医療の改善をこのような高齢者、認知症の患者さんの死にも求めるべきでしょうか?医療安全調査委員会の設置を求める家族会の方もそれを求めているのでしょうか?
医療安全調査委員会が出来れば患者さんは自宅で見るつもりですか。徘徊や放尿、放便をする、付きっ切りで見ないといけない患者さんを会社を休んでずっと家で看ると言うのでしょうか。それとも、病院に入れておいて、多臓器不全で亡くなっても、あるいは老衰で亡くなっても、主治医が調査会に届けるのを、傍観し(家族が出す必要がないと言ってもそれは何の意味も持たない)、過失か、改善点が出れば、それを持って裁判所に行くのでしょうか(労せずして誰でも1千万円以上の賠償が取れるわけですから、主治医の努力に納得していても、誘惑に勝てない人が続出するでしょう。精神科的に家族と言える人は、本人およびその配偶者の両親、祖父母、曾祖父母 子供、孫、曾孫、兄弟、叔父叔母、甥姪までになります。これらの全員が目の前の大金を放っておくことが可能でしょうか)。医療安全調査委員会が出来れば、私(精神科)をはじめ、慢性期や終末期からの医師の立ち去りが止まらなくなります。
皆さんも声を上げてください。誰が考えてもこの法案は破滅的です。
今日の最後にとても怖い話をもう一つ。以前のように、高齢者あるいは認知症の患者さんの治療方針を、患者さんの一部の家族(配偶者や、長男、長女であっても)と共に、その人らしい、あるいは家族の仕事や経済状況なども考えて、適度なものにした時、たとえ家族が同意したものであっても、医療安全調査委員会にて調査された場合、殺人罪におけるA:このような治療では死期を早めることになることを承知して実行していること(構成要件的故意)。B:その実行と患者の死に因果関係があること(因果関係)。の二つを満たすことになりますから、医師は殺人罪、同意した家族も共同正犯として殺人罪に問われる可能性があります。
解決策は次回書きます
コメント
コメントはまだありません。コメントを書く