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ソウルミュージック

ベア / 2007.01.31 22:31 / 推薦数 : 0

私にはソウルミュージックがある。ソウルミュージックとは何だろう?昔、大学生の時に行っていたディスコのDJはその質問に対し「心に響けば、それがソウルミュージックだ」と言った。彼は正しいと思う。私の心に響いた音楽は数多くある。物心ついたとき、NHK-FM「ゆうべのひととき」で聞いたEAGLESの「TAKE IT EASY」、ビリージョエルの「オネスティ」、YESの「ラウンド アバウト」、テレビでは小林克也の「BEST HIT USA」でOZZY OZBOURNEの「ミスタークロウリー」で奏でられるランディーローズのギターに涙した。EARTH WIND & FIRE(EW&F)ともその頃出会った。彼らのアルバム『暗黒への挑戦』では初めから『マイティマイティ』のド迫力のホーンに心惹かれた。同時期にプリンスやチャカカーンのEW&Fとは好対照な人間の声の迫力にどきどきしていたのを覚えている。中でも僕が何かを決断するときに背中を押してくれた唄がある。EW&Fの『FANTASY』だ。その曲の魅力はアルバム『All'n All(太陽神)』でしか味わえない。ベスト盤は曲の大部分が削られており、この曲の世界観が全く伝わってこないから注意が必要だ。この曲で僕が味わう世界観は、変な話だが地球滅亡が来たときの世界なのだ。滅亡の前に地球を脱出する宇宙船が用意されている。出発してもその先どうなるかわからない。どこに行くかもわからないのだ。果たしてボクは宇宙船に乗るだろうか?もし宇宙船に乗り込む通路で、この曲が流れていたなら、ボクは宇宙船に乗れる。なにかそんな勇気を与えられるのだ。これもボクのソウルミュージックだ。
先日、実家にかえると弟が真空管アンプとスピーカーを自作しており、一緒に試聴する機会を得た。サイモン・アンド・ガーファンクルの『サウンド オブ サイレンス』のレコードに針が落とされた時、ソウルミュージックは意外と不変な事に気づいた。何年たってもいいものはいいのだ。
みなさんにソウルミュージックはありますか?

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『卵かけご飯』に合う醤油とは?

ベア / 2007.01.28 21:48 / 推薦数 : 0

 『卵かけご飯』に地域性があるかは知らないが、僕の中では卵と醤油とご飯がミックスされたものの事を指す。しかしどの段階の卵をご飯にかけるかで個人差があるようだ。卵と醤油を別立てしてご飯にかけるのと、ダイナミックにご飯の上に卵を落とし、醤油をぶっかけてかき混ぜるという2つに大別される。僕は後者だ。
 僕が大学生の頃、『卵かけご飯』に革命がおきた。お金の無かった私が同級生の家で一緒に飯を食う事になった時、友人が私に進めた醤油は正に革命の首謀者、ジャンヌダルクだったのである。いつものようにご飯にダイナミックに卵を落とし『チョーコーかけしょうゆ』なる醤油を加え、混ぜ合わす。醤油の加減を見るために味見・・・まさにそのとき脳裏に一筋の閃光が走った。『う・・・旨っ!!!』絶妙なダシ加減、甘み、そして塩加減、かおり、すべてが絶妙なバランスだった。正直、こんな旨いものがこの世に存在するのかと思った瞬間だった。
もう、18年近くも前の話になるのに、私は未だに卵かけご飯は『チョーコーのかけ醤油』である。他にもいろいろと試した事があるのだが、これに勝るものに正直出会えていない。
 このブログを見た方で、この醤油はイケルという情報があれば是非とも教えてほしいと思う。

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情熱と一途さ

ベア / 2007.01.26 23:12 / 推薦数 : 0

1891年、世界で初めて飛行機を誕生させたドイツのオットー・リリエンタールはコウノトリの飛行を参考にヒトがどのような翼を得ると飛べるかを考えた。彼のグライダーの飛行シーンはあの鴨川つばめ作「マカロニほうれん荘」でとしちゃん25才がリリンタールのグライダーに類似した翼をまといクマ先生の自宅に奇襲攻撃を加えるシーンで忠実(?)に再現されている。現在の湾曲の与えられた翼の原型は彼が考えたものであり、彼の航空分野に与えた功績は計り知れないものであろう。1896年にグライダーのテスト中に墜落死するまで、彼は自分自身で飛行テストを繰り返した。『飛行伝説(ヴィレッジノベルス)』によると、彼は1894年、47歳の時に次のような言葉を残している。『私の望みは若者達に新しい試みに打ち込んでほしいことなんだ。けれどもそうした若者に出会えていない。私は自分が試すには年を取りすぎた。40歳をすぎた頃、情熱に自分が追いつかなくなってきたんだよ。必要なのは柔軟性、若さ故の一途さ。そして最も大切なのは単純でいろいろな意味をもつ『恐れない』という勇気だ。』彼の孤独感が伝わってくるような言葉だ。僕はまだ情熱に必死にしがみついているとおもう。僕に最も大切な事はいろいろな意味での勇気だと再認識させられた。

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僕の三丁目の夕日

ベア / 2007.01.24 21:36 / 推薦数 : 0

遅ればせながら「ALWAYS三丁目の夕日」をレンタルしてきた。久々に泣いた。「泣く」事はストレス解消につながるという話に懐疑的だった僕であるが、ここまで泣くと確かにストレス解消につながると思った。ヒトの死で泣かせる映画はなにか後味が悪いものだが、この映画は「情」で泣かせる。このタイプはスポーツをしたあとの疲れのような爽快感が残る。描かれているのは昭和30年代の東京での物語だ。僕のリアルタイムは「男はつらいよ」第一作が作られた1969年頃の日本なのだが、当時の僕の生活をふと振り返ってしまった。この機会に当時の僕の好きだったものベスト3を挙げてみよう。1)ロボット:前述したカレルチャペックの流れをくむ。アトム、鉄人28号、電人ザボーガー、海のトリトンのポセイドン、マジンガーZなど。マジンガーZのインパクトの強さは計り知れなかったのを覚えている。2)お祭りの縁日:さとうきび、かじっていたなあ。地元ではミドリガメのレース、カメカメレースが行われていた。楽しかったなあ。3)真空管:廃品で捨ててあるオーディオやテレビを分解して真空管を集めていた。あの美しさに心奪われていたなあ。懐古から我に戻り、このDVDは購入せねばと思い、インターネットで検索した。感想の欄に目をやると「懐古主義のヒトにはうってつけの映画」などと少し批判的な書き込みが多かった。でもいいのだ。買って何度でも見るのだ。僕は自他ともに認める懐古主義者なのだから。

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IgE雑感

ベア / 2007.01.16 22:46 / 推薦数 : 0

『おまかせください、ドクターヘル。』最近アレルギーのレビューをする機会が多くなった。アレルギーの話は書こうと思えばいくらでもおもしろく書けるものだ。『生体防御』が生み出す適応能力とその進化はとてもドラマチックだ。私が特に興味を持つのはIgEである。以下、私的考えであることをご了承願いたい。私たちは生き延びるために必要なものを獲得し、不要なものを自然淘汰してきた。IgEは生命維持に必須なものではないにも関わらず残存し、むしろIgEを有する人間のポピュレーションが増加してきた。環境に適応しようとして我々が獲得しようとしている免疫機構のようにもおもえる。Job症候群/高IgE症候群はIgEがこの世に誕生した理由を理解する上でのヒントを提供している。この疾患では高IgE血症の他に好中球機能不全が認められ、ブドウ球菌などの細菌に対するIgEも出てくることからIgEが好中球の機能を補償するため上昇しているとも解釈でき、興味深い。このような観点から考えると、アトピー性皮膚炎も生体側のなんらかの自然免疫不全を補償するためにIgEが産生されているのではないかとも推察できる。進化がIgEという免疫機能を選択しつつあるのは変化する環境への適応の一つなのかもしれない。いづれにせよ、「防御」において私たちに既に準備されているアイテムの豊富さに甚だ感銘を受けているのである。

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清兵衛のきもち。

ベア / 2007.01.13 22:57 / 推薦数 : 0

今日の午前はフリーだった。子供達と遊びたくてしょうがなかった私は長男、長女と公園に行く事にした。車で数分のところに背の高い銀杏並木の美しいひろびろとした公園がある。子供達の自転車を車に積み込み出発した。朝から公園に来るのは久しぶりだ。いつもは昼頃くるのだが公園を訪れる人の種類はいつもと異なっていた。もっとも多いポピュレーションは犬の散歩をしている人だ。大勢が集まってお互いの犬の品評会をしているような風情だ。ふとアトピーペットの事が頭をよぎった。アトピーペットの診断基準があり、興味深いことにヒトのHanifin&Rajkaのアトピー診断基準にどこか似ているのだ。無論、そこにはアトピードッグはいないようだったが。あとリトルリーグの子供達だろうか?上り坂をダッシュしている。下ではフリーバッティング用と思われるネットを大人達が設営している。長男は野球のアニメ「メジャー」にはまっているので若干興奮して、「僕たちも野球やろうよ」といった。野球をするときの役割はいつも決まっている。僕がピッチャーで長男が打つ。長女はキャッチャーと外野手を兼任する。その結果、長女が最も運動量が多くなる。こちらも気をつかって球をとりに行くのだが、取ってしまうと泣いて抗議されるので彼女に任せている。こうしてちょっと風変わりな3人野球が始まる。空は静かで青かった。周囲の葉を纏わない銀杏の木の頂上には持ち主のいない凧がなびいていた。

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無駄の中に無限の豊かさがある

ベア / 2007.01.13 00:04 / 推薦数 : 0

このように、かのチェコスロバキアの作家、カレル・チャペックは言った。僕が今、こうして仕事をさぼってブログに書き込む行為もある意味、「無駄」かもしれない。でもこの中に無限の豊かさがあればいいと思う。チャペックは「ロボット」という言葉を作ったのでも有名である。そもそもロボットの語源は強制労働者(robotnik)であった。「おまかせください、ドクターヘル」の私もある意味rototnikだ。彼はノーベル文学賞にノミネートされたが、その後、すぐに亡くなったため受賞できなかった。かれの残した作品は言われるように確かに無限の豊かさがある。
こんな風に思えると楽しい。今日も僕の外来予約は定員をはるかにオーバーしていた。診察の数は無駄ではなく、そこには豊かさが隠れていると思って臨床するととても楽しかった。みんなにも教えてあげたい気分になった。

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娘が言った。2

ベア / 2007.01.11 21:29 / 推薦数 : 1

今朝も本当に寒かった。霜がおりていたのでバイクのエンジンに火を入れるのも一苦労だった。娘はいつものようにピンクのつなぎで、まるでピンクのビバンダム君(ミシュラン)みたいだ。手にはちょっとチープなキティちゃんが入ったピンクの手袋をしている。本人もなかなか気に入っているみたいだ。ギアをガコンッと1速に入れて、乾式クラッチをミートし、蹴りだすようにバイクは走り始めた。ある程度走ったあと、いつもの信号で止まり娘の方に耳を傾けたとき、なにかが聞こえてきた。「さーいたー、さーいーたー、ちゅーりっぷのはなが・・」、チューリップの歌を歌ってる・・。「さむくないの?」娘は歌いながらうなずいた。この瞬間、武田鉄矢率いる海援隊の倭人傳というアルバムにある曲「パパお花咲いてるね」の「幸せというやつは繰り返す言葉の中から姿を表すものでしょう」という一説が頭をよぎった。これが幸せなのかもしれない。

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娘が言った。

ベア / 2007.01.10 22:50 / 推薦数 : 1

出勤前の僕の仕事は3歳になる娘を保育園に送り届けることである。僕の唯一の通勤手段はBMWのバイクである。娘を乗せるにあたりバイク用のチャイルドシートをつけ、娘のヘルメットと保育園バッグ、私のバックも入るようにとパニアケースも完全装備した「保育園通学スペシャル」なのである。乗せる前に娘は必ず「お父ちゃんのバイクかっこいい」といってくれる。私はちょっと嬉しくなる。移動中「大丈夫?」と聞くと「だいじょうぶ」と答えてくれる。これもなぜか嬉しい。11月に入りめっきり寒くなったある日いつものように「大丈夫?」と聞いた私に、あまり弱音をはかない娘が言った。「さむいー」。本当に寒かったんだと不憫に思い通学用にLL Beanのスキー用のkidsつなぎを買った。ピンクのかわいいやつだ。娘は喜んで着てくれた。それから「大丈夫?」と訪ねると「だいじょうぶ」と僕らのいつもの会話が始まった。しかし霜がおりるような寒い日が続くようになると、再び僕たちの会話に異変が生じた。「手がさむいー」。娘は息子のお下がりのオフロード用のネオプレーン製の手袋をしていた。私はちゃっかりいつもの冬の防寒用をしていた。しかもグリップヒーター付きだ。娘は本当に手が寒かったはずだ。明日は今年初の送りの日だ。娘用に新調したピンクの防寒手袋を気に入ってもらえるか、今から楽しみなのだ。

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