| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
| 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
| 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
| 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
| 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
以前、アメリカの大学病院では、貧しい患者さん半分、裕福な患者さん半分であると書いたことがあります。医療保険を持たないためかかりつけ医を持たない貧しい人は、病気が重症化してから初めて大学病院のような大きな病院の救急外来にやってくるのですが、そのまま入院、ということが少なくありません。一方、裕福な患者さんは、当然医療保険を持っているので、「全米トップの医療を」ということで大学病院に入院してくるのです。
こういった裕福な患者さんは、大抵、その地方でも名医といわれるような医者をかかりつけ医に持っています。アメリカの開業医は、大学から離れても、大学病院に自分のかかりつけの患者さんを入院させることが出来る権限を持っています。ただ、そういった権限を授与されるためには、クリデンシャリングという、クオリティー・コントロールのためにスクリーニングのようなものをパスする必要はあります。
また、そういった医者の中でも、病院に沢山ビジネスを持ってくる医者とそうでない医者がいます。病院は常に満床なのですが、前者のような医者は、その政治力を生かして自分の患者さんを優先的に入院させることが出来ることも少なくありません。こういった目に見えない部分も含めると、アメリカの医療は相当不平等であると言えるかもしれません。
さて、そういったビジネスを沢山持ってくる、政治力のある開業医の1人にカーランド先生がいます。彼は、セントルイスの名士という名士を皆診ており、そいうった名士が「カーランド先生にはお世話になったから」と病院に多額の寄付金を下さることも少なくありません。当然、病院内でのカーランド先生は、まるで天井の臭いを嗅ぐかのように鼻高々に歩いており、研修医では気軽に寄り付けないような大物オーラを漂わせています。
ただ、この大物先生の遺憾なところは、筆跡が全く読めない点です。カールランド先生のカルテは、まるで米国憲法のような美しい筆跡で書かれているのです。ぱっとみると、素晴らしい文献のような印象を受けますが、1分を争う病棟勤務で、ああいったカルテを書かれると、何がなんだか全く読めず、「じじい、何きどってやがるんだ!」と陰口を叩かれてしまいます。
このカーランド先生のもう一つの困った問題は、何でもかんでもオーダーすることです。患者さんが胸痛を訴えようものなら、ストレス・テスト、心カテ、それでも何も見つからないようなら次はCT、MRI、まだダメなら内視鏡、と、とことん検査を出すのです。これでは患者さんは何時までたっても退院できず、カーランド・バケーションと呼ばれています。ただ、実際の業務をこなさなくてはならない研修医はたまったものではありません。
一方、病院にビジネスをあまり持ってこない、あまり政治力のない開業医の先生にプリッツキー先生というのがいました。彼は感染症を専門にしていたこともあり、かかりつけ患者さんにはHIV患者さんが多かったのです。しかも、彼の患者さんには麻薬の針などで感染したような曰くつきの患者さんばかりです。詳しいことは知りませんが、彼は人はいいのに、あまり政治力もないため、患者さんは常に救急外来で数時間待たされた挙句の入院となってしまいます。当然、入院してきた時点では、大抵の患者さんは既に非常に不機嫌になっています。研修医につばをはいた患者さん、失踪した患者さん、看護婦に暴力を振るう患者さんなど、手に負えないケースばかりです。
別にプリッツキー先生の所為でもないのでしょうが、当然、研修医からは煙たがられるようになってしまいます。以前、プリッツキー先生の受け持ち患者さんが失踪したとき、ヤカンのようなハゲ頭にちょび髭のプリッツキー先生は(映画アンタッチャブルに出てくる公認会計士にそっくり)、「私だって怒ることはあるんですよ」としみじみとぼやいていました。
そんなプリッツキー先生は、嫌気がさしたのか、今ではプラクティスを郊外へ移し、のびのびとやっているそうです。大学病院へ患者さんを送ってくることもなくなったそうです。先日、街をあるいていたら、たまたま彼のはげ頭を見かけました。犬を散歩させていましたが、心持その後姿が以前よりも元気そうに見えたのには何だかホッとしました。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
コメント
コメントはまだありません。
コメントを書く