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リーダーの第一の条件は
孤独に耐えられることではないかと私は思う
ニーチェは、自分を支配する意志をもたない人間は他人に支配されるというが
その通りであろう
(・・・略・・・)リーダーの条件として
しばしば無私ということが言われるが
それは人間には無理である
(略)それで仏教では無私を説かず
自利利他の菩薩行を説くのである(前掲書92~109p)
角川源義氏は富山出身の篤実な学者で
折口信夫の弟子であった
彼は岩波書店の創立者、岩波茂雄氏を手本として(略)
(春樹氏は)父を超えようとした
父は文化を守ろうとしているだけで、文化を創造しない
文化を創造せよ。創造は狂気だ。それに出版には宣伝が大事だ
(・・・略・・・)源義氏が師事した折口信夫は
生前は民俗学というおかしな学問をやる風変わりな学者にすぎなかった
しかし今、民俗学は人文科学の主流になった感があり
折口信夫も柳田国男や南方熊楠などとともに現代を代表する学者になった(「思うままに1995」33~35p)
折口信夫生誕地:http://www.city.osaka.jp/kensetsu/miryoku/rekishi/uekita/p63.htm
(鴨島海底学術調査)は昭和48年に私が書いた「水底の歌」が機縁になって(1992年に)始められた調査である
(略)人麿が石見の鴨山のふもとで死んだのは明らかである
(略)それは石見の高津の沖合にある鴨島であると中世以来信じられてきた
(略)鴨島というのは万寿三年(1026)の津波で沈んだという伝承を伴っている
この島と津波の伝承について、近代までほとんど疑う人はなかったが
それにたいして強い疑いを述べる人があった
それは他ならぬ大歌人斉藤茂吉であった
当時、彼には心に一つの悩みがあり
その心の空白を埋めるには何か大発見をしなければならないと考えていた
それで人麿終焉地について、茂吉は(略)
詩人的直感によって江(ごう)ノ川の上流の湯抱(ゆががい)の鴨山の地に決めたのである(前掲書228p)
ダンスホール事件:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1112935231
梅原猛著(初出は)1992中日新聞
私は、近代哲学の原理(デカルト)も
実存哲学の原理(サルトル)も
今は人類の生存にとっては好ましい原理ではなくなり
人類は新しい原理を発見しなければならないと思うが
私が内海(南知多町)の山と海で発見した
共存と循環の原理こそ
新しい時代の原理になるべきものと考える
その理論の完成に残りの人生を捧げたい(「思うままに1994」22p)
島尾敏雄氏に会うために一度(略)クエを釣ってやろうと一度
二度私は(奄美を)訪れている
じつはウミガメとウツボを食べてみたいという願望もあった
(略)ウツボの蒲焼には出会えた
(略)ウナギより業の深い珍味だったので、たいへん満足できた(前掲書63p)
私もウツボは食ったが・・・ナマズの蒲焼を食べてみたいな
どんぶり鉢に大根おろしをたっぷり、そこに酢醤油をかけ
それを氷の穴のふちにおいておき
釣れるしりから鈎(はり)からちぎって
・・・ワカサギの口はもろいのでピッとちぎれる・・・
ピンピンはねまわるのを何匹もかきまぜて
サッサッと口にほりこむのである(前掲書35p)
崖を木の根にすがって上がったり下がったりしながら
そこかしこに顔をだしているヤマウドの芽を集めるのである
宿に持って帰って山の手作りの辛い味噌をつけて食べると
その峻烈なホロにがさが舌を洗ってくれて
どうにも酒が飲めてしかたない(前掲書14p)
開高健著(初出は1971~1972「潮」)
スタインベックの掌(てのひら)小説の一つに「朝食」というのがある
(略)野外のひきしまった早朝の空気のなかで
ジュウジュウとはぜるベーコンの音がそのまま聞えてきそうなのである
ただそれだけのことなのである
けれど、こういう絶品を読むと
文学はこれでいいのだと思わせられてしまう(冒頭)
これでいいのだ・・・
私を担当してくれたのは、大阪大学出身の若い医師だった
その先生から薬をもらうようになり
五十歳を過ぎて初めて西洋医学に治療をゆだねることになったのだ
(略)そのときの若い先生がしばらくして兵庫県尼崎市の関西労災病院に転勤になり
今度はそちらに通うようになった
(略)私は急にブクブクと太りはじめた
(略)薬の副作用ではないかと思い、そのことを先生に質問すると
「そんなことはありません」という返事なので(略)
通うのを止めると同時に薬の服用も止めた
すると(略)太っていた身体が、スーッと元に戻りはじめた(202~205p)
おそらくドグマチールでしょうが・・・何で太るのか?
そもそも、うつ病に効く機序は?・・・プロラクチンンを介して?
ドーパミンD2ブロッカーなのでサイコーシスに効くのは分かるが・・・
うつ病闘病記集:http://www.library.pref.tottori.jp/medical/m-e9.HTML
うつ病体質の人は酒飲みになることが
長期的治療法として有効なのではないだろうか
と私は思う
その酒はウイスキーであろうが、ワインであろうが
日本酒であろうが、老酒(ラオチュー)であろうが(略)
とにかく酒を飲むという習慣をつけると
うつになってもとことん沈まないことは確かだ
(略)極端な言い方をすれば、うつ病になったら
境遇が許す限り朝からでも酒を飲むことである
それくらいの気持ちでかかったほうがいいくらい
うつを治療するのは厄介なことなのである
(略)私はうつ病の最大の薬は酒だと考え
自分が酒飲みになったことは
人生の一つの大きな救いだったと思っている(前掲書119~120p)