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角川源義氏は富山出身の篤実な学者で
折口信夫の弟子であった
彼は岩波書店の創立者、岩波茂雄氏を手本として(略)
(春樹氏は)父を超えようとした
父は文化を守ろうとしているだけで、文化を創造しない
文化を創造せよ。創造は狂気だ。それに出版には宣伝が大事だ
(・・・略・・・)源義氏が師事した折口信夫は
生前は民俗学というおかしな学問をやる風変わりな学者にすぎなかった
しかし今、民俗学は人文科学の主流になった感があり
折口信夫も柳田国男や南方熊楠などとともに現代を代表する学者になった(「思うままに1995」33~35p)
折口信夫生誕地:http://www.city.osaka.jp/kensetsu/miryoku/rekishi/uekita/p63.htm
(鴨島海底学術調査)は昭和48年に私が書いた「水底の歌」が機縁になって(1992年に)始められた調査である
(略)人麿が石見の鴨山のふもとで死んだのは明らかである
(略)それは石見の高津の沖合にある鴨島であると中世以来信じられてきた
(略)鴨島というのは万寿三年(1026)の津波で沈んだという伝承を伴っている
この島と津波の伝承について、近代までほとんど疑う人はなかったが
それにたいして強い疑いを述べる人があった
それは他ならぬ大歌人斉藤茂吉であった
当時、彼には心に一つの悩みがあり
その心の空白を埋めるには何か大発見をしなければならないと考えていた
それで人麿終焉地について、茂吉は(略)
詩人的直感によって江(ごう)ノ川の上流の湯抱(ゆががい)の鴨山の地に決めたのである(前掲書228p)
ダンスホール事件:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1112935231
島尾敏雄氏に会うために一度(略)クエを釣ってやろうと一度
二度私は(奄美を)訪れている
じつはウミガメとウツボを食べてみたいという願望もあった
(略)ウツボの蒲焼には出会えた
(略)ウナギより業の深い珍味だったので、たいへん満足できた(前掲書63p)
私もウツボは食ったが・・・ナマズの蒲焼を食べてみたいな
戦争の原則に「美食に慣れた軍隊は弱い」というものがある
戦国時代、潤沢な穀倉地帯だった尾張の国の兵はどうしようもなく弱く
粗食をこころがけた三河の将兵はものすごく強かった(略)
鈴木輝一郎著「日本語の逆襲」265pより
だいたい名古屋方面、という認識しかなかったが、尾張と三河ってそんなにちがうんか・・・
尾張VS三河:http://blog.goo.ne.jp/kub19/e/8c35f0982e98bc50f8b9aa8cb847a023
ソロー著「森の生活」1854(宝島社文庫2002)
第一章が「衣食住の基本問題」であり、その第二節である
生活のためにギリギリの線で必要な物とは何で
それを手に入れるためにどんな方法がとられてきたのかを
知るだけの目的でも、皮相な文明社会の中で
プリミティブな、フロンティアな生活をしてみる価値はあるだろう(25p)
長旅をしたいとき、衣類の持ち運びが一番メンドくさいですな・・・
霜降りがすきという輩は、実は肉が苦手なのだ
沖縄を尋ねたら88でもジャッキーでもステーツサイズでもどこでもいい
レアで牛肉を食え
(略)こんな旨いものと無縁で一生を終えてしまわれるなんて、居たたまれない(前掲書78p)
花村萬月著2007集英社新書
けれどいつのころからか
あれはブームではなくてバブルであるという言辞も聞かれるようになった
沖縄バブルというわけだ
弾けるのは時間の問題であるという醒めた見方である
(略)断言してやろう
東京で駄目なあなたは、沖縄に移住しても駄目だ(16p)