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金剛山山頂には
葛木(かつらぎ)神社(御所市高天=ごせしたかま)があるが
やはり一言主神が祀られる・・・とはいっても、この
一言主神、正体が定かではない
(しかし、出雲との接点がありそう、たとえば)
葛木神社の社殿は、ヤマトでは珍しい大社造りだ(26p)
葛城と出雲の接点は「賀茂」
関裕二著2008
(174~182pが北野天満宮)
「蘇我入鹿と菅原道真がそっくり」(180p)とはあるが
孝徳天皇への言及は全くない・・・
(ちょっとがっかり・・・いくら高官でも一学者の祟りでは迫力に欠けますなあ)
「早く秋になるといいな」
彼はそう思った
冷え冷えと身のしまる朝
一人南禅寺から、若王子(にゃくおうじ)、法然院
あのあたりに杖をひく自身の姿を想い浮べると
彼にはしみじみそう思われるのであった
(略、東三本木の宿での風呂上り、川べりを)
ぶらぶらと荒神橋の方へ歩いて行った(272~273p)
http://kanko.city.kyoto.lg.jp/travelroute.php?InforKindCode=7&ManageCode=4000016
この京都へ来てみて
彼は初めて幾らか救われた気持ちになった
(・・・古い寺、古い美術・・・)
(略)早く住むべき家(うち)を探さねばならぬのであるが
(略)貸家探しはいつか
寺廻りと変る方が多かった(271~272p)
法然上人足びきの像@二尊院:
富岡は女を殺す場面を空想している
(略)富岡は、ゆき子を連れて
伊香保へ行った
(うまく殺せて自分も死ねるだろうか・・・)
(略)生涯の最後だと思うと
何もかも淋しく美しい・・・いとしくなるほど
すべて見るものが美しいのだ(169~175p)
(伊香保温泉までを前半と想定しておこう)
外国人はまたやってきた
グリンのボストンバックをさげて
(略、土産の中に大きな枕や菓子や・・)
ゆき子は枕の白いカヴァの清潔さにみとれて
涙ぐんでしまった
(略)ジョオという名前だといった
(略)独りで鳴るラジオはゆき子には珍らしい玩具だった
(略)ジョオが戻って行ってから
ゆき子は貰った石けんを持って銭湯に行った(136p)
しかし、リストラされてからは
オレッツァを含め
輸入物のおいしい水は
あきらめざるを得なくなった
(略、退職金は)30年以上勤めたのに
早期退職手当を上乗せしても
たかだか700万弱に過ぎなかった (46)
村上龍著山陰中央新報連載中
韓流ドラマでは
女が喜びそうなさまざまな工夫をして
プロポーズする
(略)やはりプロポ-ズだった
(略)素直にうれしくて、涙がにじんできた(25:2012・1・7)
【著者・村上龍さんの言葉】
この小説は、55歳からの生き方とサバイバルの方法を考えるためのものだ。さまざまな階層の「再出発」を描く。だが、再出発は簡単ではない。階層にかかわらず、55歳が直面する現実は厳しく、困難に充ちている。だが個人的な希望がまったくないわけではない。14年ぶりの新聞小説で、わたしはそのことを示したいと思う。挿画のCGも自作する=写真。困難と絶望の先にある希望を象徴する画像に挑戦したい。
【プロフィール】むらかみ・りゅう
1952年長崎県生まれ。76年「限りなく透明に近いブルー」で第75回芥川賞受賞。「コインロッカー・ベイビーズ」で野間文芸新人賞、「半島を出よ」で野間文芸賞、毎日出版文化賞。2006年には神奈川文化賞(文学)を受賞。横浜市青葉区在住。
(仏印から帰って随分変わったと妻邦子に言われたが)
富岡も自分の変化はよく判っていた
(朝ヒゲをそるたび自分の顔が)
スタブローギン的な厭らしさを
感じないではない(125~126p)
悪霊・キリーロフ・スタブローギン:http://rossi.yuki-mura.net/books1.html
ダニムの流れには
切り口の生々しいカッチャ松や
オブリカスト・ナギなぞの大木が
川沿いにごろごろしたままで
伐採の数字だけが机から机を動いているだけだった
素朴で不器用なモイ族を怠惰な奴隷として
日本の軍隊は忙わしく酷使していた(68p)
富岡の愛読書はクレボーやシュバリエの植物誌