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カルノシンは筋肉が疲労するときの乳酸を中和
活性酸素も除去してくれる
鳥や馬の筋肉に多く
渡り鳥が飛び続け、馬が草原を疾走できるのは
カルノシンのおかげなのです
鶏肉には必須アミノ酸のメチオニンを多く含むので
肝臓の働きも活発にする(58~59p)
渡り鳥をジビエで食べたいですな・・・シギチドリとか
(100歳までボケない・・・に戻ろう)
オリーブオイルは酸化しにくく
(略)動脈硬化の予防にはもってこい
(とくにエクストラバージンオイルは)
オレオカンタールというファイトケミカルが
抗炎症作用が強く
慢性炎症に悩んでいる人におすすめです(57p)
焼いたサケにオリーブオイルをかけたり・・・地中海料理風
頼朝の死は世を驚かせた
(略)「御年も、まだ、53と聞くに」
その死因については
都あたりでも疑いを持つものが少なくなかった(十六:404p)
政子の嫉妬深さと、頼朝の好色と・・・(407p)
(義経には正妻も愛人の静御前もいたが)
(清盛の義弟時忠は娘夕花を義経に嫁がせる・・・平家滅亡後のサバイバルのため?)
(義経の正妻の百合野を世話したのは政子だった・・・激怒する政子)
「こは、あきらかに、わしたち夫婦への、つらあてぞ」(31p)
(ついに頼朝は義経を討つ決心をする・・・義経27歳)
(「新平家」に戻ろう・・・)
文治元年、と年号が改められた
平家滅亡の年、未曽有な大震災の年
「かかる時は、よろしく吉年の呼称を撰んで
なべてを一新せらるべきである」という(略)心理から
急に改元されたものであろう・・・だが年号が変わっても
庶民のみじめさは変わらない(十五:19~20p)
「御家人どもには、ふたりの披露宴であるぞ」
高時にすれば
これもよい口実の遊びなのであろう
『うつつなき人』高時は、また常に
『うつつなき遊び』を探している人でもある(296p)
披露宴に藤夜叉が登場するのが第一巻のラスト・・・
藤夜叉(花夜叉一座の一員、尊氏の恋人、直冬の母):尾羽智加子→宮沢りえ
1324正中の変・・・ゴダイゴ臣下の両者は鎌倉に護送される
(晩秋の富士を仰いだ「宇津ノ山」)
「はや、駿河路か」(と俊基が朗々と)
駿河なる 宇津ノ山べの うつつにも
夢にも人に 会わぬなりけり (業平@伊勢物語)
(それに応じて資朝が)
明日やまた きのふの声に驚かん
今日はうつつの 宇津ノ山越え (247~248p)
鬱の山越え・・・
・・・夜は夜を新たにして
と昼間、道誉が言った
いかにも「ばさら」な言い方で
彼らしい言(げん)と思われたが・・・(68p)
佐々木道誉:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1126028071
彼も執権高時から字をもらって高氏であった
(又太郎高氏元服)
およそ足利家の者にとっては
先々代の主君家時の話というのは禁句だった
なぜならば、絶対に公表できない原因で
しかもまだ三十代に
あえなく自殺した君だからである(52p)
尊氏の祖父家時:http://plaza.rakuten.co.jp/azabird/diary/201111280004/
(京都六波羅)
昔は平家一門の繁栄
平家滅んで頼朝、幕府下にあったのもわずか数十年
北条氏がとって代わって
泰時の善政、時頼の堅持、元寇の時宗・・・などの明主も出て
現執権の高時・・・開けて今年は1322年 (18~19p)