さいのこどくだ
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カルノシン@鳥の胸肉

さいのこどくだ / 2011.11.30 15:42 / 推薦数 : 0

 カルノシンは筋肉が疲労するときの乳酸を中和

 

 活性酸素も除去してくれる

 

 鳥や馬の筋肉に多く

 

 渡り鳥が飛び続け、馬が草原を疾走できるのは

 

 カルノシンのおかげなのです

 

 鶏肉には必須アミノ酸のメチオニンを多く含むので

 

 肝臓の働きも活発にする(58~59p)

 

 渡り鳥をジビエで食べたいですな・・・シギチドリとか

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 (100歳までボケない・・・に戻ろう)

 

 オリーブオイルは酸化しにくく

 

 (略)動脈硬化の予防にはもってこい

 

 (とくにエクストラバージンオイルは)

 

 オレオカンタールというファイトケミカルが

 

 抗炎症作用が強く

 

 慢性炎症に悩んでいる人におすすめです(57p)

 

 焼いたサケにオリーブオイルをかけたり・・・地中海料理風

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頼朝の死・・・1199年

さいのこどくだ / 2011.11.30 13:45 / 推薦数 : 0

 頼朝の死は世を驚かせた

 

 (略)「御年も、まだ、53と聞くに」

 

 その死因については

 

 都あたりでも疑いを持つものが少なくなかった(十六:404p)

 

 政子の嫉妬深さと、頼朝の好色と・・・(407p)

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義経の結婚

さいのこどくだ / 2011.11.30 12:21 / 推薦数 : 0

 (義経には正妻も愛人の静御前もいたが)

 

 (清盛の義弟時忠は娘夕花を義経に嫁がせる・・・平家滅亡後のサバイバルのため?)

 

 (義経の正妻の百合野を世話したのは政子だった・・・激怒する政子)

 

 「こは、あきらかに、わしたち夫婦への、つらあてぞ」(31p)

 

 (ついに頼朝は義経を討つ決心をする・・・義経27歳)

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1185年8月14日

さいのこどくだ / 2011.11.30 11:02 / 推薦数 : 0

 (「新平家」に戻ろう・・・)

 

 文治元年、と年号が改められた

 

 平家滅亡の年、未曽有な大震災の年

 

 「かかる時は、よろしく吉年の呼称を撰んで

 

 なべてを一新せらるべきである」という(略)心理から

 

 急に改元されたものであろう・・・だが年号が変わっても

 

 庶民のみじめさは変わらない(十五:19~20p)

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高氏と登子

さいのこどくだ / 2011.11.30 09:10 / 推薦数 : 0

 「御家人どもには、ふたりの披露宴であるぞ」

 

 高時にすれば

 

 これもよい口実の遊びなのであろう

 

 『うつつなき人』高時は、また常に

 

 『うつつなき遊び』を探している人でもある(296p)

 

 披露宴に藤夜叉が登場するのが第一巻のラスト・・・

 

 藤夜叉(花夜叉一座の一員、尊氏の恋人、直冬の母):尾羽智加子宮沢りえ

史実にはない人物だが、直冬の生母として物語上重要な役割を担っている人物である。当時宮沢はアイドルとして人気絶頂の中にあり、幻想的な雰囲気を持ったヒロイン的存在として描かれた。原作では最後まで生存するが、ドラマでは中盤で悲劇的な最期を遂げる。

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日野俊基と日野資朝

さいのこどくだ / 2011.11.30 08:13 / 推薦数 : 0

 1324正中の変・・・ゴダイゴ臣下の両者は鎌倉に護送される

 

 (晩秋の富士を仰いだ「宇津ノ山」)

 

 「はや、駿河路か」(と俊基が朗々と)

 

 駿河なる  宇津ノ山べの うつつにも

 

 夢にも人に 会わぬなりけり (業平@伊勢物語)

 

 (それに応じて資朝が)

 

 明日やまた  きのふの声に驚かん

 

 今日はうつつの 宇津ノ山越え (247~248p)

 

 鬱の山越え・・・

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私本太平記4

さいのこどくだ / 2011.11.28 16:33 / 推薦数 : 0

 ・・・夜は夜を新たにして

 

 と昼間、道誉が言った

 

 いかにも「ばさら」な言い方で

 

 彼らしい言(げん)と思われたが・・・(68p)

 

 佐々木道誉:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1126028071

 

 彼も執権高時から字をもらって高氏であった

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 (又太郎高氏元服)

 

 およそ足利家の者にとっては

 

 先々代の主君家時の話というのは禁句だった

 

 なぜならば、絶対に公表できない原因で

 

 しかもまだ三十代に

 

 あえなく自殺した君だからである(52p)

 

 尊氏の祖父家時:http://plaza.rakuten.co.jp/azabird/diary/201111280004/

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私本太平記2

さいのこどくだ / 2011.11.28 12:42 / 推薦数 : 0

 (京都六波羅)

 

 昔は平家一門の繁栄

 

 平家滅んで頼朝、幕府下にあったのもわずか数十年

 

 北条氏がとって代わって

 

 泰時の善政、時頼の堅持、元寇の時宗・・・などの明主も出て

 

 現執権の高時・・・開けて今年は1322年 (18~19p)

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