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Aは過去の体験を語るときに
そのことが本当に起こった事実なのか(略)がしばしばわからなくなり混乱した
この混乱には、大きく分けて3つのパターンがあった
「自分自身が自分の語っていることの真正性を疑う」
「自分が真正であると信じるものが重要な他者に否定される」
「重要な他者の真正性についての疑惑」(170p)
前掲誌の症例研究「多重人格の一例@水田一郎他」より
「非真正性」の概念は、従来ヒステリー患者の態度や
その態度が治療者に引き起こす特有の感覚や逆転移現象を捉えるために用いられてきた
(わざとらしい=演技的、深みがない、中身がない、嘘つき・・・)
多重人格は、見方によっては究極のヒステリーともいえ
その意味にで「非真正性」の問題が大きくクローズアップされても不思議ではない(165~166p)
シンポジウムを終えて@鈴木國文
加藤(敏)は「狂気内包性の理論については
(精神科医の間で批判的な人と心酔する人に二分されるが)
概して後者がマイナーなグループとなる」と言う(154p)
(143~151p)@藤山直樹
(患者の投影同一化により、考えられなくなり、感じられなくなり、語れなくなる)
そのとき分析家は自由連想によって自己の内部をまさぐることによって
そして自発的で意図を超えたプライヴェートな物思いを介して
ようやく患者の「それ」と触れ合おうとする(147p)
(131~141p)@加藤敏
当初、未知の存在Xと一体化し
その直属の秘書だった患者は
(略、治療者の関与によって)了解不能なものとしてのXと患者との一項的関係から
(Xを頂点として)患者、医師を底辺とする三項的関係へと移動するにいたる(131p)
(アキスカル講演に戻って薬物療法)
(精神病性でなくても非定型抗精神病薬が有効)
リスペリドンやオランザピンは
双極Ⅱ型のうつ病相にも少量(前者1ミリ、後者2ミリ)が有効なことがわかっています
これらの薬の良い点は躁転やうつ転がないことです
確かにリスペリドンは抗うつ作用があり、オランザピンは気分安定薬といえるかと思います(11p)
私の経験では、レビー小体型認知症のうつにはセロクエルの25ミリがいいようだ・・・
(125~130p)@松本雅彦
コトバとは治療者ひとりのコトバではなく
少なくとも患者と共有できるコトバを見いだしてゆく方向に導かれてゆくはずである
たとえその営みが、狂気からのわずかな「残滓」を搾取することであるとしても
(略)それは大仰にいえば「創造」に通じる営みとなる(130p)
22回大会@東京1999のシンポシウムも読んでおこう・・・
内海健(123~124p)
(操作的診断とニューロサイエンスの興隆は)「明るい空間」を形成し
ついには精神病理学を攻囲するものとなった
「明るい空間」から見れば、精神病理学は何やらほの暗く
妖しげな場に見えるかもしれない
(略)フーコーは、精神科医は所詮「接線的」にしか狂気に近づきえぬという
(略)ただ、たとえ接線的にせよ、出会うためには
記述・命名・分類だけに留まるわけにはいかないだろう(123p)
活気ある状態とものぐさな状態が交代する
わけもなく気分が変わる
理由なく思考能力が良くなったり悪くなったりする
気分とエネルギーは高いか低いかで中間はまれ
ものの見方が生き生きしたり、活気ないものになったりする
よく理由なしに疲れる
気分とエネルギーが急に変転する
何かを始めても終わる前に飽きてしまう
よく法外なことを急にしたくなる
感情を揺さぶられる思いがする (TEMPSーA)
「行動の方が気分より先行しがちなのが面白い点といえます」(前掲誌10p)
行動が先行するというのは依存や解離とも関係してそう・・・
(私は、若い頃はスキゾってたりアスペってたように思えるが、近年はバイポラっているような・・・)