| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
| 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 | 29 | 30 | 31 |
「わかっとらんな、きみは」
副総監は嫌悪をあらわにした
「問題はこれが、原始人にとっての火と同様ってことだ
まだ火を起こすすべを知らなかったころの
原始人のな」(37p)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
松岡圭祐著2002
(あとがき、より)警察は捜査方法の見直しを迫られている
(本書のトリックは)つじつまの合わない申し立てしかできない人間の被害届を
面倒がって受理しない傾向に目をつけたものである
証言に信憑性がなくなるほど現実離れした現象で
被害者を煙に巻き、捜査の開始を遅らせる
もしくは放棄させる狙いがある( 576~577p)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
(計算機の品格・・・)
僕も貧乏性だけど、計算機もかなり貧乏性ですからね
あっりこっち横目ばかり使って目つきがわるいようなところがある
キョロキョロして一番いいところを狙ってるような・・・
(略)昔は品格とか志みたいなものが尊ばれたから
計算で動くなんて軽蔑されることだった(202p)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
(忘れることは忘れるけど)
頭のガードが緩んで、もういいやって感じになってくる
するとむしろ吸収がよくなったり
逆に活性化したりするんですね
新しいものが入りやすくなる
(略)感覚的にはむしろ融通無碍というか
自由になっていくところがある(186~188p)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
機関説批判は、貴族院で美濃部を批判することで
美濃部の師である(枢密院議長)一木を辞任させるとともに
岡田を窮地に追い込もうとする
平沼騏一郎の倒閣運動としてはじめられたものだった
だが、その波紋は、平沼の思惑をはるかに超えた
世論全体を加熱させる一種のヒステリー状態を生み出した(前掲書48p)
http://www.c20.jp/1935/02kikan.html
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
「地ひらく」(下)からもう少し・・・
五・十五後の非常事態下に政権を委ねられた斎藤内閣は
大過なくその任を果たしつつあった(41p)
ここに帝人事件@平沼騏一郎がでっちあげられるわけだ
(ポスト犬養に平沼が就くつもりだったが西園寺公望に嫌われていたため総理になれず、斎藤を国策捜査で引きずりおろす)
だが、次の政権の座は平沼の手には落ちなかった
(略)西園寺の白羽の矢は、
斎藤内閣の海軍大臣、岡田啓介に立った(43p)
http://www.c20.jp/1934/04teiji.html
二・二六後も西園寺に選ばれず
平沼が総理になるのは第一次近衛内閣の後だが
(当時まだ西園寺は存命だったが・・・)
http://www.geocities.jp/since7903/Syouwa-kyukenpou/36-Hiranuma.htm
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
住所は千葉県香取郡山田町
小畑が言っていたグルーチョ・マサの実家と一致する
必ずしも親兄弟とは限らないが
それでも何らかの繋がりは確信した(173p)
マルクス兄弟:http://www.youtube.com/watch?v=j5lU52aWTJo
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
前回:http://blog.m3.com/saikodoku/20081205/2
最新の医学の流れなど知らないが
少なくとも少し前までは
癌を本人に告知しないのが日本の主流であったはずだ(84p)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
・・・らが連続逮捕されたときに
三船を査問すべしと強硬に主張したのが袴田里見である
(消えた三船の空席のT市委員長に宮本顕治・・・宮本・袴田体制
逮捕された中央委員の補充・・・小畑達夫・・・後にリンチ死)
1977年袴田は失脚する
以後は、宮本・袴田は不倶戴天の敵と化したことはご存知のとおりである(96p)
小畑達夫:
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)