| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
| 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 |
フォン・ノイマンの規則が
「不器用な実験者の規則」であるとすれば
リューダースの規則は極小撹乱実験を記述する(286p)
世界にはたくさんのレベルがある
生き物は量子論理より大きい(288p、最終ページ)
http://taste.sakura.ne.jp/index.cgi/%BC%CD%B1%C6%B2%BE%C0%E2
(私たちは「実体の影」しか知りえないのである)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
一方で分析的と総合的とを区別し
他方でア・プリオリとポステリオリとを区別することを
同じであるとすることは、論理実証主義のドグマの一つであり
カントの先験的総合判断の拒否であった
(パトナムの見解は)クワインは
「分析的を攻撃するとしながら本当はア・プリオリを攻撃していた」というもの
(略)世界の論理は分析的であり、これまでのところ
われわれは近似的に分析的な論理で切り抜けてきたのである(256~257p)
「論理は分析的であるが世界は分析的ではない」
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
(束は論理ではない、しかし)
束(lattice)は論理構造に非常によく似た構造をもっている
したがって、もし量子論理が本当に論理であるならば
われわれはまず
それを論理のようなものにしなくてはならない(226p)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
クワインが意味論的昇階と呼んだもの
つまり「対象について語ることから語について語ることへの移行」は
哲学の他の部門では些末な問題にみえるとしても
量子力学の場合には明らかに些末ではない問題となる(225p)
世界について語ること(実在的物理学)から
「世界について語ること」について語ること・・・
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)