| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
| 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 |
(1914年11月)戦闘が終わったにもかかわらず
日本軍がドイツの租借地を占領して軍政を敷きはじめると
中国の外交当局が撤退を申し込んできた
加藤(高明)はその要請にたいして、五号二十一カ条からなる要求でこたえたのである
(略)加藤高明は三菱財閥の総帥岩崎弥太郎の女婿だった
(略)日本の国運にとって致命的だったのは、加藤たち(大正のエリート)指導者が
第一次世界大戦がヨーロッパの帝国どうしの戦争としてはじまりながら
帝国主義の時代を終焉させる坩堝であったという理解ができなかったことである
怖れを知らないエリートたちは、時代の表情を読むことが出来なかった(125~127p)
合理的であると同時に火事場泥棒のように下品だった・・・(127p)すごい表現ですなあ
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1112259716
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
エントロピー増大の法則と「時間の矢」は実は無関係?
(マクスウェルの悪魔1871は)
1982年になって意外な分野の研究により最終決着を見た
チャールズ・ベネットという計算機科学者が
コンピューター内のメモリーと熱の研究から
存在しないことを証明した(109p)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
明治38年9月に、仙台幼年学校を卒業し
中央幼年学校に入学するために上京した石原莞爾を迎えたのは
ポーツマス条約の締結に激昂する暴徒の群れだった
さすがに石原は、陸軍の余力がほとんどないことを
連隊や師団本部の様子から察していたから
講和の受け入れは余儀ないと思っていた(62p)
多門中尉:
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
というか、まあ物質であるわけだが・・・(本当か?)
電子は・・・実は光速でしか動けない
「光速ではあるが、ジグザグに進むため、遠くから見ていると亜光速で運動しているように見える」
「物質の素である素粒子は、常に光速で運動している、というのが世界の実相らしい」(96p)
ジグザクが著しいと「遅い=重い」というわけで
ジグザグ運動というのが「質量」そのもの?
常に光速なのだから、方向が変わるにしても
「空間は常にペシャンコ、時間は常に止まっている」?
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
石原莞爾と似た境遇にいた大杉栄は
二年時に名古屋幼年学校を退校処分になっている
(略)もしも石原莞爾が、幼年学校を退校になっていたなら
どのような人生を歩んだだろう
大杉のように社会主義陣営に走っただろうか
石原は大杉に複雑な感情を抱いていた(48~49p)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
いきなりだが「光の身になって」時間を考えてみよう
(略)もしかしたら、あらゆる物質も本当は光速で動いているかもしれないからである(前々掲書91p)
物体が縮んで、時計が遅れるのではなく、空間が縮んで時間が止まる
「光にとって空間が進行方向にペチャンコであることは
光に横波しか存在しないことからも理解できる」
(光は光速であるゆえに進行方向には振動できない)
「ロケットが光速に近づくと、周囲の星たちは前方に集まってくる」
「自転車で疾走すると、雨が前から降ってくるように
星々からの光は前方から降ってくる」(94p)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
蝦夷地は、山形と関係が深い
江戸中期に、たびたび蝦夷地を(略)探検した最上徳内は
村山郡盾岡村の出身だ
(略)最上らが警告していたロシアの南下が顕著になった安政六(1859)年
庄内藩は幕府から(略)蝦夷地の警備を命じられた(35p)
莞爾の母の祖父白井重太右衛門がその責任者・・・戊辰戦争で周辺諸藩が朝廷側についたため孤立するも無事酒田に帰還・・・奥羽列藩同盟の正当性を訴える
第二次大戦の、英国軍の撤退作戦「ダンケルクの奇跡」を思い起こさせるような生還を果たし・・・(36p)
ダンケルクの奇跡:
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)