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五木寛之著2007・・・林住期は50~75才
五十歳に達すれば
人はおのずと自分の限界がみえてくる
(略)若者たちからは旧世代あつかいされ
家庭でも組織のなかでも必ずしも居心地はよくない
(略)自分にこれからなにができるのか
五十歳というのは、じつにむずかしい時期ではある(15p)
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体も楽になる面がある
(略)五十代、六十代のころより現在のほうが、はるかに身体的にも楽なのだ
たとえば食べる量が少なくなってきた
いまはほぼ一日に一食半といったところだ
それで十分なのだから、ずいぶん楽である
(体重も減って)歩くスピードが以前より速くなった(204~205p)
(少々目も悪くなった方が、細かいところまで見えなくていいですな)
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躁の戦争は、物量の戦争である
科学とテクノロジーのすぐれた方が勝つ
ウツの戦争はそうではない・・・テロとゲリラ戦
疑心暗鬼が、ウツの戦争の本質だ
おのれの影におびえ、味方の中に敵の姿を求める
そこでは軍事テクノロジーの優越も無意味である
一種の心理戦の中で
大国はおのずから歯車を狂わせて行く(174~175p)
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開発が「躁の経済学」であるならば
エコロジーは「ウツの経済学」である
セルフィッシュ・ジーンによる決定論は、ある意味で「躁の生物学」だった
いまようやく遺伝子による決定論を超えようとする
「ウツの生物学」が目立ちはじめている
医学の分野でも、治療から養生へ、という地すべり的転換が目立つ
病気を治す医学ではなく
病気にならない生き方の方向である(155~156p)
難しい手術を成功させることや高価な新薬を開発することが、そんなにスバラシイことなのか?・・・「ウツの医学」・・・医療崩壊も時代の流れ?・・・ウツなのに医師不足で過労とは・・・(ウツよりヒドイね)
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革命というのは
そうなったときおのずと成立するのだ
裸の大衆諸君の前に
酷暑を知らぬ階級は真昼の月見草のごとくしなびていくしかない
地球温暖化は、新しい時代をもたらすだろう(107p)
モノキニ:
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庶民大衆や、ふつうの富裕階級の財産など
ハナクソにすぎない
大きな力が本気でそれを取りあげようとすれば
なんだってできるのだ
そんなことは戦後史を学べば、すぐにわかることだ
そんな状況が、いつくるかはわからない
しかし、おそかれ早かれ、破局はくる
それがこなければ、再生はないからだ(97~98p)
明日ありと思ふ心の徒桜(あだざくら)・・・(親鸞)
(夜半に嵐の吹かぬものかは)
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