さいのこどくだ
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おしゃれの心理

さいのこどくだ / 2009.06.29 11:10 / 推薦数 : 1

 おしゃれや化粧がケンカの代用や予防になるのか

 

 フリューゲルは流行を追う心理を攻撃欲求にもとづくものだとした

 

 女性が流行の服装を身につけたがるのは

 

 異性に対して魅力的になろうとするより

 

 同性を見下し、誇らしげに相手を傷つけようとするのだいうのだ

 

 (略)このようなわけで、おしゃれは

 

 弱さを感じてストレスをもっている人間の

 

 強くなろうとする

 

 または強くみせようとする補償の方法となる(106~107p)

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罪悪感か恥辱感か

さいのこどくだ / 2009.06.29 10:56 / 推薦数 : 1

 ドイツ、1913年・・・ワグナーによる大量殺人

 

 

 岡山、1938年・・・20歳青年による33人殺し

 

 この例では、さきのドイツの例のような罪悪感、自責感より

 

 恥辱感がストレスの土台をなしているが

 

 (ルース・ベネディクトの「罪の文化」と「恥の文化」)

 

 ストレスという点では同様であるし

 

 その発散の仕方もきわめて類似している(97p)

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 社会全体にストレスが高まったときに出現する群集心理

 

 

 おかげまいり・・・鎌倉時代からあり、お陰年は60年周期・・・1867年のが明治維新に結びついた?

 

 (伊勢参りのほかに「ぬけまいり」というのがあって、かけおちや職場放棄もなされた)

 

 ええじゃないか・・・1867年・・・実は「お陰年」でなく人為的だった?

 

 

 ストレスの発散であったために「ええじゃないか踊り」が

 

 「打ちこわし」つまり暴力の形をとったことは当然であった(前掲書75p)

 

 

 お陰年の最後の「おかげまいり」は1830年、阿波発

 

 参加しなかった長州は翌年に農民一揆頻発

 

 (180年後が2010年ですな)

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ストレスと自殺

さいのこどくだ / 2009.06.29 09:42 / 推薦数 : 0

 ポール・ヴァレリーは自殺を論じたとき

 

 「外的事情によって強制された」自殺というタイプをあげ

 

 ペスト菌を持つネズミが家に入り込んだときに

 

 家全体を焼き払う場合にたとえた

 

 外的事情とはストレスである

 

 (略)ネズミを追いまわすという回り道をとらず

 

 近道反応をする

 

 このようなストレスからの逃避もありうるであろう(52~53p)

 

 

 「慢性的自殺」という概念もあって、それが酒、タバコ、ギャンブルであるわけだ・・・ポイントは「近道反応」

 

 マトモな人でも近道反応をするのか、性格異常者だけがするのか、というのは昔からの難問であるようだ

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ストレスとコンプレックス

さいのこどくだ / 2009.06.29 09:19 / 推薦数 : 0

 ストレス・・・(そのときの)心を占有する、シンパイ、ユウウツ、ツカレ・・・優格感念

 

 

 コンプレックス(ユング)・・・過去の経験による歪(ひず)み、心の内部に潜んでいるシコリ、に由来する情動を伴った観念

 

 

 ストレスと称せられるものは

 

 そのときの情況によってつくられた心のひずみであり

 

 コンプレックスによるひずみではない(前掲書15p)

 

 

 後者をスキナー型の学習によるものと考えておこう

 

 主体による(無意識の)「意味づけ」が関与しているから

 

 

 (なお、後者は「フラッシュバック」に似てますな・・・ある種の自立性を有する)

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ストレス3

さいのこどくだ / 2009.06.29 09:11 / 推薦数 : 0

 外からのストレス・・・いやなこと、ショック、疲労

 

 

 

 内からのストレス・・・欲求不満による、葛藤による

 

 

 

 条件反射における「外制止と内制止」に対応

 

 

 (つまりパブロフ型の学習であるわけだが

 

 スキナー型の学習に対応するのは・・・)

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唯物論とはなにか

さいのこどくだ / 2009.06.29 08:31 / 推薦数 : 0

 コト(ヒト)よりモノの方が優位であるとする考え方

 

 

 社会の主役は、ヒト=労働者ではなく

 

 

 モノ=商品なのだというわけだが

 

 

 実のところは労働者は商品なのであって

 

 

 社会の主役はやはり労働者なのだ

 

 

 という考え方・・・(?)

 

 

 参考:http://blog.m3.com/saikodoku/20070417/1

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