さいのこどくだ
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アルコール中毒2

さいのこどくだ / 2009.04.30 15:58 / 推薦数 : 0

 「失われた週末」という映画や

 

 ゾラの小説を映画化した「居酒屋」という映画では

 

 その「震顫せん妄」がよく描かれている

 

 しかし、あまりよくえがかれたので、アル中は

 

 ああいうものだと考えられるようになってしまった

 

 この誤解の意味するところについては

 

 いくら書いても充分とはいえないだろう(66p)

 

 

 「自分はまだアル中ではない」と思っている「アル中」は

 

 少なくないという話である・・・

 

 

 失われた週末:http://www.geocities.co.jp/Hollywood/5710/lost-weekend.html

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今夜、すべてのバーで2

さいのこどくだ / 2009.04.30 08:00 / 推薦数 : 1

 これがとうとうこの世で最後の一杯なのか、と思うと

 

 

 ついガラスの中の液体をながめてしまう

 

 

 別に感傷的になったわけではない

 

 

 「性悪(しょうわる)女」の顔を、別れる前にもう一度拝んでおこう

 

 

 といったところだ(8p)

 

 

 主人公が市民病院に入院するところから小説が始まる・・・病院前の公園での自販機のワンカップが最後の一杯?

 

 

 中島らも氏のかかりつけは桃山市民病院であったらしいが、統廃合でなくなった・・・桃山という地名は(伏見の桃山と紛らわしいので)桃谷と変更されたが、病院名にだけは残っていた

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アルコール中毒

さいのこどくだ / 2009.04.28 15:45 / 推薦数 : 1

 なだいなだ著1981・・・副題は「社会的人間としての病気」・・・前掲書巻末(269p)の参考文献の一つになっている

 

 

 日本のアル中は、日本の社会的特性を強く反映している

 

 

 日本の社会は戦後、大きく変革したとはいっても

 

 

 未だに家族中心の傾向は強く残っている・・・そのため

 

 

 アル中の問題は、そのまま、家族問題になる(18p)

 

 

 (著者は芥川賞候補に6回なっており、島田雅彦と並ぶ

 

 最多落選記録保持者である)

 

 http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/kogun/kogun42NI.htm

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今夜、すべてのバーで

さいのこどくだ / 2009.04.28 15:34 / 推薦数 : 1

 中島らも著1991

 

 

 (トビラより)

 

 なぜそんなに飲むのだ

 

 

 忘れるためさ

 

 

 なにを忘れたいのだ

 

 

 忘れたよ、そんなことは

 

             (古代エジプトの小話)

 

 

 中島らもは2004年7月亡くなる・・・

 

 2004年5月の著者:http://www.linelabo.com/0405ramo.htm

 

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湯抱温泉

さいのこどくだ / 2009.04.26 16:46 / 推薦数 : 1

 湯抱(ゆがかえ)は、お湯の豊富な静かな温泉場であった

 

 旅館は三軒

 

 茂吉はその内の青山旅館に泊まっていたとのことで

 

 たずねてみたら(平成7年)その部屋がそのままに残されていた

 

 私はその旅館と川をはさんですぐ向い側にある

 

 日之出旅館に宿をとった(前掲書213p)

 

 

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五・一五事件

さいのこどくだ / 2009.04.26 14:28 / 推薦数 : 1

 時代は、昭和四年ウォール街株式大暴落に始まる世界恐慌のあとであった

 

 金融恐慌の傷がまだ癒えぬ日本に、この世界恐慌は襲いかかった

 

 不況はカルテルによる統制を強め、トラストの結成を促し、大資本の産業支配が進行した

 

 その結果、中小企業の倒産は激増し

 

 失業者が町にあふれた(前掲書80~81p)

 

 

 昭和7年1月28日・・・上海事件

 

 同年3月1日・・・満州国建国

 

 同年5月15日・・・五・一五事件

 

 昭和8年1月30日・・・ヒトラー独首相に就任

 

 同年3月27日・・・国際連盟脱退

 

 同年11月・・・ダンスホール事件・・・「柿本人麿」研究にのめりこむ

 

 

 茂吉自身「いろいろの年であつたが」と書いているように

 

 昭和8年は悲痛事が相ついで起こった(100p)

 

 

 昭和9年:http://homepage1.nifty.com/B-semi/library/koiku/04saito&nagai.htm

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手帳の記

さいのこどくだ / 2009.04.26 14:07 / 推薦数 : 1

 茂吉は「手帳の記」という随筆を昭和5年に書いた

 

 それは「柿本人麿」の中に収められたが、時代からここに述べておく

 

 (略)そこで茂吉は次のように考える

 

 (略)そのように行動したので、更に次のような行動をとる

 

 (5)高津小学校へ行き、小学生で手帳を拾った者がいたら届けて貰うように頼む(略)

 

 (6)橋のたもとの茶屋で食事し・・・(前掲書64~72p)

 

 

 橋のたもとの茶屋、というのが何とも気になりますな・・・

 

 

 手帳の記:http://www2.pref.shimane.jp/kouhou/esque/37/menu04.html

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天国に結ぶ恋

さいのこどくだ / 2009.04.26 13:31 / 推薦数 : 1

 心中といふ甘たるき語を

 

 発音するさへいまいましくなりてわれ老いんとす(石泉)

 

 

 「美男美女毎日のごとく心中す」という詞書(ことばがき)の冒頭の歌である(前掲書62~63p)

 

 

 昭和7年5月9日、「天国に結ぶ恋」「二人の恋は清かった」

 

 などと歌ともなり映画にもなった坂田山心中が起こった

 

 この純愛心中に触発されて、あちこちで心中が頻発し

 

 新聞が「心中は止めよ」とのキャンペーンを行ったほどであった

 

 

天国に結ぶ恋:http://www.geocities.jp/showahistory/history01/07f.html

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茂吉彷徨

さいのこどくだ / 2009.04.26 12:02 / 推薦数 : 0

 北杜夫著1996・・・「たかはら」~「小園」時代(前掲書の続き)

 

 

 昭和4年になると病院経営も余裕がでてきたとのこと

 

 

 高原に光のごとく鶯(うぐひす)の

 

 むらがり鳴くはたのしかりけり(たかはら)

 

 

 長男茂太(11歳年長)の15歳になったのを機に茂吉が

 

 出羽三山を訪れたのは、昭和5年7月のことだった

 

 8月(略)飛鳥、吉野から郡山町を旅し、帰路

 

 近江蓮華寺に臥床中の佐原和尚を見舞った

 

 

 松風のおと聞くときはいにしへの

 

 聖(ひじり)のごとくわれは寂しむ(たかはら)(33p)

 

 

八葉山蓮華寺:http://www.gaido.jp/machikado/machikado.php?ID=2560 

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茂吉と芥川龍之介

さいのこどくだ / 2009.04.26 10:56 / 推薦数 : 0

 宇野浩二の場合と異なり、芥川は

 

 自分で眠剤を与えていた相手であるから

 

 その悲しみは激しかったと思う

 

 芥川には下島勲というホーム・ドクターがおり

 

 また茂吉は内科医師神保孝太郎をも紹介しているものの

 

 主に薬を出したのは自分であった(前掲書223p)

  

 

 昭和2年4月27日・・・茂吉青山脳病院院長に

 

 同年5月1日・・・北杜夫誕生・・・茂吉46歳

 

 同年7月24日・・・芥川龍之介服薬自殺・・・享年35

 

 

 やうやくに老いづくわれや八月の

 

 蒸しくる部屋に生きのこり居り(ともしび)

 

 

 (翌昭和3年11月17日養父斉藤紀一没) 

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