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ここ3回の元旦は
2006年・・・奄美大島
2007年・・・石垣島
2008年・・・徳之島
で迎えたな・・・
(徳之島の正月の街中のサウナは帰省したイレズミヤクザの集会のようであったな・・・)
私は今夜は当直だが・・・
2009年のお正月は雪見露天風呂といきたいものだな・・・
今の瞬間は過ぎ「去る」・・・
去ったものは存在していないのではないか?
というのがナーガルジュナの論点のようだ(中論)
すでに去ったところに去ることはなされない
未ださらないところにも、去ることはなされない
いま現に去りつつあるところにも、去ることはなされない
どこにおいて、去ることがなされるだろうか(33~34p)
こうして、ゼノンが提示した飛ぶ矢のパラドックスは
アリストテレスによって解消されたかのように見える
しかし、事はそう単純ではない(20p)
アキレスと亀のパラドックスもゼノンのパラドックスの一バージョンである
エチカは五つの部分からなるが、それぞれに「定義と公理」がついて定理1から始まる・・・みかけほど数学的ではない
1部と2部は「神」ばかりが登場して読みづらかった
第3部は「感情の起源とその本性について」であるが
後ろに「諸感情の定義」がくっついている
1:欲望とは・・・
2:喜びとは・・・
3:悲しみとは
軽蔑とは・・・愛とは・・・憎しみとは・・・と、48まである
第4部の主題もやはり感情である・・・このあたりから「神」は大分減少する・・・スピノザの本音がでてるんじゃないかな
定理7:感情はそれと反対のかつそれよりも強力な感情によってでなくては
抑制されることも除去されることもできない
ニーチェはどこかで
最後のキリスト教徒は十字架上で死んだ
といっていますが
彼はスピノザのことを忘れていたのです(155p)
スピノザは1677没・・・享年44・・・エチカは死後の出版
世界全体は、そしてあらゆる物体は、一つの機械である
ただし、世界の外には神があり
物質の内には霊魂がある、と
ここでデカルトは立ち止まりました
しかしスピノザは(略)そこから先へ進もうとしました(147p)
スピノザは1656年破門される
(なお、デカルトはスピノザの36歳年上・・・同じエトですな)
デュラント著「哲学物語」1926の第4章がスピノザ
バビロンの幽囚後、異邦人のあいだに離散(ディアスポラ)してからのユダヤ人の歴史は
ヨーロッパ史の叙事詩の一編です
(略)封建制度によって土地の所有を禁じられ
ギルドによって産業に関与することを禁じられ
人口過剰のゲットーと制限された職業の中に押し込められ
民衆に暴行を加えられ、王たちに搾取をほしいままにされながら
財政・経済の才をもって文明に不可欠な大小の都市を建設した
(・・・略・・・)あらゆる分野の天才たちの貢献による名声を博して
彼らは二千年の放浪の後に意気揚々と
その古い、忘れもせぬ故郷(エルサレム)にふたたびたちもどったのです(142p)
イスパニア(スペイン)・ポルトガルに達していたユダヤ人に
1492(コロンブスのアメリカ発見の年)イスパニア王フェルナンドは「改宗か財産没収か」をせまり
再び逃避の航海にでたユダヤ人は、イタリアでは拒絶され
アフリカでは「宝石を呑み込んでいる」と思われ殺害され
(フランスとイギリスの間をくぐりぬけて)
オランダに到達したのがスピノザ家であった
定理7:実体の本性には存在することが属する
証明:実体は他のものから産出されない
ゆえにそれは自己原因である
すなわち、定義1により、その本質は必然的に存在を含む
あるいはその本性には存在することが属する
(定義1)「自己原因」とは、その本質が存在を含むもの
あるいはその本性が存在するとしか考えられないもの
スピノザ著1677
(私も遠く離れてみよう・・・)
定理1:実体は本性上その変状(アフェクチオ)に先立つ
証明:定義3と5より自明
(定理1に先立って、八つの定義と七つの公理が述べられている)
入不二基善著2002
まずは、マクダガートから「遠く離れた」ところから始めてみよう
たとえ「遠く」から始めたとしても、その歩みは
マクダガートが考察したのと同じ問題へと通じることになるだろう
古代ギリシャの哲学者であるゼノンとアリストテレス・・・(冒頭)
マクダガート(1866~1925)はイギリス人だが観念論哲学者
マクダガートが言及するのはスピノザ、カント、ヘーゲル、ショーペンハウアー
1908:時間の非実在性
1927:存在の本性・・・主著・・・死後ですな