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ところで、この終戦の日の場面で興味深いのは
老師が開枕前の講和のために
「南泉斬猫(なんせんざんみょう)」という公案を選んでいることである
この公案は、まさしく敗戦のタイミングで小説に登場し
以後繰り返し、その内容が議論の対象となる(前掲書35p)
南泉斬猫:http://www.asahi-net.or.jp/~zu5k-okd/house.14/mumonkan/gate.7.htm
(「金閣寺」からの引用部分を引用しておこう・・・私自身も読書時印象に残った部分である)
「私には、外界といふものとあまり無縁に暮らして来たために、ひとたび外界へ飛び込めば、すべてが容易になり、可能になるやうな幻想があった」
(そうして主人公は好意をもった異性にある行動をおこすわけであるが・・・)
「外界は、私の内面とは関はりなく、再び私のまはりに確乎として存在していた」
「言葉がおそらくこの場を救ふ只一つのものだろうと、いつものやうに私は考へていた
私特有の誤解である
行動が必要なときに、いつも私は言葉に気をとられている」
結局、主人公は、有為子から面罵され、以後彼女を呪うようになる(25~26p)
平野啓一郎著2007(エッセイ集)
「金閣寺」は、昭和31年(1956)に「新潮」誌上で(略)連載され
同年十月に新潮社より刊行された長編小説である
(略)三島は大正14年(1925)の生まれであるので、この時、31歳である
第二次世界大戦終結後11年、朝鮮戦争勃発後6年が経っている
周知の通り、この作品は、昭和25年7月2日に実際に起こった金閣寺放火事件に材を取っている(冒頭)
三島由紀夫は京都に取材に出かけたが、金閣寺からは取材を断られ、創作ノート(全集第六巻付録)によれば
「同じ臨済宗ながら異派の妙心寺派の妙心寺の厚意によって、霊雲院に一泊をゆるされた」とのことである
私は学生時代に妙心寺の近所に住んだことがあり、そこで「金閣寺」を読んだのであった・・・
島田(雅彦):「春の雪」は、ほとんど天皇に取ってかわるキャラクターを描こうとしたとしか思えないわけです
松枝清顕という、その後の輪廻転生のオリジナル・バージョンになる存在は
万世一系的な天皇イデオロギーに対応すべく発明されたキャラクターであり
今日の天皇制そのものに対する一つの挑戦ですね
時の天皇ではないけれども、皇族の結婚申し込みに来た女性を寝とってしまう話です
つまり、戦後最大の不敬文学かもしれないわけですよ
平野:そうは感じますね
島田:そういう作品を、わざわざ「盾の会」の活動もやりながら書いている
これはものすごい謎です(前掲書52p)
平野:僕がいつも不思議に思うのは
それこそ三島(由紀夫)の好きなトーマス・マン流に言えば
芸術家はいつの時代に生きていても、社会との間に一定の齟齬を持っているはずなんですね
そんなんことは百も承知でいながら
戦後の日本だからだめなんだという発言になるのは
僕にはずっと違和感があったんです(47p)
平野啓一郎著2007対談集
日野(啓三):論文やエッセイは、結論らしきものをつけないと格好悪いでしょう
小説は結論がいらないんですよ・・・小説というのは
人類の発明した最も新しい、とても柔軟で豊かで便利な思考の方法だと思います
いろんなことを重層的に書ける・・・結論なしでいい
平野:ぼくもそうだと思います
無意識の発見によって、伝統的な「理性と感性」のような対立が相対化されてしまった時代にこそ
小説は一つの思考の究極としての存在意義を大きくしていくと思います(20~21p)
思考の究極としての小説・・・
(思考には結論は邪魔であるわけだ・・・)