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(鴨島海底学術調査)は昭和48年に私が書いた「水底の歌」が機縁になって(1992年に)始められた調査である
(略)人麿が石見の鴨山のふもとで死んだのは明らかである
(略)それは石見の高津の沖合にある鴨島であると中世以来信じられてきた
(略)鴨島というのは万寿三年(1026)の津波で沈んだという伝承を伴っている
この島と津波の伝承について、近代までほとんど疑う人はなかったが
それにたいして強い疑いを述べる人があった
それは他ならぬ大歌人斉藤茂吉であった
当時、彼には心に一つの悩みがあり
その心の空白を埋めるには何か大発見をしなければならないと考えていた
それで人麿終焉地について、茂吉は(略)
詩人的直感によって江(ごう)ノ川の上流の湯抱(ゆががい)の鴨山の地に決めたのである(前掲書228p)
ダンスホール事件:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1112935231
梅原猛著(初出は)1992中日新聞
私は、近代哲学の原理(デカルト)も
実存哲学の原理(サルトル)も
今は人類の生存にとっては好ましい原理ではなくなり
人類は新しい原理を発見しなければならないと思うが
私が内海(南知多町)の山と海で発見した
共存と循環の原理こそ
新しい時代の原理になるべきものと考える
その理論の完成に残りの人生を捧げたい(「思うままに1994」22p)