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そう、僕には何か致命的な死角がある
僕は何かを見逃している
彼女は僕がよく知っているはずの誰かなのだ
それから何かがさっと裏返るみたいに
僕はすべてを理解する
何もかもが一瞬のうちに白日のもとにさらけ出される
その光の下ではものごとはあまりにも鮮明であり
簡潔だった(第2部352p)
「(略)先日は失礼いたしました
ところで本日の午後は何かご予定がおありでしょうか?」
ない、と僕は言った
渡り鳥が抵当用資産を持たないのと同じように
僕も予定というものを持たない(152p)
村上春樹著1996
「笠原メイ」と彼女は言った。「五月のメイ」
「五月に生まれたの?」
「当たり前でしょう。六月に生まれてメイなんて名前つけられたらややっこしくて仕方ないじゃない」
「それはそうだ」と僕は言った。「それでまだ君は学校に行ってないんだね?」
「あなたのことずっと見てたのよ、ねじまき鳥さん」
笠原メイは質問には答えずにそう言った(第1部114p)
・・・茂木健一郎はこう書いている・・・
私は、ずっと、村上春樹の小説の主人公があまりにも簡単に女を手に入れることが不満だった
(略)この、村上作品に共通する欠点のことを、私は「村上春樹の鼻毛」と呼んでいた
カフカにも鼻毛があることに気がついたのは、最近のことである
カフカの主人公も、簡単に女を手に入れる
カフカと村上の間のこの類似点は、必ずしも表面的なものではない(前掲書163p)
世界を覆う広大な情報のネットワークの一つのノード(結節点)になってしまうことで
現代人が喪失しかねないものとは何か?
古典的な意味での身体は、その一つである
しかし(略)より本質的な問題は別のところにあるのではないか
(略)人間にとって、本来、情報は、ネットワークを通して伝わってくるものだったのだろうか?
(・・・略・・・)人類の歴史上の長い時間において、情報は(略)
自らの内側から生み出されるものではなかったか
夢・・・巫女が伝える神託・・・古老の昔話・・・(略)
そのような、トポロジカルに「内側」から生み出される情報こそが
人間の魂を織りなしていたのではなかったか(153~155p)
マーティン・スコセッシ監督の「最後の誘惑」は笑えるということで意見が一致した
あの映画で描かれたユダは一番イエスのことを理解していると思う
(略)ユダはイエスを売って、十字架にはりつければ
彼を、もうこの世にはいない救世主にでっちあげることができると踏んだのだ(島田雅彦「彼岸先生」)
ユダがキリストをプロデュースした
この、聖書の正統的な読みから見ればとてつもなく冒涜的で、しかし非凡な島田の着想の中に
全ての「聖なるもの」の起源問題が隠されている(125p)
「人間失格」の葉蔵が他者の視線を気に懸ける有り様は、精神病理学の域に達している
しかし、病理は、より普遍的な人間の性向が極端に現れた結果に過ぎない
(略)怪我をした子供が、痛みを我慢して家に帰ってきて、母親の顔を見たとたんに泣き出す
私たちはそれを「安心して泣きたくなったんだね」などと言う
しかし、他者の視線がないのに泣く意味などないのではないか
(略)泣くことも笑うことも、つまりは他者の存在を前提にした、社会的な行為に過ぎないのである(118~119p)
現代の脳科学が示すように
意識の中で感じるクオリアは、一種の縮小写像である
私たちの意識は、クオリアとそれが志向するものを通してしか
世界を、そして自分自身を把握できない・・・しかし、だからこそ
縮小写像による固定の中には思わぬ飛躍があり、超越がある
(略)批評の、そして人間の精神一般の可能性の中心がある(105p)
縮小写像と不動点定理:http://homepage2.nifty.com/masema/fixed_point.html
そもそも、クオリアに満ちた意識が生み出されるということ自体が
自然に顕れた一つの異常である
(略)クオリアは意識にとっての福音であると同時に、のろいである
生老病死の苦しみが意識されることなくして
釈迦の思想が生み出されることもなかった
近代合理主義を生み出した意識は
その起源において異様なものを含んでいる(86p)
世界が美しいと感じることは
肯定的、前向きに生きる上では意味があっても
認識としてはおそらく中途半端である
ゲーテが「ファウスト」第二部で語っているように
世界の真実はきっと恐ろしい姿をしている(75p)
古代ギリシャでは、具体と抽象の意味するところが
今日のそれと逆転していたと聞く
ギリシャ人にとっては、ゼウスやアポロンなどの
人格神の活躍する仮想の世界こそが具体であったのかもしれない
文学が、有限の文字列で限りなき仮想の世界を構築する営みであるとすれば
おそらくはその世界こそが、人間の精神にとっての本来の具体なのかもしれない(55p)