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勝気の人間は、我が強いにもかかわらず、他人に暗示されやすく同調しやすい
日本人が流行を追うのは勝気の者がもつ虚栄心と同調性によると考えてよかろう(前掲書218p)
勝気・・・ヒステリー親和型
強気・・・パラノイア親和型・・・日本人には少ない
宮城音弥:http://www.athome-academy.jp/archive/philosophy_psychology/0000000236_all.html
私はもう三十をすぎていたが
精神病者を相手に研究生活をしている私を
相手にしてくれる女性はなかった
(略)私は、こうして
精神病院につとめながらイルカの脳を研究していた
三歳年上の彼女と結婚することになった(49p)
フロイトの弟子で多くの著書を書いているマリ・ボナパルトも、ここ(サンタンヌ病院)に来ていたので、ある日、私は彼女を訪れた
彼女の大邸宅には驚かされたが、ナポレオンの血統をひいているし、ギリシャ王妃だということをきいて、さすがと思った
これは1934年のことだが、その四年後ナチによるオーストリアの合併が行われてフロイトが苦境におとしいれられたとき、彼女がフロイトを救出するのに努力したことはよく知られている
(著者は「フロイトその思想と生涯」を翻訳したりしているが)
(・・・略・・・)私は精神分析の功績を認めながらも、あの勝手な解釈には、とうていついてゆけないのである
(略)そして、翌年になると、精神分析に反対しているブロンデル教授のもとで勉強するためにドイツとの国境の町ストラスブ-ルの大学に転じたのである(26~27p)
宮城音弥著岩波新書(初版1977)
私は1931年に卒業したが、それはひどい就職難の時期だった
(略)根津義雄さんが(略)中宮病院で、看護婦養成所の講師として、いくらかの収入を得るように取り計らってくれた
(略)ところが、その根津さんが、とつぜん、自殺したのである
(妻子があったが、梅花女専の女子学生と東尋坊で心中したとのこと)
夫人が子どもを道づれにして後を追って死んだときには、私と、のちに京都大学の教授になった園原太郎君が最初の発見者となった
自殺については、フランスに社会学説と病理学説がある
社会学説は社会的条件が自殺をおこすのであって、正常な人間も自殺をするという説だし、病理学説は精神に異常な人だけが自殺するという説である
根津さんが自殺したころ、私は府立医大の小谷庄四郎さんの実験の手伝いをしていた
(略)小谷さんは心理学を専攻したのちに精神医学をやった人だが、根津さんの自殺を病的だと言っていた
(略)だが、正常と異常は、どこに境界があるのか
この問題は私がフランスで勉強したあとで考えるようになった(20~21p)