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和田秀樹著2002
性格が生まれつきのものであろうと(略)後天的なものであろうと
その性格によって生じやすい損な言動を変えることはできるのです
そして、その手の言動が減ってくれば
周囲から見れば性格が変わったことになり
「人間が丸くなった」と言われるようになるのです
(略)人間関係は、どんな性格の人でも変えていけます
なぜなら行動を変えることで相手の反応が変わってくるからです
するとふだんと違って相手がいい人に感じられてくるということが珍しくなくなります(6~7p)
勝気の人間は、我が強いにもかかわらず、他人に暗示されやすく同調しやすい
日本人が流行を追うのは勝気の者がもつ虚栄心と同調性によると考えてよかろう(前掲書218p)
勝気・・・ヒステリー親和型
強気・・・パラノイア親和型・・・日本人には少ない
宮城音弥:http://www.athome-academy.jp/archive/philosophy_psychology/0000000236_all.html
私はもう三十をすぎていたが
精神病者を相手に研究生活をしている私を
相手にしてくれる女性はなかった
(略)私は、こうして
精神病院につとめながらイルカの脳を研究していた
三歳年上の彼女と結婚することになった(49p)
フロイトの弟子で多くの著書を書いているマリ・ボナパルトも、ここ(サンタンヌ病院)に来ていたので、ある日、私は彼女を訪れた
彼女の大邸宅には驚かされたが、ナポレオンの血統をひいているし、ギリシャ王妃だということをきいて、さすがと思った
これは1934年のことだが、その四年後ナチによるオーストリアの合併が行われてフロイトが苦境におとしいれられたとき、彼女がフロイトを救出するのに努力したことはよく知られている
(著者は「フロイトその思想と生涯」を翻訳したりしているが)
(・・・略・・・)私は精神分析の功績を認めながらも、あの勝手な解釈には、とうていついてゆけないのである
(略)そして、翌年になると、精神分析に反対しているブロンデル教授のもとで勉強するためにドイツとの国境の町ストラスブ-ルの大学に転じたのである(26~27p)
宮城音弥著岩波新書(初版1977)
私は1931年に卒業したが、それはひどい就職難の時期だった
(略)根津義雄さんが(略)中宮病院で、看護婦養成所の講師として、いくらかの収入を得るように取り計らってくれた
(略)ところが、その根津さんが、とつぜん、自殺したのである
(妻子があったが、梅花女専の女子学生と東尋坊で心中したとのこと)
夫人が子どもを道づれにして後を追って死んだときには、私と、のちに京都大学の教授になった園原太郎君が最初の発見者となった
自殺については、フランスに社会学説と病理学説がある
社会学説は社会的条件が自殺をおこすのであって、正常な人間も自殺をするという説だし、病理学説は精神に異常な人だけが自殺するという説である
根津さんが自殺したころ、私は府立医大の小谷庄四郎さんの実験の手伝いをしていた
(略)小谷さんは心理学を専攻したのちに精神医学をやった人だが、根津さんの自殺を病的だと言っていた
(略)だが、正常と異常は、どこに境界があるのか
この問題は私がフランスで勉強したあとで考えるようになった(20~21p)
戦争の原則に「美食に慣れた軍隊は弱い」というものがある
戦国時代、潤沢な穀倉地帯だった尾張の国の兵はどうしようもなく弱く
粗食をこころがけた三河の将兵はものすごく強かった(略)
鈴木輝一郎著「日本語の逆襲」265pより
だいたい名古屋方面、という認識しかなかったが、尾張と三河ってそんなにちがうんか・・・
尾張VS三河:http://blog.goo.ne.jp/kub19/e/8c35f0982e98bc50f8b9aa8cb847a023
豊沢豊雄著1996近代文芸社
クソッと思ったら、金の卵だと思え
ああ困ったは金の卵
いやだいやだは、そこに金の卵がある証拠(208p)
マイナスXマイナス=プラスでありますな・・・
脳内革命1995の著者について:http://kaoru.txt-nifty.com/diary/2006/12/post_52e3.html
悪人の思考・・・私は善人だが、みな悪いことしていい思いしてるから、私もしなければ
善人の思考・・・私は悪人だ
貸したら・・・相手の態度はコロッとかわる
貸さなかったら・・・相手の態度はコロッとかわる・・・
同じ変わるなら、後者のほうがましですな・・・
心に個性がないとすれば、どこにあるか
それが身体であることは、あまりにも明白であろう
(略)個性を担うのは自己である
個性が身体であるということは、自己とはすなわち身体だということに通じる
そこまで来ると、多くの人がいいすぎだと思うらしい
それでも自己は身体に決まっている(前掲書253~256p)