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「正しい」ということと
「正しいと判断する」ということ
そのあいだに「明証性」は存在する
その「明証性」は「反復」によってささえられているが
「正しい」という客観に
「正しいと判断する」という主観は決して到達し得ない
無限回の反復はありえないからだ
これが(主観に対する客観の)「超越」ということである・・・
というわけではないようだ
これでは「カントの物自体」にすぎないわけだが
フッサールは「脳内のカントの物自体」を考察したように思える
デカルトもカントも神を仮定したが(存在の証明までしている)
神を仮定しない「超越」に初めて踏み込んだのがフッサールであったわけだ
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