さいのこどくだ
Profile

関連リンク

ブログ内検索

カレンダー

<< 2008/12 >>
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

< ヴィトゲンシュタインと倫理2 | メイン | 音のオントロジー >

 「論理哲学論考」より

 

 思考し、表象する主体など存在しない(5・631)

 

 主体は世界の一部でなく世界の限界である(5・632)

 

 ここにおいて、独我論は厳密に遂行されれば、純粋な実在論と一致することがわかる。独我論の自我は延長なき点に縮小し、対応していた実在があとにのこる(5・64)

 

(この直前、彼は有名な「眼と視野の関係」のに比喩ついて記述している・・・視野には眼は入っていない・・・視野から眼の存在は推論できない)

 

 

 時間についても引用しておこう

 

 時間の経過など存在しない・・・単に(時計の進行といった)別の出来事と比較できるにすぎない(6・3611)

 

 (主体も時間も存在しないのだから、あと世界が存在しなければ完璧だと思うが・・・)

 

 世界は成立するものごとの全体である(1)

 

 世界は事実の総体であって、物の総体ではない(1・1)

 

 世界に実体がなかったとしたら、命題に意味があるかどうかは、他の命題に依存してしまうことになる(2・0211)

 

 そのときは世界の像を描き出すことが不可能になるであろう(2・0212)

 

 

 

 

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

トラックバック

この記事のトラックバック URL

http://blog.m3.com/saikodoku/20061219/2/trackback

コメント

コメントはまだありません。

コメントを書く

ニックネーム*
メールアドレス*
URL
内容*
※「利用規約」をお読みのうえ、適切な投稿をお願いします。