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「論理哲学論考」より
思考し、表象する主体など存在しない(5・631)
主体は世界の一部でなく世界の限界である(5・632)
ここにおいて、独我論は厳密に遂行されれば、純粋な実在論と一致することがわかる。独我論の自我は延長なき点に縮小し、対応していた実在があとにのこる(5・64)
(この直前、彼は有名な「眼と視野の関係」のに比喩ついて記述している・・・視野には眼は入っていない・・・視野から眼の存在は推論できない)
時間についても引用しておこう
時間の経過など存在しない・・・単に(時計の進行といった)別の出来事と比較できるにすぎない(6・3611)
(主体も時間も存在しないのだから、あと世界が存在しなければ完璧だと思うが・・・)
世界は成立するものごとの全体である(1)
世界は事実の総体であって、物の総体ではない(1・1)
世界に実体がなかったとしたら、命題に意味があるかどうかは、他の命題に依存してしまうことになる(2・0211)
そのときは世界の像を描き出すことが不可能になるであろう(2・0212)
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