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死は生の出来事ではない。死をひとは体験しない
永遠ということは無限の時間持続ではなく
無時間だということが理解されているなら
現在に生きるものは永遠に生きる
われわれの生は、視野に限界がないように
終わりがない (6・4311)
そもそも、永遠に生き永らることによって謎が解けるか
そのような永遠の生も、現在の生と同じく謎にならないか
時空内における生の謎の解決は時空の外にある(6・4312)
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それゆえ、倫理の命題も存在しえない。 命題は高貴なことを何一つ表現できない(6・42)
倫理をいい表すことができないのは明白である。倫理は超越的である。(倫理と美学は一つである) (6・421)
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あらゆる哲学は「言語批判」である。(もちろん、マウトナーのいう意味ではない) ラッセルの功績は、命題の見かけの論理形式がその実際の論理形式であるとは限らないことを示した点にある(「論理哲学論考」4・0031)
マウトナーは哲学用語を吟味し、多くは指示対象を欠いたノミナルな意味しか持たないと考えた(唯名論的相対主義)
真なる命題の総体が全自然科学である(4・11)
哲学は自然諸科学のいずれでもない(4・111)
哲学は思考不可能なものごとを思考可能なものごとによって内側から限界づけなくてはならない(4・114)
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