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純粋理性批判(1781年)の書評は、カントを、「外界の存在を否定するバークリー流の観念論者」だと決め付けるものばかりで、カントは非常に落胆した
バークリーは「存在とは知覚である」と唱えたわけだが、そもそも「知覚する主体である自我は知覚されていない」のであるから、バークリーにしたがえば「私は存在しない」ということになってしまう
なんとなく自己言及のパラドックスを思い出すね
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ギリシャ語の「カテゴリア」は、「述語する」という動詞「カテゴレオ」に基づく
すなわちカテゴリーは「述語」という意味である
述語の品詞は一定しない
「犀は孤独な動物だ」・・・述語は名詞
「犀は賢い」・・・述語は形容詞
「犀は孤独に彷徨った」・・・述語は副詞と動詞
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カントといえばカテゴリー(範疇)、という気がするが
カテゴリーといえばアリストテレス、という気もするな
アリストテレスに遡及して「10のカテゴリー」を列挙しておこう
実体、量、質、関係、場所、時間、状態、所持、能動、受動
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