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「可感界と可想界の形式と原理」(1770年)は
前著「視霊者の夢」(1667年)以来の総決算であった
そして約10年の空白の後
大著「純粋理性批判」(1781年)が世に出るわけである
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1769年カントはエルランゲン大学教授に招致されるが、生都への愛着を理由に断った
(翌1770年にケーニヒスベルク大学教授に任命されるわけだが)
1872年23歳の数学者クライン(クラインの壷のクライン)はエルランゲン大学教授に任命され、就任講義で有名な「エルランゲン・プログラム」を提唱する
幾何学を群論によって再構成するという画期的なプログラムであった
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カントは1764年二つの論文をかいた
「美と崇高の感情に関する観察」
「頭脳の病気に関する考察」
この年カントはルソーの「エミール」を読みふけっていた・・・有名な定時の散歩をしばしば失念するほど夢中になっていたらしい・・・そして、それまでの「知的貴族主義・学問至上主義」から自らを解き放つことが出来たわけだ・・・カント40歳
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