10年ほど前に亡くなった作家の三浦綾子さんは、晩年「私にはまだ死ぬという仕事がある」という言葉を口癖にしていたそうです。
綾子さんの死後、夫の三浦光世さんが、「死ぬという大切な仕事」という本を著されています。
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三浦綾子さんの著書といえば、私は中学生くらいのときに読んだ「塩狩峠」という本のことを今でも鮮烈に思い出します。
Wikipediaより「塩狩峠」
【転載はじめ】
1909年(明治42年)2月28日、ここ塩狩峠の区間に差し掛かった旅客列車の客車最後尾の連結器が外れて客車が暴走しかけたところ、当時鉄道院(国鉄の前身)職員でありキリスト教徒であった長野政雄という人物が列車に身を投げ、客車の下敷きとなり乗客の命が救われたという事故が起こった。現在、塩狩峠の頂上付近にある塩狩駅近くには、この事に対する顕彰碑が立てられている。
この実話を元に、三浦綾子が小説『塩狩峠』を著し、1966年(昭和41年)4月から約2年半にかけて日本基督教団出版局の月刊雑誌『信徒の友』という雑誌に掲載された。これを記念し、塩狩駅近くには、塩狩峠記念館及び文学碑が建てられた。のちにこの作品は、松竹(監督:中村登、主演:中野誠也)で映画化もされている。
【転載終わり】
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医師という仕事は、たくさんの方の死に立ち合わせていただく仕事です。
その中で、私たちも亡くなりゆく方から本当にたくさんのことを教えていただきます。
亡くなりゆく方がその姿の中でご家族に残されるものはもっともっと、はかりしれないくらい大きいものでしょう。
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以前、「ぼけても心は生きている」という題で私の祖母のことを書いたことがあります。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/rijichonikki/28228140.html遺言で、角膜移植のために眼球を提供し、医学部の解剖実習のために遺体を提供した祖母でした。
私は祖母の死から本当に多くのものをもらいました。
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医療の第1の仕事はもちろん患者さんに元気になっていただくことですが、それがかなわないとき、患者さんからのバトンを上手に次の方々に渡すお手伝いをするのも私たち医療従事者の大事な役割ではないか、と思います。
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