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今日も中島敦の作品「名人伝」から。
昨日言い忘れましたが、作品の出典は、著作権の切れた作品を中心にインターネット上で進められている電子図書館プロジェクト「青空文庫」です。すばらしいプロジェクトに感謝します。
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弓の名手記昌は、修行を重ねてすばらしい腕を身につけました。
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百本の矢をもって速射を試みたところ、第一矢が的に中れば、続いて飛来った第二矢は誤たず第一矢の括に中って突き刺さり、更に間髪を入れず第三矢の鏃が第二矢の括にガッシと喰い込む。矢矢相属し、発発相及んで、後矢の鏃は必ず前矢の括に喰入るが故に、絶えて地に墜ちることがない。瞬く中に、百本の矢は一本のごとくに相連なり、的から一直線に続いたその最後の括はなお弦を銜むがごとくに見える。
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百本の矢が1本になってしまうとはすごいですね。
それでも飽き足らない記昌は、甘蠅(かんよう)老師という名人に師事するため西へ向かいました。
9年の後に故郷に戻った記昌には、もはや弓矢は不要でした。
弓矢を使わずに射る「不射之射」を身につけたのです。
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ある日老いたる紀昌が知人の許に招かれて行ったところ、その家で一つの器具を見た。確かに見憶えのある道具だが、どうしてもその名前が思出せぬし、その用途も思い当らない。老人はその家の主人に尋ねた。それは何と呼ぶ品物で、また何に用いるのかと。主人は、客が冗談を言っているとのみ思って、ニヤリととぼけた笑い方をした。老紀昌は真剣になって再び尋ねる。それでも相手は曖昧な笑を浮べて、客の心をはかりかねた様子である。三度紀昌が真面目な顔をして同じ問を繰返した時、始めて主人の顔に驚愕の色が現れた。彼は客の眼を凝乎と見詰める。相手が冗談を言っているのでもなく、気が狂っているのでもなく、また自分が聞き違えをしているのでもないことを確かめると、彼はほとんど恐怖に近い狼狽を示して、吃りながら叫んだ。
「ああ、夫子が、――古今無双の射の名人たる夫子が、弓を忘れ果てられたとや? ああ、弓という名も、その使い途も!」
その後当分の間、邯鄲の都では、画家は絵筆を隠し、楽人は瑟の絃を断ち、工匠は規矩を手にするのを恥じたということである。
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内科医も聴診器を見て「これは何だ?はて、名が思い出せぬ」となったら一流でしょうか?(笑)
「薬とな、それは何に使うのじゃ?」というのも格好いいです。
正しい診断をし、適切な治療をするのが目的ですから、必ずしも道具は必須ではないわけです。
含蓄の深い小説ですね。