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2008.08.11 21:29 |  診療  |  仕事 / 職場  |  その他(医療関連)  |  エピソード  |  呼吸器病  |  SAM  | 推薦数 : 2

エピソード11:初めての...

私が研修医1年目の頃の話です。

 

自営業のIさんは数日前からの発熱と、少し動いただけで息苦しくなると訴えて外来を受診しました。

外来待合室から診察室に入ってきただけで肩呼吸をしており、体内酸素飽和度も70%(正常値は90-98%位)しかありません。胸部レントゲン写真を撮ってみると、両肺はスリガラスの様に真っ白であり、よく見ると両肺の下の方に網目上の影があります。特発性肺線維症の急性増悪です。

 

入院として高流量の酸素をマスクで投与し、抗生物質と高用量ステロイドホルモン剤の点滴投与を開始しました。

その頃の私は無知であり、「頑張れば助けられるかなあ」という認識でいましたが、呼吸器内科のカンファレンスでは「絶対助からない」と言われ、ショックを受けたのを憶えています。

 

数日後、呼吸不全はますます悪化し、酸素流量を最高にしても、酸素飽和度が80%程度しか上がらず、Iさんはベッド上で安静にしていても「苦しい、何とかしてくれ」と訴えるようになってきました。私は、癌性疼痛よりも先に呼吸困難に対して、モルヒネを初めて使用しました。モルヒネを開始してIさんは呼吸苦が楽になるとともに、日中でも眠るようになりました。

 

モルヒネを開始して2日後、Iさんの呼吸が止まり、看護師に呼ばれました。病室に行くと、既に家族が山のように集まり、部屋に入りきれない人もいます。人垣をかき分けIさんの傍にいくと、すでに呼吸停止し、頚動脈拍動も触れません。瞳孔も散大しています。死亡していると思われましたが、その時まで私は死亡確認をしたことがありませんでした。心電図モニターが部屋になかったため、Iさんの死を覚悟している家族が注視するなか、「少し失礼します」とまた人垣をかき分けて病室から退出し、ナースステーションの心電図モニターがフラットになっているのを確認しに行ってしまいました。

 

死亡しているかどうか確信が持てず、心電図が動いていたらまずいとその時は思ったのでしょう。私が病室を退出している間の家族同士の会話は想像に難くありません。

 

これが私の初めての看取り、死亡確認でした。Iさんが亡くなってから約1年後、あるお店に行ったとき、偶然Iさんの奥さんに会いました。Iさんの死後、奥さんが店を引き継いでいたようです。奥さんは、こんな私でも、「その節は大変お世話になりました」と私の顔を覚えてくれていました。

 

今から思えば、Iさんを看取った後から、私はようやく医者になったような気がします。

 

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