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医師になる前からよく思っていることは、医師の仕事の基本原則は「人を助けることであり、少なくとも人を傷つけることではない」ということです。しかし、この至極当り前の原則が時として困難であることを医師なら誰でも知っています。医療行為は人を助ける、治すという向きのベクトルを本来持っているものですが、それとは逆のベクトルを常にはらんでいます。つまり、副作用、合併症を必ず伴うのです。
医療関係者以外の方には分かりにくいかもしれません。いわゆる風邪薬から難易度の高い手術までの医療行為はすべて、人を助けるために考案されたものです。しかしながら、たかが風邪薬でも飲んだために、薬のアレルギーで死ぬ人がいます。例えばアスピリン喘息は、薬局で市販されているアスピリンを飲んで喘息発作を起こし、最悪の場合死に至ります。
人を助けるための医療行為は、リスクを常に承知の上で患者に施し、患者に受けてもらう必要があるのです。
薬局の薬は箱の中に説明書が入っており、私達は薬を飲む前に読んでおくことになっています。それは即ちリスクを承諾したことに他なりません。病院でうける主な医療行為は医師などから事前に説明があり、患者がリスクを同意します。しかし、問題は病院で受ける医療行為の種類は無数にあり、そのすべてに説明と同意の手順を踏まれた訳ではありません。
入院中につまずいて転倒骨折するリスク、病院のベッド柵に体の一部がはさまれるリスク、経鼻経管栄養チューブが肺に入るリスク、採血や血液ガス採取で末梢神経障害を起こすリスク、首が太いために気管内に挿管チューブが入らないリスク、高カロリー輸液で高血糖や肝機能障害を起こすリスク、抗生物質の副作用で肝機能障害やショックを起こすリスク、ブドウ糖の点滴で血管炎および血栓症を起こすリスクなどなど、すべてを説明することは不可能です。患者さんにこれらのリスクを列挙した分厚い冊子を入院前に渡して、読んだか読んでないかは別として同意書にサインしてもらう時代がくるかもしれませんが、未知の事故、リスクについて説明することは無理です。我々医師もマスコミの報道を聞いて、「そうか、そんな合併症があったか」と思うことも少なくありません。
すべての治療行為、医療行為は副作用や合併症と隣り合わせであり、最悪の場合は死に至ります。ところが、最近の医療裁判、医師逮捕の報道をみると、この基本原則が患者や検察、弁護士に理解されていないのではないか思われて仕方ありません。医師や看護師にもっと時間の余裕があれば、医療行為のリスクを十分に説明し、不測の事態が起こることも説明できていたのではないか、そうすれば裁判にはならなかったのではないかとも思います。そうであれば、医師不足、看護師不足の問題がこういった裁判の背景にはあるはずであり、なぜその責任を一医師が法的に問われなければいけないのか。
患者を傷つけようとして治療をする医師はいないのです。更に合併症を起こした患者さんには、その合併症に対する治療に最善を尽くすのが医師だと思います。
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