最近、恥じ入るような症例を経験しました。時系列的に紹介させていただきます。
症例 女性 77歳
全国規模の大規模病院(ベッド数800床台)の糖尿病の治療のために内科(代謝・内分泌)外来へ通院中。
その他、脊柱管狭窄症として他の病院の整形外科へ通院中。
当院へは(主治医が処方してくれないということで)脊柱管狭窄症に対するリマプロスト アルファデクス(商品名 オパルモン)の処方を希望して通院中(一定の効果あり)。血糖値は200mg/dl前後。HbA1cは7%前後とのこと。
RI 朝12単位、夕6単位
5月に経口糖尿病剤に変更になったとのこと。
アマリール(1)2錠、グリコラン(250)3錠
6/16「昨夕から体中が痛い感じ」「今朝からのどがつっぱって苦しい」「胸が苦しい」といった、ややもすると不定愁訴とも思える症状で午前10時に来院。
さらに「何となく脈が遅い」と言う。
とりあえず心電図をとってみました。
目についたのはⅢ、aVF誘導のST上昇とⅢ誘導でのQ波。
残念ながら当院では今までに一度も心電図検査は行っていません。
従って以前の心電図と比較することは出来ません。
わずかに2006.12の健診で「心電図異常なし」という事実だけです。
糖尿病の治療を行っている病院での心電図もわかりません。
以下は今回の心電図。
急性下壁心筋梗塞を疑う所見ですが、もしそうだとしても昨日の発症とするにはQ波の発現が早過ぎます。
四肢誘導
胸部誘導
1、Ⅱ、Ⅲ誘導
胸部レントゲン写真 異常なしSpO2 97% 脈拍数 54/分Rapicheck H-FABP 陽性! 心筋トロポニンやCK を含めた血液検査を行いましたが、残念ながら結果や翌日になってしまいます。
消化器症状などの胸痛のない下壁梗塞はしばしばあります。
そのため発症時間が特定出来ないケースも稀ではありません。
徐脈もあることから、まず急性下梗塞だろうと、糖尿病で通院中の病院へ紹介状を書き入院を依頼しました。
バイタルもよく、当院へは一人で自家用車で来院されていたので自分で運転して病院へ向かっていただきました。
さて、その翌朝(2011.6.17)。
入院となれば、病院から返書がFAXで届きます。
返書が届いていないので、気になってご本人の家に電話しました。
本人いわく「血液検査で異常なく、心エコーでも動きがよいので明日でも明後日でもいいから循環器内科の外来を受診しなさい」と言われたとのこと。
どうやら、入院は必要ではないという判断だったようです。
しかし、電話の会話の中で「今朝からフラフラするので血圧を測ったら70しかない」ということを聞き出しました。
すわ「右室梗塞による低血圧で補液が必要か」と気をまわした私は、「これからすぐに病院に行って、是非入院をお願いしなさい」と指示しました。
相前後してFAXで届いた当院から提出した血液検査の結果を以下のごとし。
AST 30、ALT 35、LDH 226、CK 72、CRP 4.77(3+)
WBC 7300(軽度の左方移動を伴う)、心筋トロポニンT 0.013(〜0.014)
CRP以外は見事に期待(?)を裏切るものでした。
診察中の11時頃に報告種がFAX で届きました。(日付は2011.6.16となっており、帰宅の指示を出した担当医)
以下、要約。
■「自分の鼓動を強く感じるような状態で、その脈がゆっくりであったため心配となったこと」「胸部絞扼感は自覚しないこと」「受診時には全く症状は消失」
( → 本人は私に対してより、的確に担当医に話している。要するに、しっかり問診している!!)
■心電図は洞調律でST変化は認めない。
■トロポニンTは陰性。2時間フォローしたCK/CKMBは変化なし。( → あのH-FABP陽性はなんだったのか?!)
■心エコー上、局所壁運動低下なし。収縮良好。弁膜症なし。心不全所見なし。
■以上よりACSの可能性は低いと判断し、帰宅させた。 さて、その後しばらく本人とは音信不通となりました。
6/21 の午前中の診察中に本人から電話あり。
「その後、ペースメーカーを首から入れられて(temporary PM)、その後に胸にペースメーカーが入った(permanennt PM)とのこと。やっと歩行許可が出たのでお電話さしていただきました」という内容。
思わぬ展開にびっくりしました。
同日の午後、2回目のFAXが入りました。
■診断名 ①洞不全症候群 ②完全房室ブロック
■6/16 救急受診時も接合部調律もしくは完全防室ブロックでしたが、脈拍安定しており帰宅されました。
(私的コメント; 回答書は同じドクターが書いています。初回の文面では洞調律と記載。私の紹介状に先入観を持たれたのか、初回では完全にACSの否定のための検査とその結果の記載でした。帰宅させた理由も前回とも違って書かれています。)
■ 翌日の外来では、高度徐脈となっており、即日入院となりました。入院後も、やはり虚血を示す所見は認めませんでした。
■6/21 DDDペースメーカー 植え込み。
■6/28 が依頼再診予定で、虚血の関与を否定すべく検査を予定。
回答書を見て思わず冷汗が・・・。診察中でしたが、早速心電図をナースに出してもらって見直してみました。
6/16の心電図で ST変化とQ波に気を取られてP波がない(sinus arrest or SA block)ことを見落としていたのです!。
(房室接合部の中央部にペースメーカーがある場合で、逆伝導性P波はQRS波に重なって認められない。)
病院の医師も「洞調律」と書いて来たわけですから、その時点ではどうも見落としていたようです。
ディバイダーをあててみましたが、RR間隔は実に一定で脈拍数もきっちり50/分でした。
「目から鱗」の思いでしたが、その後急速に悪化したのは何故だったのでしょうか。
以上、冗長に書きましたが問題点、疑問点、反省点をちょっと整理してみます。
①sinus arrest + AV junctional(idionodal) escape rhythm
<参考>
以前は、補充収縮の発生部位として房室結節が重視されていたが、近年は房室結節の自動能は少なく、ヒス束および冠静脈洞 (coronary sinus) の細胞のペースメーカー活動が重要な役割を持つことが明らかとなった。
心電図所見のみから、補充収縮ないし補充調律の発生部位を、房室結節,冠静脈洞部、ヒス束などと特定することは困難であるため、これらの部位の包括的な名称として房室接合部性 (A-V junctional) という言葉が一般的に用いられている。以前は結節性補充収縮 (AV nodal escaped beat, nodal escape) や結節性補充調律(ーrhythm)と呼ばれていたが、近年、この言葉はほとんど用いられなくなった。
出典 http://www.udatsu.vs1.jp/escape.htm
この原因は一体何で、そして何時から起こったのでしょうか。
右冠動脈の末梢枝が酵素の上昇を来さない程度の小梗塞を起こして洞停止を起こしたという報告例はないのでしょうか。もとも確認するのは困難かも知れませんが。
洞結節枝 sinus node arteryが洞房結節および房室結節も血行支配しているのですが、洞房結節がそもそも虚血に晒されやすいのか否なのか、洞停止の原因は変性なのか虚血なのか私にはわかりません。
もし右冠動脈に微小梗塞が起こったなら(こういったことが実際に起こりうるかどうかもわかりません)permanent PMIの適応でしょうが、迷走神経刺激によるものならtemporary PMIでよいことになります。
②当院でのH-FABPが 陽性だったのは何故でしょうか?心筋トロポニンTとの乖離は時間的なものでしょうか?
③炎症反応が陽性だったのは何を意味するのでしょうか?
しっくり来ないことばかりです。
教訓(自戒)
①心電図は先入観にとらわれずきちんと落ち着いてみること。
②外来患者で通院中の方で生活習慣病の方、特に心疾患のリスクファクターのある方(高血圧、脂質異常症、糖尿病など)は最低、年に一度は心電図(可能な負荷心電図)をとろう。
Idionodal escape rhythm is a not uncommon manifestation of myocardial infarction,particularly inferior wall myocardial infarction. This is because inferior wall myocardial infarction is often associated with disorders of the S-A node, thereby keading to sinus arrest,sinusu bradycardia or S-A block.Leo Schamroth;The Electrocardiology of Coronary Artery Disease
この有名なText BookのOsler先生の引用はちょっと痺れます。
The value of experience is not in seeing much, but un seeing wisely.
William Osler
<番外編>
女性 39歳
昨日たまたま健診で来院されました。
動悸などの症状は全くありません。
四肢誘導

胸部誘導
V1のみピックアップ。
その他「葦の髄」循環器メモ帖 http://yaplog.jp/hurst/(循環器専門医向き)ふくろう医者の診察室 http://blogs.yahoo.co.jp/ewsnoopy(一般の方または患者さん向き) 井蛙内科/開業医診療録(4)2009.10.16~http://wellfrog4.exblog.jp/井蛙内科/開業医診療録(3)~2009.10.15http://wellfrog3.exblog.jp/井蛙内科/開業医診療録(2)2008.12.10~http://wellfrog2.exblog.jp/井蛙内科/開業医診療録~2008.5.21 http://wellfrog.exblog.jp/ (内科医向き) 「井蛙」内科メモ帖 http://harrison-cecil.blog.so-net.ne.jp/ があります
コメント
コメント一覧
不安定な症状はやはりACSによるものではないでしょうか。
RCA入口部99% delayでこのような症状(P波が繋がったり切れたり、血圧が大きく変動したり)、という症例はザラにあると思います。
それにしても紹介先病院の対応は……下壁梗塞疑いと書いておられるわけですし、即刻循環器科への受診もしなかったとはお粗末の一言です。
心強いコメント有り難うございました。
私も心エコーで(壁運動)異常がなくとも冠動脈の評価(少なくともCTCA)は行っていただけるものと思っていました。
先生のおっしゃるようにACSという考えが担当医には欠落していたようです。
AMIではない→従って症状は不整脈によるもの、
とされてしまったようです。
いきなりpermanennt PMが埋め込まれた早業には私も驚きました。
ご返事がおそくなり申し訳ありませんでした。
これからもいろいろご教示下さい。
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