戯れ言たれる侏儒
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ESH/ISH2008(独ベルリン2008年6月14日〜19日)
第18回欧州高血圧学会
第22回国際高血圧学会
のハイライトニュースで勉強しました。

正常高値血圧者の潜在的心血管障害のマーカーとして何を測定すべきか?
The Cardiovascular Research Unit, Glostrup University Hospital, Copenhagen, Denmark
Thomas Sehestedt 氏

正常範囲内であっても相対的に血圧が高い群は,低い群に比べて心血管疾患のリスクが高いことが知られている。
そのため欧州高血圧学会(ESH)の高血圧治療ガイドラインでは,正常高値血圧に対しても,心血管疾患危険因子が3つ以上ある場合,あるいは潜在的臓器障害が示唆される場合は降圧治療を推奨している。
Sehestedt氏らはデンマークの地域住民を対象とした追跡調査のデータを解析し,この潜在的臓器障害のマーカーとして尿中アルブミン/クレアチニン比(UACR)と脈波伝播速度(PWV)または頸動脈プラークの組み合わせが優れることなどを報告した。

尿中アルブミン/クレアチニン比,脈波伝播速度,左室重量係数,頸動脈プラークの意義を検討
Sehestedt氏らは,1993~94年に諸検査が行われた41歳,51歳,61歳,71歳の被験者のうち,心血管疾患,糖尿病,薬物治療がない1,968例を対象に今回の解析を行った。
従来の一般的な心血管疾患危険因子についてのほか,潜在的臓器障害のマーカーとして,細小血管障害を反映するUACR,動脈の硬さを反映するPWV,左室肥大を反映する左室重量係数(LVMI),動脈硬化症の進行を反映する頸動脈のプラークについて検討した。
エンドポイントは心血管疾患死,非致死性心筋梗塞,非致死性脳卒中という3つのイベントを合わせたものとし,2003年時点の追跡結果で評価した。
平均追跡期間は9.5年である。

従来の危険因子で検出できない高リスク例を潜在的臓器障害マーカーで検出
ベースラインでは1,968例中624例(31.7%)が至適血圧,698例(35.5%)が正常血圧,357例(18.1%)が正常高値血圧,289例(14.7%)が高血圧に分類された。
この分類別にエンドポイントの発生率を見ると,最も発生率が高かったのは高血圧群であったが,発生者全体に占める割合を見ると,4分の3がその他の正常範囲血圧の群であった(図1)。

Sehestedt氏らは,正常範囲血圧群のなかでもイベント発生率が高い正常高値血圧群に注目し,同群におけるイベント発生率を潜在的臓器障害の有無別に比較した。
その結果,潜在的臓器障害がない175例では6例(3.4%)にイベントが認められたのに対し,潜在的臓器障害がある182例では19例(10.4%)に認められた。
 
潜在的臓器障害を示唆するマーカー別に見ると,UACR陽性例では3例中1例,PWV陽性例では112例中12例,頸動脈プラーク陽性例では98例中13例,LVMI陽性例では32例中5例にイベントが認められた。
心血管疾患のリスクを評価するESHリスクチャートや欧州心臓学会(ESC)のHeart Scoreだけでは感度は必ずしも十分ではないが,今回検討した潜在的臓器障害マーカー,なかでもUACRと頸動脈プラークまたはPWVの組み合わせにより良好な感度が得られ,同氏はこれらの組み合わせをマーカーとして有望と結論付けた()。

ただし,正常高値血圧群に潜在的臓器障害の検査が常に必要というわけではない。
正常高値血圧群357例のうち,Heart Score 5以上の136例(イベント発生率13%),およびESHリスクチャート危険因子3以上の18例(同11%)については潜在的臓器障害検査の施行は必要ないと考えられ,検査施行を検討すべきは,潜在的臓器障害が見つかった66例(同6%)を含む残りの203例(57%)と言える(図2)。


同氏は「Heart ScoreとESHリスクチャートで層別化することにより,潜在的臓器障害の検査をしなければならない症例数を少なくできる」と指摘した。

【監修者のコメント】
正常高値血圧の定義は日本高血圧学会では収縮期血圧が130~139mmHgで拡張期血圧85~89mmHgとしている。
特に正常高値血圧者に薬物治療を行うかどうかは非常に難しいところである。
確かに,明らかな心血管危険因子が認められるならば積極的な治療を患者に説明しやすいが,単に血圧が130/85mmHg以上だけではなかなか薬物療法に踏み切ることができないのが現実である。
 
しかし,実際は正常高値血圧者でも臓器障害が進行している症例も多く,血圧による臓器障害を完全に除外できるのは120/80mmHg未満の至適血圧であることが知られている。ただ,120/80mmHg以上の人を全例管理していくことは不可能であり,潜在的心血管障害の合併を検出することは治療戦略に大きく影響する。
そのためには既存の検査では限界があり,本研究ではUACRと頸動脈プラークまたはPWVを組み合わせることが重要であると結論付けている。
これは現時点では納得できる指標ではあるが,日常臨床でエコーやPWVをこれらの対象者全例に施行することは不可能であり,全例に行う必要がないこともコメントされている。
設備的な観点からは,世界的なガイドラインに推奨されることは難しいかもしれない。
しかし,日本の診断技術,設備は充実しているため,測定するかどうかの問題かもしれない。
単純には,血圧のスクリーニングのレベルを130/85mmHg以上にして管理していく姿勢は重要である。
 
これらの指標をもとに積極的に治療介入したとき,降圧目標値はいくつに設定するか,また,実際に臓器障害の改善効果と予防や予後との関係などをどう評価するかは,大きな問題である。
今回発表の指標だけでなく,今後も他の有用な指標を常に評価し,臓器障害の進展を抑制していくことが重要である。

監修:東京慈恵会医科大学循環器内科教授 谷口郁夫 

http://www.medical-tribune.jp/cgi-local/esh2008.cgi/index.html?
出典 MT pro
版権 メディカル・トリビューン社

 

<自遊時間>
一昨夜、米国から子供が帰って来たことはお話しました。
私自身、短期間も含めて留学したことはないのでいろんな土産話に反応してしまいます。
昨夜は同じく医学生の弟が土産のTシャツを早速パジャマがわりに着ていました。
”HOPKINS”と胸に書かれています。
そこで広島カープにいたホプキンス選手をつい思い出してしまいました。
私自身、広島カープのファンではありませんが、どっかの球団と違って、あの金銭力でそこそこの成績を残す姿には共感を覚えます。

ゲイル・ホプキンス
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%97%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B9
ペパーダイン大を卒業後、ホワイトソックス、ロイヤルズ、ドジャースでプレーした後、ルーツ監督に請われ1975年広島東洋カープに入団。主に一塁手として出場し、読売ジャイアンツとの優勝決定戦(1975年10月15日)では勝負を決する3ランを放つなどセ・リーグ初優勝に貢献。
翌年もチームの主軸として活躍した。
1977年には南海ホークスへ移籍し1シーズンプレーした後、引退。
引退後は選手時代から勉強を重ねていた医者の道を志しシカゴ・ラッシュ医大に再入学、整形外科医になりその後ミッション系大学で聖書学も教え始めたという異色の経歴を持つ。
広島在籍時には試合前に広島大学で実験を行っていたことや休み時間に医学書を読むなどということもあったという。
現在オハイオ州で病院を開業し、自らも整形外科医として患者の診察にあたっている。
また、地元大学で准教授として聖書学の講義を担当している。

ホプキンス 
http://www.chugoku-np.co.jp/Carp/50y/retu/8/990812.html

最近”ふ~ん”と思ったこと
http://www.vi.cs.is.nagoya-u.ac.jp/watanabe-lab/graduates/01year/hiroyuki/lab/index.cgi
「鉄人」衣笠が憧れるタフな男 世界の「鉄人」衣笠祥雄が、自分よりずっとタフな男だと称える旧友がいる。衣笠の脳裏に焼きついているのは、その男が試合前のロッカールームで本を読みふけっていた姿だ。
 衣笠は1975年シーズンを、昨日のことのように覚えている。「ゲイルの入団が決まってすぐに、当時のジョー・ルーツ監督から、僕が10年間、守っていた1塁から3塁に移ってくれと言われた。
ゲイルが1塁を守れるようにさ。
でも、別に気にしなかった。
だって、僕のほうがゲイルより足があって(守備範囲が広く)、肩もいいからね」衣笠はそう言うと、温かい笑顔を見せた。  ホプキンスはシカゴ・ホワイトソックス、カンザスシティ・ロイヤルズ、ロサンゼルス・ドジャースで7年間、メジャーリーガーとしてプレーした後、日本に来た。
彼は衣笠に反論したりしなかった。「そう、そう。僕はあまりに足が遅いから、『ゾウ足』と呼ばれていた。
今でも電子メールのアドレスに、その名前(zoashi)を使っているよ」
 ●野球選手になって、医師になって、宣教師になる  
 しかし衣笠がとりわけ記憶に残っているのは、75年シーズンだという。
「その年にゲイルがやって来て、僕たちは勝てるんだという信念を植えつけてくれた。(広島は)それまで一度も優勝していなかったんだ。ゲイルは体のあちこちを痛めていたのに全試合出場して、ホームラン(33本)と打点(91点)はチーム1位だった」 「あれはシーズン129試合目(10月15日)、後楽園球場でジャイアンツと対戦したときだ。9回表にゲイルが逆転の3ランを打ったとき、僕は優勝したと確信した。あの瞬間は絶対に忘れない。僕の野球人生で、まちがいなくトップ5に入る思い出だ」  
もうひとつ、衣笠が昔のチームメイトについて忘れられない光景がある。
練習や試合の前のロッカールームで、ホプキンスが生物学のテキストや医学書を読んでいた姿だ。
「ゲイル、ずっと聞いてみたかったんだけど、医者になろうと思ったのはいつごろ?」
衣笠の目は、あこがれのスターに会ったときのように輝いていた。
「プロの野球選手にも医者にもなれるなんて、どうしてそんなふうに思えたの? 日本では野球選手なら、目標はそれだけだ。僕にはずっと野球しかなかった」
「18歳でペッパーダイン大学に入ったとき、人生で3つの目標を決めた」とホプキンス。
「野球選手になること、医者になること、宣教師になること。そして、神のおぼし召しにより、3つとも達成できそうだ」
●シーズン終了とともに医学校へ入学  
実際、13年間の野球生活のあいだも、ホプキンスは勉強を中断することはなかった。
現役中の74年には、生物学の博士号を取得している。
75年から医学校へ進むつもりだったが、長年低迷していた広島カープがホプキンスを説得。
1年契約には、75年シーズンの終盤に優勝は無理だと決まったらすぐに、日本を離れてもいいという条件が入っていた。
ホプキンスは、9月には帰国して医学校の新学期に間に合うだろうと考えていたのだ。  
ところが、優勝争いは広島を交えて最後まで白熱した。
そしてホプキンスは、医学校に進む計画を延期したことを、今も後悔していない。
「あの1975年は、僕たちみんなにとって、本当に特別なシーズンだった。最後の巨人戦を終えて広島に戻ったとき、ある年配の男性が僕のところに来て、『もう死んでもいい』と言った。
平日に急きょパレードをやったのに、40万人も集まってくれたんだ。
僕たちは広島の市民に誇りを与えることができた。だから、帰れるはずがなかったよ。
76年も広島で過ごすことにしたくらいだ」  
76年のシーズンが終わるとすぐに、ホプキンスはシカゴのラッシュ医科大学に定時制で入学。
77年も日本で南海ホークスのユニフォームを着た。引退後の78年から学業に専念し、86年に整形外科のドクター・ホプキンスとなった。
 ●与えられた才能のすべてを最大限に生かすこと  そして、外科医として17年間、活躍したホプキンスは今年で60歳。
第3の人生を歩もうとしている。
 「フルタイムの外科医は引退して、10月1日からは、ウエストバージニア州にあるオハイオ・バリー・カレッジという小さなキリスト教系の大学で、生物学の教授になる。
これが僕にとっての宣教師の道だ。
たぶん野球チームも手伝えるだろう。
今週、学長のロバート・スティーブンス博士といっしょに日本へ来たのは、日本の学生を呼ぶためだ」  
かつては世界一タフな野球選手だった衣笠は、この旧友は自分よりずっとタフで、少なくとも精神的にははるかにたくましいと感心していた。
 「僕にはとてもできないよ」衣笠は何度も言った。
「2つや3つの分野のトップレベルで抜きん出るなんて、日本ではありえない」  
だが、ドクター・ホプキンスは「できるはずだ」と言う。75年に広島が優勝したときのヒーローは以前、次のように語っていた。
 「日本でも、まちがいなくスカラー・アスリート(秀才アスリート)になれたと思う選手に何人か会った。
頭脳はまったく問題がなかった。ただ、彼らは野球しかやっていなかった。ちょうど会社員みたいだね。
昼も夜も会社に身をささげ、家族との楽しい生活を犠牲にしても仕方がないと思い込んでいる人たちだよ」
 「日本のチームメイトも友人も、バランスの取れた生活を送っているようには見えなかった。
すべてのエネルギーを、たった1つの目標に注ぎ込んでいるみたいだ。悲しいことだね。
神様は、すべての人にさまざまな才能を与えてくださっているのに。与えられた才能のすべてを最大限に生かすことは、僕たちの義務なんだ」

 

読んでいただいてありがとうございます。
コメントお待ちしています。

他に
ふくろう医者の診察室
http://blogs.yahoo.co.jp/ewsnoopy
(一般の方または患者さん向き) 
「井蛙内科/開業医診療録(2)」
http://wellfrog2.exblog.jp/
2008.5.21~ 「井蛙内科/開業医診療録」 
http://wellfrog.exblog.jp/ 
~2008.5.21
があります。

 

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