アスペルガー症候群の子どもさんと関わるとき、私の診ている子どもに関する勉強会(本人・家族の了解を得て)に参加したりします(と言うか、時間を見つけて、こちらから学校に行っちゃうのですが)。
時には、なかなか本人が日常生活をうまく勧めることができないと言うことで、担当の先生が考えられたプログラムを見せて頂いたりするのですが、「構造化」の名の下に(?)、経験的には2通りのパターンがあります。
① この構造化によって、本人が安心して学校生活を送られると感じられる場合。
② 学校側が、本人にして欲しいと思っているもの、訓練をさせたい気が先に立ちすぎているなぁ、と感じられる場合。
①だと、私の方もとても勉強になる、②だと、とても違和感を感じる、その違和感を指摘したときに、
(1) なるほど、そうですね。。と感じてくれる場合、と。
(2) 先生(私)がそうやって本人や保護者の言いなりになっているから、学校は困るんです。。と口では言わないが、もろ目がそう言っている場合。 (医者が、本人や家族だけの言いなりになって動くわけ無いじゃん・・と思っても、それを口にするとややこしくなるので)・・があります。
(2)の場合、とってもエネルギーが居るというか、疲れますね。
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
| 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 | 29 | 30 | 31 |
コメント
コメント一覧
「そのままの君が好き」というタイトルの曲があります。
歌のタイトルになるということは、
みんな、こういわれると、嬉しいということなのでしょうか。
でも、アスペの人(大人も、子どもも)って、人生の中でこんなふうにいわれることって、殆どないんじゃないかって思うんです。
そのかわり、いわれることは
「違う」「そうじゃないの」。
「そういうところは、直したほうがいい」・・・などなど。
社会に適応できて、うまくいって、はじめてほめてもらえる。
「そのまま」では、受け入れてもらえないんだなあ・・・と感じながら、成長します。
「そのままの君が好き」・・・うーん。
そう言ってもらって、大人になりたかったなあ・・・
と、思います。
さらに最近はケース会議等で専門家の先生が入られます。そういった場合教師は「先生(医師、専門家)のことはわかるんだけどねえ・・。」と言っていることをすべて受け入れられない方がほとんどです。「学校でこれ以上無理とか先生は保護者の肩を持ちすぎ」とか・・今の現状を早急になんとかしたい教師や自分の考えを合わない先生だった場合は(2)のケースになってしまうんでしょうねえ・・・・。
確かに通常学校にいる特別支援の必要性のある子はいます。しかし、「管理職の協力体制がなっていない場合」「親の受容していない場合」「離席してしまう場合」のすべてが揃ってしまうと担任教師は本当に何もできません。ただ担任は泣きに入るのみです・・・。ひどい場合は鬱になります。鬱になるのは先生自信の特性もありますが、管理職の対応の問題、体制の問題もあります。管理職の特性の一つとして「母性愛」のような包み込む大きな広い心があるといいのですが・・・・。まあ、最近になって外部や教育委員会は幹部候補生(出世コース)としてそういった資質にまで目を向けるようになりました。結局普段我々教師がいっている。「人に対して思いやりをもちなさい」が管理職、教員の中でも大事なんですね・・・
コメントありがとうございます。「頑張ってやりましょう」と言われると、逆に、「今のあなたはダメ」って言われているような気がすることが有ります。まずは、今の頑張りを認めてからですね。
BUNTEN さん
コメントありがとうございます。①、②-(1)、(2)の順と言うことで。
っち さん
コメントありがとうございます。経験的には、校長先生が協力的なところは、とてもやりやすいですね。教育委員会は、まちまちです。特に、市町村レベルになると、格差が有ります。②-(2)レベルの場合は、よくよく診ると教員間の連携が悪くて、担当者が思い入れで走ってそれを管理職がうまく把握できて居なかったり、現場が頑張っているけど管理職の理解が得られないという場合ですね。勉強会の前に、現場の先生から、「親を何とか・・」ではなく、「校長の理解を得られるように何とか・・」と言うようなお願いを受けることも有ります。
コメントを書く