不登校が長引いてきて、それでも少しずつ保健室登校ができるようになったり、保健室から教室に一時間でもあがれるようになってくると、思わず、次のステップを期待してしまいます。
ひどい所になると、知らない間に、先生方の会の中で、保健室は二時間だけにしましょうとか、来月からは、午前中は保健室に入れないようにしましょうとか、決めてしまったりします。
物事の回復は、一進一退を繰り返しながら、それでも良い方向へと流れていきます。けれども、時として、大人は、「一進」は許してくれるけれども、「一退」は絶対に認めない、「一退」すると、せっかく頑張ってきたのが元に戻ってしまう・・等と訳の分からない理論をお話する先生もおられます。
でも、現実はそんなことはありません。
ある不登校の子ども曰く、「まだ少しは頑張れるのだけれども、頑張るのが怖いんです。一つのことができたら、褒めてくれれば私も頑張れるし、頑張ったらしばらくは、その状態で休憩させてくれたらよいのに、私の頑張りを褒めるどころか、すぐに、次の頑張りが用意されていて、また、頑張らないと行けなくなるんです」・・・って、
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コメント
コメント一覧
言っている大人に悪気がないのはわかりますが、知識や理解、あるいは思いやり(?)がないですね。
その学年の児童生徒としての「あるべき姿」に少しでも早く、効率的にはめ込もうという観点しかないのです。いまだにこういう先生は、たくさんいます。親もそうですけどね……。
これは障害や不登校のお子さんに限らず、教育の根本にも関わるモンダイかと思います。つまり「鋳型にあてはめる教育」か「まず子どもの状態ありきで、そこからその子の成長を考える教育」か、ということです。最近は、後者の立場の先生も増えてきていますが、前者もしぶとくいます……。
そういう大人(とくに学校の先生)への啓蒙が本当に必要だと思います。papamama先生の地道な活動、心から応援します~!
私は、自分のしていることに自信がなく、担任の、「これが出来るんだから、次も出来ますよ、がんばらせてください」という言葉を信じて、精一杯がんばっている子供に「がんばれがんばれ」と言い続けてきました。
最近やっと間違いに気付きましたきました。
先生方も早く気付いてほしいです。先生は教師になれるくらい優秀だから、出来ない子の気持ちが分からないのかなあ・・?分かっていても立場上「がんばらなくていいよ」とは言えないのかな・・?
高校と中学は別ものでしょうか・・・。
小中は、授業に出なくても学校のどこかに登校さえすれば「出席」ですが、高校は授業に出ないと単位がとれないですよね……!? 保健室に行く意味があるのかどうか。それとも、いろんな制度があるのでしょうかね。
『一進』は、大喜びか当たり前。
『一退』は、『二退』『三退』と続くような気がして、「休んではならぬ」と、まず、学校に送り届けていました。
後々、この親の理解の無い間違った対応が、すっかり子供を疲れさせてしまいました。
『三退』どころではありません。
現在も、相当時間をかけて回復への道のりの途中です。
私は、教育の現場はわからないので、親の立場からの声です。
コメントありがとうございます。「もっと頑張れ」と言われると、子どももつらいですよね。「今まで、自分は頑張っていなかったと思われていたのか」なんて。
幸 さん
コメントありがとうございます。立場上「がんばらなくていいよ」とは担任は言えないでしょうね。管理職の理解があれば、きっと、違って来るんでしょうけれども。
RAM さん
コメントありがとうございます。私の県では、中学校になると、相談室登校が中心になります。高校は、相談室に行っても、教科ごとの出席時間が大切になってくるので、相談室「登校」とは、行ってもらえないのかも知れないですね。
秋桜 さん
コメントありがとうございます。「一退」を受け入れると言うのは、なかなか大変なことですよね。
・・・と言うことで、ちょっと、続きを書いてみようかなと思います。
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