アスペルガー症候群の子どもにとっては、
「変わらない場所」「想定外の事が起きない場所」が落ち着くと言われます。
けれども、学校現場となれば、学校によっては、毎年のようにクラス替えがあり(私が小学校の頃は2年に1回でしたが)、担任も変わってしまう。
ましてや、最近の社会情勢を反映してか、転勤族も少なからずいて、転校を余儀なくされると言うことも少なくありません。
転校は、本人にとっても苦痛ですが、アスペルガー症候群の子どもにとって、数少ない(?)仲の良かった子が、いきなり転校していくと言うのは、全く想定外の出来事であったりします。
何回か、こういう事が続いてしまうと、「友だちとはいなくなってしまうもの」「いつかは、自分から離れていくもの」とインプットされてしまって、時々、
「友だちはいなくといやなので、作りません」
・・・と言う子もいました。友だちって概念が良く分からないという子もいましたが・・・・・。
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「赤毛のアン」の主人公アン・シャーリーは、ダイアナのことを「我が心の友」と呼んでいます。「心の友」なんて随分大袈裟なものだと感じましたが、もしかしたら、これは、友であるダイアナに対する、敬愛の気持ちがこめられていたかもしれません。
個人的には、「友だち」というのはそういうものだと思っています。いつまでも変わらない敬愛の気持ちを持てる相手。
でも、それだけが「友だち」なのかというと、そうではないですね。同士、仲間というのも、平たく括れば「友だち」ということになるし、気軽に話して楽しい相手も「友だち」だろうし・・・。
抽象的な概念は、どうしても「こういうものが、○○」と、一つの価値観に偏りやすいので、結果として「友だちが少ない」ということになるのかもしれません。
大学に入ってからですね、長く付き合える人を見つけたのは(クラブ活動で)。
大学院も逆境に置かれましたが、そういう時の気の合う仲間は、今でも大切な友達です。
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