< 亀田大も心療内科? :NEWSから(11... | メイン | アスペルガー講座(116)ケロッと・・ >

 子どもが不登校になったとき、親御さんは、一言一句に気を使ったりする時期があります。親御さんからは、どんな風に本人に答えたら良いだろうかと尋ねられるのですが、正解はありません

 子ども曰く、「お母さん、僕に学校に行って欲しい?」と聞かれたら。

パターン1・・お母さんが、「行って欲しい」と言ったとき。

 →→ 本人曰く 「ボクが、これだけ苦しんでいるのに、お母さんは行けと言うのかぁ」  と、激怒です。

パターン2・・お母さんが、「行かなくても良いよ」と言ったとき。

 →→ 本人曰く 「ボクは、本心では、学校に行けないことにこれだけ苦しんでいるのに、行かなくてもいいなんて、ボクの気持ちが分かっていないんだぁ」 と、激怒です。

 子どもにすれば、今、自分が学校に行けていないと言う現実に苦しんでいるのですから、現実が了解できないことに対し、言葉での慰めにはなかなか満足はできません。

 まぁ、時間が経って、互いに少し落ち着いてくれば、いろいろな話ができるようになると言うことで、少し時間とおつきあいしましょう。

 

固定リンク | コメント (6)

コメント

コメント一覧

娘が高校生の時、夏休みのあいだ一歩も家からでませんせした。そして「ママは私に外出してほしいんでしょう?」と言いました。
単純な私は「そうねぇ、外に行ってくれたら、ママも思いっきり外出できるしね・・・」と答えました。
どうなんでしょうね?
written by RAM / 2007.10.28 20:13
RAM さん
 コメントありがとうございます。まぁ、その後も、娘さんとお母さんが普段通りに話ができていれば、すべて良しですね。
written by papamama / 2007.10.28 22:37
「時間」って有難いです。一番苦しい時期にはこの苦しみが永遠に続くかと思われましたが過ぎてみると懐かしく感じたりできるのです。時間と上手にお付き合いしてみます。根っこの所で分かり合っていれば多少揺れてもいいってことですね。
written by まめ / 2007.10.29 11:37
おじゃまします。。。
がっこーって、なぁ~に?
って、がっこーのせんせいにきいたら「べんきょーするところだっ」って。。。

「なぜべんきょーしないといけないの?」ってきいたら「しゃかいにでていくのにひつよーだからです」なんて、いってたよ。

あら。きょうは、わたし小学生?
そ。あの頃に戻ったの。

社会に出てる人って、みんなべんきょーしたのかな。。。でも、した人はしたんだろうな。。。なんて思ってたのね。今から考えると、あれから何年たったかしらん。

 だからべんきょーしました。いっしょーけんめい。たのしかったわ。中学生になってもっと一生懸命になりました。
 でもね。べんきょーすればするほど、一人になっていくのね。何故だったのかしら。。。どれもこれも一緒にやるよーなべんきょうじゃないの。期末試験も。模擬試験も。だから友達作っていっしょにやりました。
でもね。友達よりどんどん上にあがっていくと友達は離れていきました。そして、また一人になっていきました。高校にはいってそのままやっていたらつまらなくなりました。がっこーやめると言い出しました。。。反抗して。誰に?きっと、がーっこーのせんせいにかな。社会にかな。。。自分にかな。親だったかしらん。分かりません。今もよく分かりません。だから今の子たちががっこー行かないのもよく分かりません。
 でも、思います。むかしのきょーいくよりもっと激しくなっているんですね。きょーそーが。小学生の頃にきいておくべきだったかなあ。「なぜみんなきょーそーしているの?」って。社会に出ても、みんなきょーそーしているね。生きていけないからだって。
きょーそーしないから生きていけるというのもあるんじゃないかなぁ~。そこんところはがっこーは教えてくれなかったね。数えること、写すこと、まねすること、暗記することは教えてくれたけど。。。ごめんなさいね。きょうは、わたし、しょうがくせいになっちゃった。
written by 夢見る掃除人 / 2007.10.29 13:48
どうして勉強しないといけないの?
なんで学校へ行かないといけないの?

誰でも一度は考えたり、親に聞いたりしたことがある質問だと思います。

答えは、今もわかりません。
そういうものかもしれないし、別にしたくないなら、しなくていいのかもしれない。
それでも、中学までは義務教育だから、その理由は比較的わかりやすい。中学までは「最低限の教育を身につけるため」だと思う。高校以降は「自分がそれ以上の学問なり、専門知識なりを身につけるため」・・・かな。

だけど、勉強するのは競争のためじゃないと思う。
確かに、社会に競争はつきものだけど、それに参加する、しないは、子どもならともかく、大人になったら、個人の判断でどうにでもなるものだと思う。

競争に勝つことが全てだと思って、それだけにとらわれていると、後に残るのは、「諸行無常」・・ということかもしれません。
written by あずき / 2007.10.29 16:32
あずきちゃんのゆーよーに。。。
あ。ちゃん付けでごめんなさい。わたし、きょうはしょうがくせーだから。許してね。

でね。「みんな。できたかーあ」って、せんせいが言うから、みんな必死になって黒板に白いチョークで書かれた問題を解きました。なぜか解けるとうれしくて、走って前にいるせんせいのところに持って行くのね。赤い丸もらうともうご機嫌。解けない子は何してるのかな。。。なんでできないのかな。なんて余裕こいたりして。横に座ってる子に教えると叱られるので、ちらちら見るだけ。チラチラ見てると叱られるの。。。つまんない。
でね。これが反対に、わたしが解けないときはもうダメ人間みたいにしょんぼりでした。
今から考えると、どーでもいい問題なんだけれど。どーでもいいなんて思えないから一所懸命でしたね。
なんで、どーでもいいって、おもっちゃうのかな。今になって。。。
みんな「同じ答え」を出すことが大事だったんだ。同じでないとダメ。。。でもよく考えると、社会に出てから「同じ答え」ってあるのかなっておもうよ。大人たちが大声出して話してる政治なんか特に。スポーツでも勉強でも一等賞にならなくてもいいんだけど、びりけつでもいいとはぜったい教えないから。さみしいね。泳ぎ方も勉強もみんな一等賞になったひとのやり方ばかりだから。生き方もみんな同じこと言ってるように聞こえるのね。全然違う生き方ができる逃げ場所ってないのかなあ。

written by 夢見る掃除人 / 2007.10.29 21:05

コメントを書く

ニックネーム*
メールアドレス*
URL
内容*
※「利用規約」をお読みのうえ、適切な投稿をお願いします。
papamama
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2008/12 >>
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着トラックバック