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アスペルガー症候群の子どもは、大なり小なり、こだわりがあります。
ある小学校の男児児童。不登校をしていたのですが、4月から学校に行くと言っています。でも、なかなか、朝が起きられません。朝、間に合わないと、もうその日は学校に行きません。
「起きられなかったら、遅れて行ってみても、いいんじゃない」
「行く以上は、朝から行かないと意味がない」
「えらかったら、早めに帰ってきても、いいんじゃない」
「行った以上は、最後までいないと意味がない」
ある高校の男子生徒。ある地域の乗車券が欲しく、そのために、そこにわざわざ行くと言いますが。
「その乗車券を手に入れるだけが目的だったら、チャットで知り合った○○君に頼んで見たら」
「それは、しない」
「どうして?」
「自分で、そこまで行って買わないと意味がない」
アスペルガー症候群の人は、何かを否定するときに、よく「意味がない」と言います。
アスペルガー症候群の人にとって、何かをするのか、しないのかは、意味があるのか無いのかは重要な問題です。
「意味がない」と感じていることを説得してさせようとするのは難しく、それよりも、本人が「意味がある」を感じられるような努力をする所から、・・・・・それでも、「意味がない」と感じるなら、しばらくは、様子を見るようにしています。
医者になって、10年前に自宅を建てるまでの10数年の間に、11か所に住んでいます。そして、そのたびに、開かずの箱が増えてきます。最近、久しぶりに、そのパンドラの箱の整理を時間の合間を見て、ようやく始めました。お宝、拝見とまでは行かず、値打ちのある物はほぼゼロ、そのゴミの中で見つけた物をいくつか、暇に任せて報告を。
ナショナルパナカラー販促品として出された、ミニチュア・タイムカプセル発見(1970)。ただし、箱も無く汚れている。プレプレミアか?と、ちょっと、Yahoo!のオークションを見ると、箱付きのきれいな品は、まぁまぁですが、それ以外は・・・・。ま、子どもの机の上の飾りにも。
1970年大阪万国博覧会のタイムカプセルブームから、しばらく、いろいろな学校で、タイムカプセルを埋めると言うイベントも増えました。私の高校でも、同じようにタイムカプセルを埋めると言うイベントがあり、10数年の歳月を経て、その掘り出しのイベントがありましたが、タイムカプセルは、タイムカプセルは、タイムカプセルは、・・・・・どこにもありませんでした。校舎の移転の時に、その辺りを掘り起こしたようで、数回の発掘作業でも見つからず、どこかの不燃物として処理されたのか、大阪湾の藻屑として消えたのか・・・・。
医者になって、10年前に自宅を建てるまでの10数年の間に、11か所に住んでいます。そして、そのたびに、開かずの箱が増えてきます。捨てれば良いのですが、その機会を逸した箱は、年々増え続け、かつ、忘れられ、医学書、医学雑誌(このうち、手にした以降に、ほとんど読んでいないものがどれくらいあるだろうか)、マンガの本に、子どもの服や、整理する時期を逸した子どもの写真、その他、レコード→カセットテープ→CD→ビデオ(VHSはともかく、βって、どうすんねん、8mmもあるし)→DVDなどなど。
最近、久しぶりに、そのパンドラの箱を時間の合間を見て開いていますが、なかなか、片づきません。今日は、朝から、バタバタと、なかなか丸一日、時間をかけられる日も少なく、久しぶりに進めてみましたが、やはり、注意散漫で昔の物を見つけると、目が行ってしまいます。お宝、拝見とまでは行かず、値打ちのある物はほぼゼロ、それでも懐かしい物をいろいろと見つけることができます。そのゴミの中で、見つけた物をいくつか、暇に任せて報告を。
恥ずかしながら、医学雑誌に負けずに、マンガの本も山の様にあります(さすがに、最近は、余り買いませんが)。久しぶりに、「じゃりん子チエ」発見。
一時期大ブームになりました。まぁ、「ちびまる子ちゃん」と「両津勘吉」を大阪の通天閣の近くで生活させて見た感じですね。ただ、ブームの最初の頃は、確かにおもしろくて何度も見ましたが、途中からは読んでいません、買っていません。
山口百恵さんが、雑誌のインタビューで「無人島に本を持っていけるとしたら、どの本を持っていくか」と聞かれて、「じゃりんこチエ」と答えたというような話を覚えていますが、そうだったのかな?
ちょっと、今回は趣を変えた話ですが。
発達障害支援法ができたものの、まだまだ、発達障害者への支援が充分な体制にはありません。
障害者施策の基本を定めた障害者基本法では、障害者は、身体障害、知的障害、精神障害と定義されています。そして、障害者としての認定を示す手帳には、身体障害者は身体障害者手帳、知的障害者は療育手帳、そして精神障害者は精神障害者保健福祉手帳(障害者手帳)があります。「てんかん」の人は、精神障害者保健福祉手帳をとることができます。
ところで、発達障害の方は、どうするかというと、知的障害のある方は療育手帳を取得されますが、それが無理な場合は、精神障害者保健福祉手帳を取得することができます(最終的には、それぞれの県の判定会で決められます)。
もっとも、あくまでも、本人や家族が取得したいと言う気持ちがあっての申請主義です。
精神障害者保健福祉手帳をとることで何の利益があるかというと・・・です。障害者自立支援法ができるまでは、これらの手帳を持つことによって、ホームヘルプ事業などを使うことを考えることができていましたが、障害者自立支援法ができてから、障害者の手帳とホームヘルプ事業などの生活支援などが切り離されることになりました。
しかし、障害者自立支援法と直接関係の無い小規模作業所の利用や、旧労働省関係の就労支援事業を使うときは手帳が必要になることがあります。また、都道府県によって状況は違いますが、県内の公共施設の入場やバスなどの交通機関の減免などがあります。この他、税金の免除など、いろいろなことはあります。
こういった手帳の取得や制度利用は、本人・家族が決められることです。ただ、こういった制度があると言うこと、自分の県では、県独自のどういった制度があるのかなど、知っておくことは重要なことですね(県によって、状況は違いますので、ご自分の県の状況を聞いてみて下さい)。
アスペルガー症候群の子どもが、学校に通うとき、それ程周囲の支援を得なくても良いこともあれば、様々な支援を求めているとき、あるいは、時々パニックになって、周囲の子どもを巻き込んでしまうこともあります。
そんな時、周囲の子どもに対して、どの様に説明をしたら良いのかと学校の先生も悩まれることもあります。
アスペルガー症候群であるとクラスの皆に話をしている子もいれば、懇談会などで他の親御さんに、自分の子どもがアスペルガー症候群であると話をされている親御さんもいます。ただ、これらの多くは、御家族自身が、クラスの皆、あるいは同級生の親御さんにアスペルガー症候群であることを理解して欲しいという気持ちがあったと言うのがスタートです。
そして、この前提には、学校の先生が、アスペルガー症候群についてきちっと理解を示していると言うことがあります。
時々、御家族はその気ないのに、担任の先生から、親御さんに「皆に、知ってもらった方が良いんじゃ無いでしょうか」と聞いて来られることもあります。時には、「お母さん、皆の前できちっと話をしましょう」「懇談会でお母さん、話をして下さい」と強く言われたり、中には、「道徳教育の一環で」なんて言われた先生もおられました。テレビのドキュメンタリーで、皆の前でアスペルガー症候群の子どもが、同級生の前で自分の障害についての話をするのを見て、「これは必要だ」と思ったと言われた先生もおられました。
そんな、テレビのドキュメンタリーを見て行動するんじゃなくて、日々の話し合いと経験を大切にして、考えてよと言いたいところです。
「皆に、理解をしてもらいましょう」って、「その前に、担任の先生や学校の先生方が、もっとこの子を理解して下さいよ」っと言いたいところですが、
・・・・なかなか、それも言いづらいときもあります。
他の人に話をするのかどうかは、それぞれの本人やご家族が決めることです。
それに、カミングアウトすると言っても、自分からだれこれ無しに話をする訳じゃありません。他の人に、子どもがアスペルガー症候群の子どもであると話しておられる親御さんも、「あえて隠しはしないが、あえて話す必要もない。必要な人に、必要な時に、話をする」という気持ちでやっておられます。
ところで、平成1年頃、精神障害者の家族会が、本人たちと一緒に(当時は、まだまだ、当事者活動と言うのが盛んでは無かった)何か活動をしようと計画して、身体障害者などが利用している「市町村立福祉センター」等を使おうと思えば、どうなったでしょうか。
実は、多くの地域では、規則通りに行けば、使うことはできませんでした。
「え、精神障害者が、どうして障害者の福祉センターを使うことができないの?」
って、理由は簡単です。精神障害者は、当時は「障害者」では無かったのです。
障害者施策の基本理念を定めている「障害者基本法」は、平成5年に、その前の「心身障害者対策基本法」から改正されたものです。実は、この法律における「心身障害者」とは、知的障害と身体障害だけを定めていました。
つまり、平成1年当時は、精神障害者は、この「心身障害者」として、定義されていなかったのです。そして、各地域の「市町村立福祉センター」などの福祉施設を障害者が利用する際の規則は、この「心身障害者対策基本法」に基づいて作られていました。そのため、当時の多くの福祉施設は、「心身障害者」ではない精神障害者は、利用することはできなかったのです。
それどころか、いくつかの福祉施設の利用規則の末尾に、「精神病者は入れません」と書いてあったりしました。つまり、身体障害者・知的障害者は利用できるが、精神障害者は利用できません、それどことが、入ることもできません、という感じでした。
この「心身障害者対策基本法」は、平成5年に「障害者基本法」に改正され、この法律の中で、精神障害者は、身体障害者・知的障害者とともに、ようやく法的に「障害者」と定義されたのです。つまり、精神障害という言葉は以前からあっても、障害者と法的に認められたのは、まだまだ10数年前の話なのです。
日本高校野球連盟は20日、日本学生野球憲章で禁じられている「野球選手であることを理由としたスポーツ特待生制度」について、全国加盟校すべてを対象に調査し、制度がある学校には是正措置を求めることを発表した。・・・と言うニュースです。
野球特待生は5月まで試合禁止 高野連が全国調査へ http://www2.asahi.com/koshien/news/OSK200704200077.html
何だかよく分からない内容ですが、わが家の話題は、
海堂高校野球部特待生組が甲子園大会に出られるかどうかです。
(←毎週土曜日 NHK教育テレビ 午後6:00~)
NHKテレビ 午後11:00~ 「SONGS」
チューリップ・財津和夫さん、いつまで経っても、いいですね。
『魔法の黄色い靴』『心の旅』『青春の影』・・・・・
・・・・昨年の今頃の話ですが、
とある2人の女子高校生が私の後ろで話をしていました。
「チューリップって、聴いたことある?」
「ある、ある、私好きよ」
「でしょ、いいわねぇ」
そうそう、いい物は、何時の時代にもいいもんだよなぁ・・・
(※私は、全然この会話に参加していません、勝手に耳に入って来ただけです)
「ほら、あの人、あの人、財津、財津・・・・・」
「そうそう、声がとっても大好き、財津一郎さん」
ナニーーーーーーーーィ。。。。。!あなたは、寝る前に、タケモトピアノでも、聞いているのかぁぁ。。。。。(←と、心の中でしかつぶやけなかった気の弱い私です)
アスペルガー症候群の子どもと付き合うのは、なかなかお母さんも大変です。(もちろん、本人が大変の結果でもあるわけですが)
お母さんも甘やかしたくないのはやまやまだけれども、それだけでうまく行けば苦労はありません。特に、本人のこだわりに関しては(ストレスがたまっているときはより一層)、簡単に太刀打ちはできません。
いろいろと、なだめたり、少し叱ってみたり(ビクビクしながら)、努力して、試行錯誤はしてみるものの、結局は、わがままを通して買いたくない物を買ってみたり(まぁ、それ程高価な物でなければ)、じっくりと話しに付き合ってみたり。
でも、端から見ている親戚や友だちからすれば、どう見ても甘やかせているとしか映らない事もあります。
ましてや、アスペルガー症候群の子どもは、短時間の大人との付き合いなら、一番得意とするところ、なかなか、ちょっと本人と接しただけの人に、本人の状態を理解してもらうのも難しいものです。
中には、、直接、本人と少しの時間、話をしたという友だちからのきつい一言も・・・
「お母さん、ちょっと、神経質になりすぎじゃないの。とっても良い子じゃない」と、友だちの指摘。
(そりゃあ、あなたの前では良い子でしょう)←お母さんの脳の血管の中を泳いでいる赤血球がつぶやいている
「きちっと、話せば、理解もできるじゃない」
(ブチッ、1対1ではね!)
「それどころか、他の子よりもしっかりして、言葉使いも丁寧だし、大人とこれだけきちっと話せるなんて」
(ブチッ、ブチッ、大人だから、話せるのよ!)
「結構、難しい言葉も使うことできるわよ」
(ブチッ、ブチッ、ブチッ、意味は分かっていないけれどもね!)
「お母さん、考え過ぎよ、考えすぎ!」
(ブチッ、ブチブチブチブチブチィ・・・・・・・・・・・・・・・・)
まぁ、頑張りましょう・・・・・・。
小学生の娘が、プールを習っている。いやいや、水泳を習っている。いやいや、泳ぎ方を習っている。(←アスペルガー症候群の子どもと接するための気遣い)
近々、大会があるというが、何の競技に出ようかと迷っている。どうせ、何に出ても、遅いのだからと言いたいところをぐっと抑える。
「50mバックは、タイムが出ないから、やめ、バッタは、疲れるし、フリーは、もちろん遅いし、ブレにでもしようかな」・・・と。
そんなに安直に、変えれるのかいな?まぁ、何に出ても遅いのだからと言いたいところを再度ぐっと抑える。
で、バックは後ろなので、背泳ぎ、バッタは、バッタのように飛ぶ?いやいや、バタフライ?、で、フリーが自由と言うくらいは私でも分かるから、察するところ、ブレって、平泳ぎかぁ。。。。
教養のない私には、ブレって何の略かよく分からない。ブレって、ブレンバスター?、アントニオ猪木がやっていた。
まぁ、いいか、じゃあ、今度の闘い、じゃなくて水泳大会は、50mブレンバスターね。
・・・・・・と子どもに言って、少し不安になった。50mブレンバスターって、一人じゃなくて、二人じゃないとできないんじゃない・・・。