私よりもずっとこの件についてお詳しい多くのブロガー医師の先生方がいろいろ書いてくださっていると思うので細かくは書きませんが,ずっと気になっていた大野病院の判決が無罪と出て,ホッと胸をなで下ろしています。本当によかった!
さて,
昨日の続きになりますが。
学校現場でもトピックになっている,発達障害の告知の問題。
特別な支援が必要と思われるこどもたち,たとえばアスペルガー症候群をもつこどもの存在に学校の先生が気付いたとき,特別支援教育を行うためにはまず診断が必要で,そのためには親御さんに特別な支援が必要であることを納得してもらって医療機関を受診してもらわなくてはならない,というのが先生方のお考えのよう。医療機関を受診することをなかなか受け容れてくれない親御さんをどう説得するのかが悩みだ,とおっしゃる先生方。
たしかにその段取りや難しさは了解できます。
できるのですが。
はたして,医師の診断がないと特別支援教育って始められないものなの? とふと疑問に思ってしまいました。
新たに特別支援教育の対象になったいわゆる軽度発達障害のこどもたちやご家族に私が告知する場面のことを考えてみると,「特徴,個性」として説明しているし,「精神的な病気というわけではない」とも伝えています。
病気じゃないなら,医師が「“病名”告知」するのはおかしいような?
だいたい,特別支援教育は対象となるこどもにとってメリットがあるために行うことなのに,その支援を行うための「診断告知」という過程に対して親御さんが消極的という構図も考えてみれば不思議なこと。
じゃあ,医師による告知のプロセス抜きに特別支援教育を始めることはできないのか?
学校の先生方の判断で特別支援教育を始めるわけにはいかないのか?
それだと,学校の先生方の「見切り発車」というか「過剰な介入」となってしまうのかな。
たしかに,親の了解なしでこどもを通常教室から特別支援教室へ移したりするのはさすがに過剰なように感じられます。もしも親御さんがそのことを後から知ったら,たとえこどものためを思っての先生方の決断だとしてもきっと怒りを覚えることでしょう。
でも,教室の中でさりげなく軽度発達障害のこどもにもわかりやすいようなキューを出したり,個別に声掛けをしたり,教材の展示や板書の方法を工夫したりするなら,別に親御さんの了承なんて要らないような気がします。それに,親御さんがそういう工夫のことを知ったら,先生方の配慮をありがたく思うかもしれません。
…うーん。
考えれば考えるほどわからなくなってきてしまいました。
きっと,特別支援教育が別段「特別」なことじゃないものとして受け容れられていけば,こういうジレンマには陥らなくて済むのだろうな,と漠然とは思うのですが。
もう少し考えてみたいと思います。

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