<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns="http://purl.org/rss/1.0/">
  <channel rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/feed.xml">
    <title>子どもの心理（強者の論理弱者の論理）</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind</link>
    <description>子どもの心理を私たち大人は誤解しています。誤解していても多くの子どもは、子どもの方で大人に合わせてくれています。しかし辛い状態の子どもは大人に合わせることが出来なくて、子ども本来の心で、反応しています。</description>
    <image rdf:resource="http://blog.m3.com/users/229410/thumbnail.png"/>
    <items>
      <rdf:Seq>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100308/1"/>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100225/1"/>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100212/1"/>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100127/1"/>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100115/1"/>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100106/1"/>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091217/1"/>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091117/1"/>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091110/3"/>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091110/2"/>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091110/1"/>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091002/1"/>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20090928/1"/>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20090919/2"/>
        <rdf:li rdf:resource="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20090919/1"/>
      </rdf:Seq>
    </items>
  </channel>
  <image rdf:about="http://blog.m3.com/users/229410/thumbnail.png">
    <title>子どもの心理（強者の論理弱者の論理）</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind</link>
    <url>http://blog.m3.com/users/229410/thumbnail.png</url>
  </image>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100308/1">
    <title>学校で問題行動をする子ども（２）</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100308/1</link>
    <description>　子どもの心から言うなら、学業で競わされているという今の学校教育のあり方が、教師が授業を優先する学級運営の仕方が、子ども達を苦しめています。この学校や教師のあり方が子ども達を苦しめている事実は昔からあったのですが、昔は子ども達が学校から離れた時に、その学校での辛さを解消する方法がありました。学校が終わると子ども達は自由にその子どもなりに、学校の辛さを解消して、又翌日学校に行けたのです。　ところが現...</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<p>　子どもの心から言うなら、学業で競わされているという今の学校教育のあり方が、教師が授業を優先する学級運営の仕方が、子ども達を苦しめています。この学校や教師のあり方が子ども達を苦しめている事実は昔からあったのですが、昔は子ども達が学校から離れた時に、その学校での辛さを解消する方法がありました。学校が終わると子ども達は自由にその子どもなりに、学校の辛さを解消して、又翌日学校に行けたのです。</p><p>　ところが現在の子ども達は学校を終えても大人によって管理されていて、学校の辛さを解消する方法を持っていません。その結果、大人は気づかないけれど、苦しくなった子ども達が他の子ども達に学校でいじわるをするいう事実があります。大人から見たらとても虐めだとは感じられなくても、既に心が辛くなった子どもは、他の子どもから受けた意地悪を虐めだと感じて反応しまいます。</p><p>　この学校内の問題を、学校を終えてからの問題を解決する政策が、日本ではなされていません。教師も気づいていないから、学校内で学校を楽しくする様な対応（一部の教師は気付いていて、授業を工夫して楽しくしようとする試みがなされている）は行われようとはしていません。多くの親も子ども達が学校で辛い思いをしている事実に気付いていません。</p><p>　親は子どものために、子どもの成績を上げようとして一生懸命ですから、子ども達は家でも辛さを解消できないばかりか、家でも辛さを強めていく場合もあります。翌日学校に行ったとき、既に辛さに敏感になっていますから、学校内での辛さ、同級生から受けるいじわるに、子どもはとても辛く成りやすくなっています。学校に行き渋ったり、学校で意地悪をするようになります。</p><p>　子どもが学校で辛くて耐えきれなく成ったとき、子ども達の中には学校内で暴れたり、授業を妨害するような、問題行動をする子どもが出てきます。このような子どもは問題行動をするようになる前に、母親の所に逃げて、辛い子どもの心を癒すようにすることが必要です。母親が逃げてきた子どもを抱きしめて、「辛かったね、よくここに逃げてきてくれたね」と言って頬ずりをしてあげて、子どもの好きなことをさせてあげる必要があります。可能な限り、母親の側で子どものわがままをさせてあげると良いです。子どもが辛さを表現しているときには、教育だ、躾だというようなことを、母親を考えてはいけません。教育や躾は子どもが元気になったら、子どもが自分でつけていきます。</p><p>　子どもが学校で問題行動を起こしたとき、常識的には教師が子どもを叱ります。しかし子どもは辛さを問題行動で表現していたのですから、その辛さの表現を力で禁止されると、子どもはかえって問題行動を強めます。問題行動をした子どもは精一杯自分を維持しようとしていて、耐えきれなくなって問題行動をしたのですから、叱られるとますます子どもは辛くなり問題行動を強めてしまうのです。</p><p>　今の子ども達は学校で心が辛く成りやすい事実を理解する必要があります。学校では子どもの心が辛くならないような教育の仕方が必要です。家庭では学校で辛くなった子どもの心を癒す対応が必要です。教師は教育に一生懸命で、子どもが学校で辛くなっているという事実を理解しようとしないから、叱ることで子どもの問題行動を解決しようとすると、ますます子ども達は問題行動を起こすようになります。</p><p>　その際に、未だよい子を演じられる子どもは、叱った教師の前ではよい子を演じて教師の指示を受け入れたように振る舞います。よい子を演じる限界に来た子どもは、叱った教師に向かって荒れてしまいます。</p><p>　子どもが学校内で問題行動を起こしたとき、子どもを叱らないと、子どもの問題行動が習慣化します。ですから母親以外の大人は問題行動を起こした子どもを叱る必要があります。母親は母親であること自体が子どもにとって喜びですから、必要以上に子どもを叱らない限り、母親の持つ感性で子どもへの対応が可能です。</p><p>　母親以外の大人は問題行動をした子どもを現場から隔離して、隔離した場所で子どもが辛かったことに共感してスキンシップをする必要があります。まず辛かった子どもの心を癒しておいて、その後問題点を指摘します。そうして子どもを辛くない状態で、問題点を認識させる必要があります。</p><p>　学校で問題行動を起こした子どもも、母親から癒されたい、認められたいと願っています。しかし家で母親から癒されていないから、学校で辛さに過敏に反応しています。現在の母親は子どもが学校で辛い思いをしている事実を感じ取って、子どもの辛い心を癒すようにしなければ成りません。子どもが学校に行っている限り、母親は家庭での教育よりも子どもの心を癒すことを優先させる必要があります。</p><p>　この事実をふまえて、学校で問題行動を起こす子どもを、普段から積極的に癒して、認めていく必要が、子どもの周囲の大人にはあります。それをどうやって子どもに与えるか、それは子どもによって、周囲の大人の立場によって異なります。大人の方でその大人なりの工夫が必要です。</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2010-03-08T19:35:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100225/1">
    <title>チックについて</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100225/1</link>
    <description>チックについて　チックとは、ピクピクっとした素早い体の一部が動くとき、その動きをチックと表現します。本人の意思とは関係なく生じ、多くは繰り返しおきてしまいます。多く見かけるチックとして瞬目があります。そのほかにも、肩をぴくっと動かす、頭や首をふる、顔をしかめる、口を曲げる、鼻をフンフンならす、などがあります。それらの動きを本人は意識していません。声や言葉のチックもあります。ため息、咳払い、言葉（多...</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<p>チックについて</p><p>　チックとは、ピクピクっとした素早い体の一部が動くとき、その動きをチックと表現します。本人の意思とは関係なく生じ、多くは繰り返しおきてしまいます。多く見かけるチックとして瞬目があります。そのほかにも、肩をぴくっと動かす、頭や首をふる、顔をしかめる、口を曲げる、鼻をフンフンならす、などがあります。それらの動きを本人は意識していません。声や言葉のチックもあります。ため息、咳払い、言葉（多くは他人が嫌がるような）もあります。他人から止めさせようとすると、その時は止まりますが、その後換えって頻度や程度が強くなります。</p><p>　傾向として幼児からの子どもに多く見られます。不安、ストレス、緊張、心の葛藤などがきっかけでおきます。その原因がなくてチックを生じている子どもがいると言う人もいますが、私が経験する限り、全て何らかの不安、ストレス、緊張、葛藤から生じています。大人で見られるチックには、子ども時代のチックが習慣化していると理解される場合があります。</p><p>　多くの子どものチックは、精神的なストレスや緊張感から生じています。それも精神的なストレスや緊張感が、その子どもの耐え得る限界に近づいていることを示しています。その精神的なストレスや緊張感は、子どもが置かれている状態や子どもの心の状態で異なりますから、一時的にチックを生じたり、消失したりします。精神的なストレスや緊張感があるときに、一部の子どもがチックの形で、その精神的なストレスや緊張感を表現しています。</p><p>　チックを生じている子どもを、精神的なストレスや緊張感から守られないと、子どもはもっと強い神経症状や精神症状を出し、子どもとしての社会生活を営めなくなります。又強い神経症状や精神症状を出している子どもを元気にするには、大変に難しくなります。子どもの心を守り、成長をさせるためには、チックのでない対応や環境で、子どもを育てる必要があります。</p><p>　子どものチックを薬を含めて医療で解決しようとする人が多いです。それは一時的にチックを無くすせますが、その後強いチックや、神経症状、精神症状を出すようになります。子どもがチックを生じるにはチックを生じるだけの、子どもの心が辛くなっているという原因があります。その原因を薬や医療では解決できないからです。それどころか薬や医療でチックが隠されている間に、子どもの心の辛さが益々高じてしまって、強いチックや、神経症状、精神症状を出すようになってしまうからです。　</p><p>　強いチックや神経症錠、精神症状を子どもが出すようになると、子どもが精神的なストレスや緊張感からチックを出していたことは無視されて、精神疾患として医療の対象となり、薬を投与し続けられ、精神病者として生きていかなければならなくなります。</p><p>　このチックに関する理解は医学常識に反しています。チックに関する医学常識には科学的な根拠がありません。チックに関する脳科学的な理解をすると、私のような結論になります。<br /></p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2010-02-25T09:11:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100212/1">
    <title>学校で問題行動をする子ども（１）</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100212/1</link>
    <description>学校で問題行動をする子ども(1)　教室で暴れたり、授業に参加しなかったり、授業を妨害したり、他の子どもの物を取ったりなどの、問題行動をする子どもについて考えてみます。殆ど全ての教師達や大人達は、子どもが学校で問題行動をするのは、親が子どもを甘やかしすぎているとか、家が貧しくて日々の生活で精一杯だから子どもの躾まで手が回らないとか、夫婦関係が悪くて子どもに悪影響を及ぼしているとか、家庭での子育てに問...</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<p>学校で問題行動をする子ども(1)</p><p>　教室で暴れたり、授業に参加しなかったり、授業を妨害したり、他の子どもの物を取ったりなどの、問題行動をする子どもについて考えてみます。殆ど全ての教師達や大人達は、子どもが学校で問題行動をするのは、親が子どもを甘やかしすぎているとか、家が貧しくて日々の生活で精一杯だから子どもの躾まで手が回らないとか、夫婦関係が悪くて子どもに悪影響を及ぼしているとか、家庭での子育てに問題があると考えます。子育てができていないから、子どもが学校で問題行動をしてしまうと考えます。</p><p>　問題行動をする子どもについて、家庭の問題を最優先に解決する必要があると考えます。家庭の問題が解決しないなら、子どもの問題は解決しないと考えます。しかし実際には、学校生活が楽しい子どもは家庭に問題があっても、その問題をその子どもなりに解決して、元気で成長をしていきます。学校内で問題行動をしません。</p><p>　授業中歩き回ったり、大声を上げたり、物を壊したりする子どもは、学校内での生活が辛いから、このような問題行動をしてしまいます。多くの子どもは学校内で辛いものがあっても、その辛さを家に帰って母親に癒されるから、学校内で問題行動を取るようになりません。学校内で問題行動をする子どもの問題を解決したいなら、第一に子どもにとって学校を楽しくしなければなりません。第二に子どもの母親に、その子どもの辛い心を癒す機能を呼び起こさせる必要があります。</p><p>　学校を楽しくすると言っても、教師や多くの大人は、今の学校が問題だと考えていません。教師は子ども達のために一生懸命働いています。学校が子どもを苦しめるはずがないと考えています。教師達は悪くない、学校も悪くない、だから問題行動をする子ども自身が悪いと考えています。教師達に都合の良い子ども達を尊重して、教育の成果を宣伝して、都合の悪い子ども達を力で押さえ、卒業まで外見上問題な事が無いようにと力で子ども達を押さえつけて、卒業という形で子ども達を学校から押し出します。<br /></p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2010-02-12T08:24:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100127/1">
    <title>休み時間</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100127/1</link>
    <description>休み時間　学校の先生方は認めないでしょうし、理解しないでしょうが、授業中の多くの子ども達は&amp;rdquo;よい子&amp;rdquo;を演じています。良い子とは、普段の素直な子どもの姿とは違って、相手の期待する姿に自分を合わせて行動する姿です。授業を楽しんでいる子どもは普段の素直な自分で反応し行動しますが、多くの子ども達は先生から良い評価を得るためによい子を演じています。心が辛い子どもで、よい子を演じる余裕...</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<p>休み時間</p><p>　学校の先生方は認めないでしょうし、理解しないでしょうが、授業中の多くの子ども達は&rdquo;よい子&rdquo;を演じています。良い子とは、普段の素直な子どもの姿とは違って、相手の期待する姿に自分を合わせて行動する姿です。授業を楽しんでいる子どもは普段の素直な自分で反応し行動しますが、多くの子ども達は先生から良い評価を得るためによい子を演じています。心が辛い子どもで、よい子を演じる余裕がない子どもは、授業中でも問題行動を起こします。一般的に先生や親が希望する姿の逆をすることが多いです。</p><p>　心が元気な子どもはよい子を演じることで、ますますその子どもの能力を高めてくれます。心が辛い子どもはよい子を演じることで、とても無理をしています。大人にはその様に見えないでしょうが、ぎりぎりまでよい子を演じ続けています。そして休み時間や放課後に、その子どもなりの楽しみに耽って、その無理を取り返そうとします。</p><p>　休み時間や放課後に、子ども達は先生方から評価されません。子ども達は評価されない時間時に、素直な子ども達の姿で生活しようとします。素直な姿でその子どもなりに休み時間を過ごせたなら、子どもは意欲的に授業に参加できます。他の子どもにもとても優しいです。休み時間は子ども達が学校の中で素直に本心から過ごしている時間です。子どもの本当の姿を知る絶好の時間です。</p><p>　今の学校で子ども達はとても多くのことを要求され、その結果を評価されています。授業中によい子を演じなければならないから、心に余裕がない子ども達が多いです。学校としてはとても許さないでしょうが、今の学校では、子ども達が素直に過ごせて、子ども達が素直な自分を取り戻せる時間がもっともっと必要なのです。子ども達は評価されることで、よい子を演じてしまいます。それは先生のためでなくて、先生の後ろにいる母親のためです。</p><p>　心の元気な子どもはよい子を演じることで、自分の能力を伸ばすことができます。心が辛い子どもは自分を守るためによい子を演じます。よい子を演じ続けられている間は、心が元気な子どもと心が辛い子どもとを区別することは不可能に近いです。そしてよい子を演じなくて良くなる時間に、問題行動を起こすことが多いです。</p><p>　先生達は授業中の子ども達の姿を見て、子ども達の心を判断しています。先生達の見ている子ども達は、良いにつけ悪いにつけ、よい子を演じている姿です。先生方は子ども達がよい子を演じている姿を見て、子ども達の本当の姿を理解していると信じているのです。先生達が子どもの本当の姿を知りたければ、休み時間の子ども達の姿を、先生なりの評価をしないで、見ている必要があります。<br /></p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2010-01-27T16:46:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100115/1">
    <title>子どもを正しく理解する</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100115/1</link>
    <description>子どもの心を正しく理解する　正しいという言葉は魔物です。子どもの心を正しく理解したと思っても、子どもを観察している人が、その人の経験から正しいと思っただけです。その正しいと思ったことに共感する人が多くいても、現実には子どもの心について、正しさを証明する方法がないです。子どもの心には正しさなど無いと考えた方が間違いがないかも知れません。　子どもの心はこうなっているとか、子どもとはこうあるべきと言う大...</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<p>子どもの心を正しく理解する</p><p>　正しいという言葉は魔物です。子どもの心を正しく理解したと思っても、子どもを観察している人が、その人の経験から正しいと思っただけです。その正しいと思ったことに共感する人が多くいても、現実には子どもの心について、正しさを証明する方法がないです。子どもの心には正しさなど無いと考えた方が間違いがないかも知れません。</p><p>　子どもの心はこうなっているとか、子どもとはこうあるべきと言う大人の考え方は、大人の希望的な観測であり、一部の子どもに当てはまりますが、全ての子どもに当てはまりません。正しいという概念で子どもの心を見たときには大失敗をしますし、一人一人の子どもの心を理解できません。子どもへの対応で子どもが苦しむようになります。</p><p>　子どもは自分の心で成長し、自分の心も成長させていきます。子どもの心は子どもが置かれている環境で千差万別です。子どもへの対応を行うときには、子ども一人一人の心に沿った対応が必要です。子ども一人一人の心に沿った対応は、ある子どもの心に沿った対応でも、他の子どもには好ましくない場合があります。</p><p>　子どもの心に沿った対応は、その時々の子どもの心の動きを推測して行います。子どもの心に沿っているかどうか、子どもの反応（表情や行動）から判断します。言葉も子どもの心を反映している場合もありますが、多くは子どもの知的な理解を表現しているだけです。子どもへの対応で、その子どもが元気になってくれば、その子どもの心に沿った対応であろうと思われます。その子どもへの好ましい対応になります。</p><p>　子どもへの対応が好ましいかどうか（対応が子どもの心に沿っていなくても、子どもの方でその対応を受け入れられるかどうか）、対応をする人によってその許容範囲が大きく違います。その許容範囲は、子どもの母親が一番大きくて、その他の人にはとても厳格です。学校の先生について一見子どもの許容範囲が大きいのは、子どもが先生の後ろにいる母親に無意識に反応しているからです。</p><p>　学校で問題行動を起こす子どもには、その子どもの母親が母親の機能を果たしていません（学校で辛くなった子どもの心を、母親が癒そうとはしていないという意味です）。その子どもは先生の後ろの母親を配慮していません。ですから担任にとても厳しいです。とても強く反応して、無意識に問題行動を起こしてしまいます。一方で、その子どもは自分の辛い心を何かで癒そうとします。その子どもの辛い心を癒そうとする行動が、大人が正しいと思っている対応で否定されると、その子どもは益々辛くなり、問題行動を強めたり、病気の症状を出したりします。</p><p>　ある小学校で子どもが荒れて、授業が成り立たなくなりました。学校は男の先生が荒れる子どもを力で押さえつけたり、親が学校に来て子どもを監視するという方法を採りました。それで一見子どもは大人しくなったように見えましたが、男の先生がいないとき、親がいないとき、その子どもはより一層荒れてしまいました。そこで担任は教室の一角を区切って、その子どもが自由に過ごせられる場所を作りました。子どもが荒れ出したら、その子どもをその場所に導いて、そこでその子どもが自由に過ごせるようにしました。それ<br />」だけで根本的な解決には成りませんが、少なくともその子どもの荒れ方が減って、授業ができるようになりました。</p><p>　子どもの心について、正しいと考えられる物は生物学的な心、脳の機能を科学的に解析した事実だけでしょう。どの子どもにも共通して言える正しさとは、子どもが持つ本能、本能に含まれるかも知れませんが、嫌悪刺激に対する神経学的な反応の仕方だけでしょう。今の心理学や精神医学はこの脳の機能に基づく正しさを認めないで、大人の思いを子どもに押しつけていますから、子どもの心の問題が解決しないのです。<br /></p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2010-01-15T17:04:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100106/1">
    <title>子どもの成長は順応の過程</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20100106/1</link>
    <description>子どもの成長は順応の過程　現在、多くの親は自分の子どもが無事に成長をして、幸せな大人になって欲しいと思っています。社会的にも、経済的にも自立した大人になってくれるようにと願っています。そのために子どもはいっぱい勉強をして、良い学校に入って、有利な就職をして欲しいと願っています。　学校の方でも、子どもが好む好まざるに関わらず、カリキュラムに沿ってどんどん授業を進めていきます。テストで子どもの学力を測...</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<p>子どもの成長は順応の過程</p><p>　現在、多くの親は自分の子どもが無事に成長をして、幸せな大人になって欲しいと思っています。社会的にも、経済的にも自立した大人になってくれるようにと願っています。そのために子どもはいっぱい勉強をして、良い学校に入って、有利な就職をして欲しいと願っています。</p><p>　学校の方でも、子どもが好む好まざるに関わらず、カリキュラムに沿ってどんどん授業を進めていきます。テストで子どもの学力を測ろうとします。そこには必然的に競争を生じています。</p><p>　学校内で子どもは管理の対象になっています。子どもらしく学校生活を送るという建前になっていますが、実際は大人が決めた規則に縛られて、その中での子どもとしての自由しかありません。</p><p>　大人は競争社会で勝つための準備だと言います。社会生活をするための規則を学ぶためだと言います。子どもの中には、言葉で、一生懸命勉強をして、良い学校に入りたいと言う子どもがいます。しかしそれは子どもの本心からの言葉ではないはずです。親や教師の言葉を受け売りしているだけです。なぜなら、子どもは勉強をする意味、受験をする意味を知らないからです。大人となって出て行く社会の実態を知らないからです。当然一生懸命勉強をするという意味も知りません。子どもの姿は親や大人から求められたことを、その子どもなりに一生懸命実行しているだけです。</p><p>　子どもは、大人にはない、子どもだけが持っている本能として、その時その子どもを取り巻く環境に一生懸命順応しようとしているだけだからです。大人が競争を求めているから、その大人に順応するために、競争を始めているだけであり、子どもの本心から競争を求めているのではないです。</p><p>　子どもはその本能から、子どもの周囲と仲良くして、一生懸命色々な情報を吸収しようとします。決して競争を求めているのではないです。決して逸脱した行動をしようとはしていないのです。ただ、知識が少ないために、経験が少ないために、失敗をすることがあります。現在の大人は子どものこの失敗を許そうとしないのです。この事実を知っている大人は今のところいないようです。</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2010-01-06T19:34:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091217/1">
    <title>迷惑を掛けて良い</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091217/1</link>
    <description>迷惑を掛けて良い　心が辛くて引きこもっている年長（思春期以後）の子どもは、その子どもなりの問題点を持っていて、一般にエネルギーが低くて、自己否定を生じています。このような子どもを元気にする必要を親は感じます。その際に、引きこもりを解消しようとして関わると、また、子どもの持つ問題点を解消しようとすると、逆効果になって、ますます引きこもったり、荒れたり、病気の症状を出してしまうか、子どもがよい子を演じ...</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<p>迷惑を掛けて良い</p><p>　心が辛くて引きこもっている年長（思春期以後）の子どもは、その子どもなりの問題点を持っていて、一般にエネルギーが低くて、自己否定を生じています。このような子どもを元気にする必要を親は感じます。その際に、引きこもりを解消しようとして関わると、また、子どもの持つ問題点を解消しようとすると、逆効果になって、ますます引きこもったり、荒れたり、病気の症状を出してしまうか、子どもがよい子を演じてしまいます。</p><p>　よい子を演じた場合には、一見引きこもりを止めて動き出したように見えても、その後大きな限界が来て、大変に辛くなり動けなくなります。ますます辛くなり荒れるか、病気の症状を出して薬漬けになってしまいます。子どもの将来を失ってしまいます。</p><p>　心が辛くて引きこもっている年長の子どもを元気にするには、引きこもっていることを肯定してあげて、子どもが持つ問題点をそれでよいと認める（&rdquo;ありのままの子どもをそのまま認める&rdquo;）ことで、自己肯定感を強めていきます。エネルギーも高めることができます。&rdquo;ありのままの子どもをそのまま認める&rdquo;と、子どもがそれまで否定してきたことが肯定された、否定する必要がないと感じることになり、その分自己否定をする必要が無くなるからです。</p><p>　子どもが持つ問題点をそれでよいと認めようとしても、初めのうちは子どもの方でそれを許しません。時には荒れることすらありますので、親の方で対応を間違えたと感じるようなときもあります。けれどそれは子どもの本心に沿った対応ですから子どもは直ぐに荒れるのを止めて、自分の問題点を許せるようになります。その後少しずつ動きも出てきて、自己肯定感も出てきます。子どもに元気が出てきたと感じられるようになります。</p><p>　この&rdquo;ありのままの子どもをそのまま認める&rdquo;過程で、子どもがする行動や要求が親や周囲の人に迷惑を掛けるような場合があります。このよう場合、多くの親や大人達はそれを認めることができません。それでは&rdquo;ありのままの子どもをそのまま認める&rdquo;ことにはなりません。周囲の人に迷惑を掛けるような場合でも、それをして良いと認めると、子どもの方では人に迷惑を掛けた事実を体験することで、それ以後迷惑を掛けるような子とをしなくなります。周囲の人に迷惑を掛けるようなことでも認められた事実は、認めてくれた親や大人達に信頼感をまして、自分自身には自己肯定感を高めて、自発的な動きが多くなっていきます。</p><p>　心が辛くて引きこもっている子どもには、所謂内向的な子どもが多いです。自分を自分の思いで縛り付けて、自発的な動きをしようとはしない場合が多いです。外見的には自分の殻に閉じこもっていると感じられる子どもです。その様な子どもへは「他の人に迷惑を掛けて良い」と、親や大人達は積極的にメッセージを伝える必要があります。具体的にどんな行動をするのか、それは子どもの問題ですが、自発的な内的欲求からの行動が全て認められるなら、子どもは自分を縛っている物を取り除いて、その子どもなりの、親や大人達が望んでいることを取り入れた行動を始めて、元気になっていきます。</p><p>　この事実は、ニート、フリーターと呼ばれる子どもにも当てはまります。このような自己評価が低くて、自発的な動きが少なく、ゲームなどの目先の楽しさを求めなくてはならない子どもを元気にするには、&rdquo;ありのままの子どもをそのまま認め&rdquo;、人に迷惑を掛けても良いから、子どものやりたいことを無条件でさせることで、子ども達は元気になり、意欲を持った行動を始めて、人に優しい、元気な大人となって社会に出て行けるようになります。</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2009-12-17T10:50:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091117/1">
    <title>眠られないからしんどい！</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091117/1</link>
    <description>眠られないからしんどい！　不登校や引きこもりで、心が辛い状態にある子どもは、夜眠られないから昼間寝てしまい、昼夜逆転の生活をする傾向にあります。夜は辛さが減って子どもなりにゲームやテレビなどを楽しめます。眠気が来ません。昼間はだるさや辛さがあり、何もできないし、眠気が来ますから、眠り込んでしまいます。　その様な生活の仕方は常識的に不健康な生活と考えられますが、心が辛い状態の子どもでは、目立った病気...</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<font size="6">眠られないからしんどい！<br /><br /></font>　不登校や引きこもりで、心が辛い状態にある子どもは、夜眠られないから昼間寝てしまい、昼夜逆転の生活をする傾向にあります。夜は辛さが減って子どもなりにゲームやテレビなどを楽しめます。眠気が来ません。昼間はだるさや辛さがあり、何もできないし、眠気が来ますから、眠り込んでしまいます。<br /><br />　その様な生活の仕方は常識的に不健康な生活と考えられますが、心が辛い状態の子どもでは、目立った病気をしないし、身体の成長にも枠影響を及ぼさないし、子どもが元気になれる近道なのです。子どもが元気になったら、子どもは昼夜逆転を止めます。<br /><br />　親が子どもの昼夜を逆転した生活を許せないと、子どもも自分の昼夜逆転をした生活を許せません。子どもは夜眠られないから、大量の睡眠薬を飲みます。大量の睡眠薬を飲んでも、なかなか寝付けません。夜ぐっすり眠られなかったまま、翌朝起きてしまいます。起きても体調が優れないし、気分も優れません。そのとき親や子どもは&rdquo;夜眠られなかったからしんどくなっている&rdquo;と理解します。<br /><br />　もし夜眠られなかったからしんどいのだとすると、昼間自然と眠られるはずです。昼間しんどく感じる子どもは、寝不足でも昼間も眠られません。次の夜も眠られません。つまり子どもがしんどく感じる原因は他にあることになります。不登校なら学校に行けない自分、引きこもりなら引きこもっている自分を許せない（葛藤状態になっている）から辛くて、その辛さが著しいから、どうにもできない辛さが子どもを襲い続けています。心も体も安まらないから、昼も夜も余計しんどく感じ続けます。それは夜眠られたかどうかと言うことと直接関係ありません。<br /><br />　その少しでもしんどさが軽減する夜に、眠くない夜に、無理をして眠ろうとすると、しんどさが増強してきます。睡眠薬も効きづらくなります。それは辛い心を元気にするのに損をします。自分の状態に素直に反応して、眠くない夜に起きて、眠たくなる昼間に眠った方が、心の回復にはよいですし、生理的にも身体的にも問題を生じません。　 <br />]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2009-11-17T10:30:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091110/3">
    <title>子どもの本能（１０）　最終回</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091110/3</link>
    <description>９）（動物での反応が当てはまりやすい）知識からの行動が大変に難しいという事実は、子どもは言葉で自分の持っている色々な知識を表現できるけれど、子どもの行動や反応の多くは、言葉通りにできないで、情動からの行動や反応になります。情動からの行動や反応の仕方は哺乳類に共通していることが分かっています。ですから、子どもの行動や反応を理解するには、似たような状況にある哺乳類の行動や反応が参考になります。</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<p>９）（動物での反応が当てはまりやすい）</p><p><br />知識からの行動が大変に難しいという事実は、子どもは言葉で自分の持っている色々な知識を表現できるけれど、子どもの行動や反応の多くは、言葉通りにできないで、情動からの行動や反応になります。情動からの行動や反応の仕方は哺乳類に共通していることが分かっています。ですから、子どもの行動や反応を理解するには、似たような状況にある哺乳類の行動や反応が参考になります。</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2009-11-10T15:06:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091110/2">
    <title>子どもの本能（１０）　最終回</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091110/2</link>
    <description>９）（動物での反応が当てはまりやすい）知識からの行動が大変に難しいという事実は、子どもは言葉で自分の持っている色々な知識を表現できるけれど、子どもの行動や反応の多くは、言葉通りにできないで、情動からの行動や反応になります。情動からの行動や反応の仕方は哺乳類に共通していることが分かっています。ですから、子どもの行動や反応を理解するには、似たような状況にある哺乳類の行動や反応が参考になります。</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<p>９）（動物での反応が当てはまりやすい）</p><p><br />知識からの行動が大変に難しいという事実は、子どもは言葉で自分の持っている色々な知識を表現できるけれど、子どもの行動や反応の多くは、言葉通りにできないで、情動からの行動や反応になります。情動からの行動や反応の仕方は哺乳類に共通していることが分かっています。ですから、子どもの行動や反応を理解するには、似たような状況にある哺乳類の行動や反応が参考になります。</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2009-11-10T15:06:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091110/1">
    <title>感謝のメール</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091110/1</link>
    <description>感謝のメール　息子は高校２年生になって、直ぐに登校できなくなりました。腹痛や頭痛、嘔吐、下痢に苦しみ、家の中で荒れた状態でした。母親はおろおろするばかり、その様な母親の姿を見て、息子はますます荒れて、母親にも暴力を加えました。父親も力で押さえつけようとしましたが、ますます息子が荒れる姿を見て、常識的な対応では息子の問題は解決できないと思うようになりました。そこでネットで調べていく内に、「子どもの心...</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<font size="6">感謝のメール<br /><br /></font>　息子は高校２年生になって、直ぐに登校できなくなりました。腹痛や頭痛、嘔吐、下痢に苦しみ、家の中で荒れた状態でした。母親はおろおろするばかり、その様な母親の姿を見て、息子はますます荒れて、母親にも暴力を加えました。父親も力で押さえつけようとしましたが、ますます息子が荒れる姿を見て、常識的な対応では息子の問題は解決できないと思うようになりました。そこでネットで調べていく内に、「子どもの心研究室」のホームページにたどり着きました。<br /><br />　そのホームページに書かれていることは、私たちの知識と大きく異なっているので、驚きの連続でした。そのときまで、両親は息子を何とかして高校を卒業させなければならないと対応を続けていました。ホームページを読むことで、息子が心に傷を負っており、その疼きに耐えられなくなって不登校という生き方を自ら選んだのだということに気づきました。母親はメールでいろいろなアドバイスをいただき、息子の心が理解できるようになり、息子の心に沿った対応を続けることができました。<br /><br />　母親は、息子の心をありのままに認め、息子の本心に沿った対応を続けました。父親は息子の対応で辛い母親を支えることを続けました。その様にして５年が経過した現在、息子はとても元気になり、息子なりの生き方を生き始めています。<br /><br />　息子は高校を中退した後、昼夜逆転は続いていましたが、すっかり落ち着いて、中学や高校の友達と遊ぶようになりました。家の中ではゲーム三昧でしたが、母親の手伝いもするようになりました。両親はそれだけでも良いと思っていましたら、高校の卒業式には参加できませんので、謝恩会だけに出席して、写真を撮ったりして、楽しんで帰ってきました。<br /><br />　その後卒業認定試験を受けたいと言い出して、両親を喜ばしましたが、予備校は一ヶ月で止めてしまいました。息子なりによい子を演じたのでしょう。息子の様子が不登校を始めた頃のように戻ってしまいました。そこで両親は、「大学に行かなくて良い、家で息子なりに楽しく過ごして欲しい」と、ことあるごとに言い続けました。そうすると息子はだんだん元気を出して、又友達と遊ぶようになりました。<br /><br />　ある日突然、息子はホームステイをしたいと言い出しました。両親は「いいよ」と言うと、息子は英語を勉強すると言いだし、そのためにアルバイトをすると言い出しました。両親はお金を出すからと言っても、息子は自分の金で勉強し、ホームステイをしたいと言って、英語教室とアルバイト通いを始めました。その姿はとても生き生きとしていて、無理をしているとは思えませんでしたから、息子のしたいようにさせていました。<br /><br />　一年間、息子なりに英語会話を学んでいました。両親は一年経ったら、息子がホームステイに行くものと思っていました。ところが息子はホームステイをしないで、大学に行きたいと言い出しました。英語会話を勉強している内にもっともっと勉強をしたくなったと言い出しました。両親は前回の予備校の経験もあり、又息子が辛くなるのではないかと不安になりました。しかし息子は両親の不安をよそに、自分でもう一度予備校に通い出し、高校卒業認定試験を一回でクリアーして、その翌年、某大学に入学しました。<br /><br />　現在息子は元気で一人住まいをしています。生活費だけは自分でアルバイトをして、生活しています。大学の勉強も生き生きとやっていて、テニスの同好会にもはいり、年下の学生達と大学生活を楽しんでいます。<br /><br />　五年前、親子で苦しんでいたとき、「子どもの心研究所」のホームページに巡り会わなかったら、息子は今も苦しみ続けていたと思います。その内容は常識とは大きく異なっていましたが、息子へはぴったいの対応の数々でした。まず息子を受け入れ、徹底的に息子を信頼して待ち続ける対応の大切さに、今更ながら驚いています。息子も「信頼して待っていてくれたから、又学校に行けるようになった。父さん、母さん、有り難う」と言ってくれました。<br />]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2009-11-10T15:03:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091002/1">
    <title>母親だけは（修正文）</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20091002/1</link>
    <description>母親だけは　不登校、引きこもりなどの、心が辛い状態の子どもを持つ親や、その子どもに関わっている大人についてです。子どもが辛そうにしていると、多くの大人は、子どもが苦しんでいる原因を見つけようとします。原因を解決して、子どもを元気にしようとします。そのために、子どもから色々と聞きだそうとします。子どもが苦しみだした頃の状況を、その大人なりに分析して、そこから原因を見つけようとします。その原因を取り除...</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<p>母親だけは</p><p>　不登校、引きこもりなどの、心が辛い状態の子どもを持つ親や、その子どもに関わっている大人についてです。子どもが辛そうにしていると、多くの大人は、子どもが苦しんでいる原因を見つけようとします。原因を解決して、子どもを元気にしようとします。そのために、子どもから色々と聞きだそうとします。子どもが苦しみだした頃の状況を、その大人なりに分析して、そこから原因を見つけようとします。その原因を取り除き、子どもの問題を解決しようとします。</p><p>　しかし多くの場合、子どもは自分が辛いという事実は分かりますが、なぜ自分が辛くなったのか、自覚していません。なぜ辛くなったのか分かりませんから言葉にできません。自分が辛い原因を、子ども自身が言葉にしたなら、それは子どもの周囲の大人から指摘されたことを、子どもが言葉にして答えただけです。自分ではっきりと見つけ出したのではありません。</p><p>　子どもが辛くなった原因を大人が見つけて、その原因を取り除いても、子どもの辛さは変わらない場合が多いです（大人が見つけた原因を取り除いても、子どもの辛さが変わらないとき、その子どもにも問題がある、その子どもの問題も解決しなければならないと、大人は考えがちです）。それは大人が見つけた原因が、子どもが辛くなった原因ではない場合です。また、その原因は、子どもが辛さを表現するきっかけとなっただけで、その原因を生じた大元の原因がある場合です。</p><p>　辛くなった原因を取り除いて、子どもが元気になったように見えても、子どもがよい子を演じて、あたかも元気になったように振る舞っている場合も結構多いです。つまり、大人が見つけた子どもが辛くなる原因は、子どもが辛くなった原因だと大人が理解しただけで、殆どすべての場合間違っているか、ほんの僅か子どもの辛さに関係しているだけです。</p><p>　現在のどの母親でもそうですが、子どもが辛そうにしていると、その原因を母親が持っている知識から分析してしまいます。子どもの心に沿わない結論を導き出してしまいます。子どもの立場から言うなら、母親は子どもが辛いと言うことだけを感じ取ればよいです。子どもが辛いから、母親の周囲に暖かく守ってあげるだけでよいです。後は子どもが母親で自分の辛さを癒して動き出します。母親は子どもが動き出すのを待っていればよいです。そして母親以外の大人（例えば父親や学校の先生や医者）は、基本的に子どもが辛い状態を解決する能力を持ち合わせていないこと（これは常識に反しますが、子どもの立場から言うととても大切）に気づくべきです。</p><p>　子ども（年齢や心の辛さの程度によって異なります）にとって母親とは、子どもの存在そのものです。母親に依存して、子どもの安全と心身の成長が保証されると、子どもはその子どもなりに成長していきます。子どもが成長していけば、母親や母親の周囲では物足らなくなります。子どもは必要に応じて母親への依存を止めて、母親から離れて、経験を増やしていきます。学習をしていきます。これは子どもの持つ本能です。人間を含めて、全ての哺乳類の子どもが持っています。</p><p>　子どもが母親への依存を止めない、母親の周囲から離れない場合、子どもの甘えと理解されがちです。しかし子どもが甘えと理解されるような行動をとるには、子どもなりの理由があります。その理由が何なのか、多くの場合母親を含めて、大人は知ることができません。子どももその理由を知ることができません。子どもは潜在意識で、安全を母親に守って貰う必要を感じています。自分の安全に納得できないから、母親の周囲から離れようとしないです。子どもは本能から母親に依存を求めます。母親で不十分なときに、父親に求める場合もありますが、それでも第一に求めるのは母親です。それは子ども特有の本能なのですから、その事実を大人は認める必要があります。</p><p>　その様に大切な母親に、子どもが暴言、暴力を振るう場合があります。常識的には、子どもが悪い、子どもの心に問題があると理解されます。しかし子どもの立場から言うなら、母親への依存が必要なのに、許されていない。子どもが心の安全を求めているのに、母親から与えられていないという意味です。時には、辛い状態の子どもの心が母親によって癒されないだけでなく、より辛くされているという場合があります。子どもが母親にする暴言、暴力は、外見からはとてもその様には見えませんが、「お母さん助けて！」という、子どもからの叫び、またはサインです。</p><p>　子どもが母親に暴言、暴力を振るう場合、母親はとても辛いです。外見ではその様に見えませんが、子どもはもっと辛い思いをしています。死ぬ思いをしているから、その思いを母親にぶつけています。ですから、母親が逃げることを子どもは許しません。子どもが辛いことを母親が気づいて、子どもを守ろうとするまで荒れ続けます。子どもが自分の心の安全を感じられたときに、子どもは母親への暴言、暴力を止めます。母親ととても良い関係になれます。</p><p>　母親の立場から言うなら、子どもが荒れて暴言、暴力を振るわれてしまうことはとても辛いです。大きな力で子どもを押さえつけて、子どもが荒れなくなることを希望します。しかしそれは子どもにはとても許せないことですから、ますます子どもは荒れて、母親はますます辛くなります。または、子どもはますます辛い病気の症状を出して、母親を苦しめるようになります。　</p><p>　心が辛い状態の子どもを母親が守ることは、母親にとってとても大変難しい対応です。時には母親自身が苦しんで病気の症状を出したり、死にそうになることもあります。それ程大変な対応ですが、父親や他の人は母親の代役をできません。子どもが自分の辛さから守ってくれる人を、母親にしか求めないからです。母親以外の人は、その様に辛い状態の母親を守って、元気にして、大変に難しい子どもへの対応を母親が続けられるように、母親を支え続けるのが、一番大切な対応法です。</p><p>　母親が夫や他の人に支えられて、心が辛い状態の子どもへの対応を続けている内に、子どもの心に沿って子どもを守る対応法を理解できたなら、母親の子どもへの対応はとても簡単になります。子どもが荒れなくなり、どんどん元気になっていきます。今までの子どもの荒れ方が思い出話になります。今まで気づかなかった子育ての喜びを感じられるようになります。</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2009-10-02T20:39:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20090928/1">
    <title>母親だけが</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20090928/1</link>
    <description>母親だけは　不登校、引きこもりなどの、心が辛い状態の子どもを持つ親や、その子どもに関わっている大人についてです。子どもが辛そうにしていると、多くの大人は、子どもが苦しんでいる原因を見つけて、それを解決して、子どもを元気にしようとします。子どもから色々と聞きだしたり、子どもが苦しみだした頃の状況を、その大人なりに分析して、そこから原因を見つけて、その原因を取り除き、子どもの問題を解決しようとします。...</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<p>母親だけは</p><p>　不登校、引きこもりなどの、心が辛い状態の子どもを持つ親や、その子どもに関わっている大人についてです。子どもが辛そうにしていると、多くの大人は、子どもが苦しんでいる原因を見つけて、それを解決して、子どもを元気にしようとします。子どもから色々と聞きだしたり、子どもが苦しみだした頃の状況を、その大人なりに分析して、そこから原因を見つけて、その原因を取り除き、子どもの問題を解決しようとします。</p><p>　しかし多くの場合、子どもは自分が辛いという事実は分かりますが、なぜ自分が辛くなったのか、自覚していません。分かりませんから言葉にできません。自分が辛い原因を、子ども自身が言葉にしたなら、それは子どもの周囲の大人から指摘されたことを、子どもが言葉にして答えただけです。自分ではっきりと見つけ出したのではありません。</p><p>　大人が子どもが辛くなった原因を見つけて、その原因を取り除いても、子どもの辛さは変わらない場合が多いです。それは大人が見つけた原因が、子どもが辛くなった原因ではない場合があります。また、その原因は、子どもが辛さを表現するきっかけとなっただけで、その原因を生じた他の原因があるという場合もあります。</p><p>　辛くなった原因を取り除いて、子どもが元気になったように見えても、子どもがよい子を演じて、あたかも元気になったように振る舞っている場合も結構多いです。つまり、大人が見つけた子どもが辛くなる原因は、子どもが辛くなった原因だと大人が理解しただけで、殆どすべての場合間違っているか、ほんの僅か子どもの辛さに関係しているだけです。</p><p>　現在のどの母親でもそうですが、子どもが辛そうにしていると、その原因を母親が持っている知識から分析してしまい、子どもの心に沿わない結論を導き出してしまいます。子どもの立場から言うなら、母親は子どもが辛いと言うことだけを感じ取ればよいです。子どもが辛いから、母親の周囲に暖かく守ってあげるだけでよいです。後は子どもが母親で自分の辛さを癒して動き出します。母親はそれを待っていればよいです。そして母親以外の大人は、基本的に子どもが辛い状態を解決する能力を持ち合わせていないことに気づくべきです。<br /></p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2009-09-28T17:20:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20090919/2">
    <title>子どもの立場からの義務教育</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20090919/2</link>
    <description>子どもの立場からの義務教育 　義務教育とは、子どもが学校に行く義務ではなくて、子どもが教育を受けられるような環境を整える大人の義務です。子どもが教育を受けられる環境として、学校が用意されています。現在の学校は管理と学力をつけることに主眼が置かれていて、ありのままの子ども達のあり方に配慮がされていません。　現在の学校に合わない子ども達が増えています。それらの子ども達は学校に行かないで、家庭でその子ど...</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<p>子どもの立場からの義務教育</p><p>&nbsp;</p><p>　義務教育とは、子どもが学校に行く義務ではなくて、子どもが教育を受けられるような環境を整える大人の義務です。子どもが教育を受けられる環境として、学校が用意されています。現在の学校は管理と学力をつけることに主眼が置かれていて、ありのままの子ども達のあり方に配慮がされていません。<br /></p><p>　現在の学校に合わない子ども達が増えています。それらの子ども達は学校に行かないで、家庭でその子どもなりの学習を求めています。しかし現在の学校は基本的に家庭でのその子どもなりの家庭学習を認めていません。学校に来られないなら、学校に代わる場所に行くことを求めています。学校に行こうとしない子どもを学校に行かせようとするのが義務教育ではありません。<br /></p><p>　子どもの学習の場所は学校だけではありません。学校で教える知識が子どもの学習の全てでもありません。子どもは学校で学習しても良いし、家庭でその子どもなりに学習して良いはずです。学校に行こうとしない子ども、学校で学習を希望しない子どもについての義務教育とは、子どもが家庭でその子どもなりに学習できる環境を整えるのが、子どもの立場からの義務教育です。</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2009-09-19T11:07:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/pediatric_mind/20090919/1">
    <title>今の学校と子どもの心</title>
    <link>http://blog.m3.com/pediatric_mind/20090919/1</link>
    <description>今の学校と子どもの心 　今の学校教育は、予め決められた学力に、子ども達の学力を到達させようとするものです。大人や学校関係者が子ども達に求めているものです。それは一部の子ども達にとって、まるで腹一杯なのに、もっと食べろ、もっと食べろと言って、子どもの口の中に食べ物を押し込むのに似ています。  それでも子どもの方は、腹一杯でこれ以上食べられないのに、一生懸命口の中に押し込まれた食べ物を飲み込もうとして...</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<p>今の学校と子どもの心</p><p>&nbsp;</p><p>　今の学校教育は、予め決められた学力に、子ども達の学力を到達させようとするものです。大人や学校関係者が子ども達に求めているものです。それは一部の子ども達にとって、まるで腹一杯なのに、もっと食べろ、もっと食べろと言って、子どもの口の中に食べ物を押し込むのに似ています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;それでも子どもの方は、腹一杯でこれ以上食べられないのに、一生懸命口の中に押し込まれた食べ物を飲み込もうとしています。しかしそれ以上飲み込めなくて、辛くなって、食べ物を拒否するようになっています。<br /></p><p>　子ども達の見かけとは異なって、学校や勉強を嫌がるようになっています。その様な子ども達の間で虐めが無くなりませんし、不登校の子どもが依然として多数出ています。犯罪行動を起こす子ども、病気の症状を出して治療を受けている子どもも多いです。今まではそれらの原因を、子ども達の性格や、家庭のあり方に求められてきています。<br /></p><p>　子ども達は言葉で、学校が楽しい、勉強が楽しいと言います。先生や大人達は、子ども達のこの言葉を信じていますが、子ども達の本音は違うようです。子ども達は大人の前では、大人の喜ぶような言葉を発しますが、安心して話せる人には学校が辛い、勉強が辛いことを言っています。<br /></p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>office</dc:creator>
    <dc:date>2009-09-19T11:05:00+09:00</dc:date>
  </item>
</rdf:RDF>
