テレビ朝日は14日放送のクイズ番組「Qさま!!」中で、先天的な脳の機能障害と考えられる自閉症を病気として扱ったとして、同番組の公式ホームページにおわびと訂正を掲載した。
テレビ朝日広報部によると、14日の放送中に、「ここ10年で患者数が増えている病気を選びなさい」という問題を出題、自閉症を正答の一つとした。視聴者から放送中に指摘があったことから誤りが発覚した。
殆ど全ての医者は障害=病気と理解しています。そして一般の人も障害=病気と理解しています。私に言わせればテレビ朝日がよくぞ障害を病気として扱った間違いを認めてくれたと思います。いわゆる発達障害も精神疾患も、全て障害であり、病気ではないです。それは世界の医者が認めていることなのですが、現実の話となると病気として扱ってしまうし、病気としての治療が認められています。
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父親に良い子を演じる
不登校で物を壊したり、父親に向かって暴力をふるったり、暴言を吐いたりする娘が「お父さんのこと、大好き」と母親に向かって言ったり、「お父さん、お仕事をしてくれてありがとう」と言ったりします。これは娘が父親のことを本心から好きなのか、それとも良い子を演じているのか、その区別をする方法を教えて欲しいという質問を受けました。
物を壊したり、父親に暴力をふるったり、暴言を吐く子どもの心はとても辛い状態です。このように心が辛い子どもが父親に向かって暴力をふるったり、暴言を吐くのは、父親が子どもの心に沿わない対応をしてしまうからです。父親を拒否している姿です。決して父親を求めようとしません。
父親が子どもに常識的な対応をしなければ父親を拒否しないのですが、父親が常識的な対応をするような人でないと、社会の中で働けないのです。お金を稼げないのです。社会で常識的な行動をして、家で子どもの心にそう、非常識な対応を求めることは無理なのです。これらの事実を元に、父親は心が辛い子どもの心に沿わない、常識的な対応をする物だと考えて大丈夫です。不登校などの心が辛い子どもは、基本的に父親を拒否していると考えて間違うことはないです。
不登校などの心が辛い子どもが父親に思いやりのある言葉をかけたときでも、子どもの本心は父親を意識してとても辛い状態です。本来なら物を壊したり、父親に向かって暴力をふるったり、暴言を吐いたりしたいところが、周りの人が気づかない何かの理由から、言葉の上で父親を受け入れるような言葉を子どもは言っています。決して父親を求める姿ではありません。子どもが良い子を演じている姿だと判断できます。
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不登校の原因
学校に反応して辛さを生じる条件反射をトラウマと表現しておきます。トラウマにも直ぐに消えてしまう物から強く反応して死ぬほど辛くなる物まで、その反応の程度はいろいろです。トラウマが軽いとその辛さに耐えて、子どもは学校に行きます。トラウマが重くなるとその辛さに子どもは耐えられなくなって、子どもは学校に行けなくなります。それでも無理に学校に行かそうとすると、トラウマが反応して、子どもは暴れたり、病気の症状を出すようになります。
直ぐに消えるトラウマは放って置けば良いです。また家庭で、特に母親に癒やされたなら、多くのトラウマは素早く消えてしまいます。母親と子どもとの生活が楽しいと、学校に反応するトラウマは素早く消えて、子どもは不登校になりにくいです。
既にあるトラウマで辛い子どもに、トラウマが反応するような新たな辛い経験を子どもがすると、トラウマは以前よりもより強く反応してしまいます。消えにくになります。それ以後のトラウマの反応も強くなります。不登校になる子どもは学校で繰り返し辛い経験をしています。その辛さを家で十分に癒やされていないので、トラウマができて、その後トラウマが重症化していきます。
トラウマを持つ子どもはそれ以上辛い経験をしないために、学校で良い子を演じています。その良い子を演じている姿から、教師は普通の子ども、多くはすばらしい子どもだと理解してしまいます。良い子を演じている子どもだと、教師は考えません。見かけと違って子どもの心が辛いことに気付きません。子どものためと考え、能力をより伸ばしてあげようとして、教師は子どもが辛くなることを子どもに求めてしまいます。がんばれがんばれと、子どもを励まし押し続けて、子どもの辛さに気付こうとしません。それは子どものトラウマを強めて、ますます子どもを学校に行きにくくさせてしまいます。子どもに辛さを生じる条件刺激の汎化を生じてしまいます。学校以外のことに反応して辛くなるトラウマを作ってしまいます。
子どもが学校に反応して辛さを生じるトラウマを受ける(不登校になる)原因はいろいろです。いろいろなことが複雑に関係しています。子どもが言う原因や、教師が見つけた原因も不登校になる原因の一つに過ぎず、それを解決しても意味が無い(不登校問題が解決しない)場合が多いです。つまり不登校の子どもが学校に行けなくなったと考えられる個別の原因を解消しても、子どもの不登校問題は解決しないです。しかし不登校の子どもに必ず存在する事実は、学校に反応して辛くなるトラウマを子どもが持っているという事実です。
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自己主張
ある母親とのカウンセリングの際に、母親が
「子どもが幼いときから自己主張が強かった。だから他の子どもと学校生活がうまくいかなくて不登校になった」
と言いました。
常識的には自己主張が強いと、他の人の主張を受け入れられなくて孤立したり、他の人から攻撃を受けやすいと考えます。事実そのような子どもをしばしば見かけます。けれど自己主張が強くて他の人の主張が受け入れられなくても、上手に他の人と自分との距離をとって、自己主張を続けて実現していく子どももいます。この子ども達の違いは、辛くて自分を守ろうとしているのか、心が生き生きしているかの違いです。
心が辛くて自分を守る必要から自己主張をしている子どもは、自己主張ばかりをしていますから目立ちます。それ故に自己主張が強いと他の子どもと学校生活がうまくいかないと言われるようになっています。心が生き生きしていて自己主張が強い子どもは、上手に他の子どもとの距離をとるために、単に良い子としか大人は理解しないようです。
不登校になった自己主張の強い子どもは、親に向かっても自己主張を続けます。学校に行きたくないという自己主張が認められないと、壁やドア、窓ガラスを壊したり、親兄弟に向かって暴力をふるう傾向があります。不登校の子どもが物を壊したり、暴力をふるう場合には、学校に行けないのに行くようにと周囲から責められていると理解できます。
不登校が認められた自己主張の強い子どもは、自分の成長の仕方、生き方にも自己主張をします。それは自分の心の奥底から沸いてくる自己主張ですから、それが認められると自己主張を実現して、その子どもなりの生き方を積極的にしていきます。親の生き方を参考にして、苦難をその子どもなりに乗り切り、社会へ出て行こうとします。
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あ、そうだ!
娘が不登校引きこもりになって五年がたちました。最近母親が常識を捨てて、娘の非常識な要求を叶えるようにしだして、娘と母親との関係がどんどん変わってきました。娘と母親との会話が増えてきました。
ある日、母親が相談しているカウンセラーを娘が訪ねて行き、カウンセラーと話をしました。その会話の中でカウンセラーから「今のまま不登校、引きこもりをしていて良い。何もしなくて家の中でごろごろしていて良い。何かしたくなったら、何か楽しいことがあったら、親が反対してもそれをしなさい」と言われました。
その後で娘は私に「私には何もしたいものがないし、何も楽しいものもない。」とがっかりした様子で言っていました。私はその話を相づちだけ打って聞き流しました。その娘が突然「あ、そうだ。料理をしてみたい。今日はチョコレートケーキを作りたい。」と言いだして、すぐにレシピーの本取り出して作り始めました。
私としては台所を占有されて迷惑なのですが、娘が何か言い出すまでぼけーっと見ていました。
「母さん、チョコレートとバターがないから買ってきて。」
と娘が言ったので、私はすぐに買いに出かけました。
このことを契機に、娘は私からだんだん離れていきました。それまでは私が側にいないととても不安がったのですが、昼間一人で出かけていきます。夜は私と同じ部屋で寝ていたのに、今は自分の部屋で寝ています。今の私は何か寂しさも感じてしまいます。娘の不登校がなければ、きっと過干渉の母親、管理だけの母親を続けていたと思います。娘を苦しませ続けていたと思います。
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子どもの心に寄り添って(30)
ある母親からの相談の中で、「同級生や一学年下の子供達、学校を辞めてしまいアルバイトしている子供達、何も仕事をしていない子ども達と、毎夜元気で遊んでいます。子どもの将来はどうなるのでしょう。」と質問をしてきました。
ここに述べられている子ども達にとって今の学校制度が合っていないから、今の学校が辛いから、学校から逃げ出している姿です。その姿は常識的な大人から見たら、怠けていて、遊びほけていてと、感じられます。子ども達の将来が心配だと考えます。しかし子ども達は子ども達なりに一生懸命生きて、成長をしようとしています。子ども達は自分たちの将来を自分たちで切り開こうとしています。その子どもの素直な姿を理解できないのは、大人が子どもの時持っていた子どもの心を失っているからです。
同じ母親が「子どもはイライラしていて、言うことと行動がチグハグで、自分のことだけで精一杯で余裕がなく、何もかもやりっ放しで、以前の子どもと人格が全く変わってしまっています。」と続けました。
子どもは一生懸命その子どもなりに生きて、成長しようとしています。それを理解してもらえないから、辛くていらいらしていますし、余裕が無くて、自分の事だけで精一杯です。目の前の事だけで精一杯です。先の事など考えられません。今を乗り切るので精一杯なのです。でも言葉では、以前に学んだ事を、母親のために言っていた事を思い出して言っているのです。その点では未だ十分に素直ではないですが、それ以外では子どもが自分を素直に出しています。良い子を演じるのを止めて、素直な自分を出し始めた子どもに母親が戸惑っています。
昔の子どもは良い子を演じ続けて大人になれて社会生活ができるようになれました。しかし今の子どもは良い子を演じ続けて大人になれて社会生活ができるようになる人が少なくなってきました。それは社会がそれだけ厳しくなってきたからです。多くの子どもは辛くなって、いつか良い子を演じられなくなって、親が予想もしなかった生き方を始めます。その生き方から、その子どもなりの生き方を見つけて、大人になって社会に出て行きます。
その子どもなりの生き方を見つけたら、とても強い生き方ができます。親が思いもしなかったすばらしい生き方をします。子どもがその子どもなりの素直な生き方を始めたなら、例え親の思いと異なっていても、親はその子どもの生き方を否定しないで、子どもがどのように生きようとするのかを待ってあげて下さい。子どもの要求を支え続けて下さい。
子どもは親から遺伝情報を貰って生まれ、それを利用して成長し、学習し続けてきた結果が今の子どもの姿です。子どもが良い子を演じ続けていた姿を親が子どもの本当の姿だと考えたら間違いになります。但しそれだけ良い子を演じられるだけ、子どもは頭の良い子だとも言えます。大切なのは今のその子どもなりの姿からどのような大人になっていくのかという姿です。それは子どもが自分から選択して求めていく物であり、親が教えられる物ではありません。但し子どもは親の姿を見ていて、それを参考にする事も事実です。ですから親が親自身に納得した生き方をしていればよいだけです。後は子どもに任せればよいです。
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転校したい
子どもが「転校したい」という場合、それは今の学校が辛くて今の学校に行けないと言っているのと同じです。学校に行かなくてはならないと子どもは知識として知っています。しかし理由は分からないけれど学校が辛くて学校に行けないのに、学校に行かなくてはならないという思いから、辛さを押しこられて学校に行っていると訴えているのと同じです。
子どもの言葉通りに転校させてあげたらどうなるかを考えてみます。一般論として、学校のあり方は日本中どこでもそれ程大きく違っていません。学校を替えても何か理由が分からないけれど学校が辛くて、子どもが学校に行けないことには変わりがないです。それどころか転校した先の学校は、子どもにとって経験した事がない場所です。転校先の学校が新奇刺激となり、子どもにはより辛い場所になります。それを契機に全く学校に行けなくなる場合が多いです。
ただし転校した先の学校が子どもの辛さ以上の喜びを与える場所であったなら、子どもは転校先の学校に行くようになります。しかし日本の中で学校はどこでも同じように運営されています。子どもが転校先の学校の中に学校で感じる辛さ以上のものを見つけられないです。子どもが転校先の学校に通うようになったら、それは良い子を演じて無理をして学校に通っていると考えた方が間違いが少ないです。
子どもが「転校したい」と言ったとき、親は転校を考えないで子どもが納得するまで安心して学校を休ませてあげると良いです。教師もきっと「それでは休みなさい」というかもしれませんが、教師が休んで良いと言っている期間は1週間ぐらいです。一ヶ月も休むと教師は子どもを学校に来させるように対応を変えます。それでは学校を休んだ意味がないです。親は子どもに安心して何年も不登校をさせるつもりでいて欲しいです。安心して不登校を続けられたら、子どもは自分から学校に登校するようになる場合もあります。
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信頼しているから
昨年夏から五月雨登校をしている高校二年生の男の子です。母親はいろいろな相談機関と相談して、男の子が学校に行くようにあらゆる手を尽くしていましたが、男の子がますます酷く暴れ出し、手をつけようが無くなったので、私と相談するようになりました。母親は男の子を学校に行かそうとする対応を止めました。その後男の子は暴れるのを止めて落ち着いてきました。一週間に2日ぐらい遅れて学校に行っていました。
男の子が昼前に起きてきて
「俺、これから学校に行くから。飯!」
と言うので、母親が
「学校に行かないで、家でゲームをして、ゆっくり楽しくすごしていれば?」
と言ったら、男の子はどーんとテーブルを拳で叩いて、
「俺は学校に行きたいんだ!それを言われると頭にくる!俺が一生懸命勉強をしようと努力しているのに、それを言われると勉強をする気が消えてしまう!いつになったら分かるのか?おまえが悪い!」
と怒鳴りました。
「ごめんね、あなたのことをよく理解できなくて。でもね、それ程苦しんでまで学校に行かなくて良いと思っている。家で楽しく過ごしてというのは母さんの考えだから、自分が学校に行きたいなら行けばいいんだよ。学校に行くかどうかは自分で考えて、自分で決めたらいいんだよ。」
と母親が言いました。男の子は
「今までずっと俺にあーしろこーしろと言ってきたのに、今更何だ!今度は逆な事を言い出して!」
と言われてしまいました。母親は
「今は、信頼してるから。今まではあんたのことを母さんが信頼していなくて、ごめんね。本当の申し訳なく思っている」
と言いました。男の子は声をますます荒げて
「じゃ~俺がなにしようと文句言うなよ!これから家に火をつけるけれどいいな?」
と言いました。母親の背筋に寒い物が走りましたが、母親は気持ちを取り直して、
「ああ、いいよ。母さんはあんたを信頼しているから、あんたが一番良いようにしなさい。責任は母さんがとるから。」と男子にいいました。男の子は母親をにらみつけていましたが、その内にぷいと自分の部屋に行って布団を被って寝てしまいました。
それ以後男の子は学校に行かなくなり、高校を退学しました。男の子はますますゲーム漬け、昼夜逆転は続いていましたが、母親にとても優しくなりました。時々一人で買い物に出かけたりするようになりました。
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大丈夫
14歳の男の子です。学校に行かなくなってまもなく1年になります。昼過ぎに起きてきて、明け方までパソコンとゲームに耽っています。「最近、体調が悪くて疲れ気味になっている」と男の子が言いました。母親は「そうなの。でもそれぐらいなら大丈夫、大丈夫。ゆっくり休めば元気が出てくるよ。」と言いました。その時は何もなかったのですが、そのあとなんとなく男の子が変わってきて、母親が作っていた料理をひっくり返して、母親を足蹴りしました。
多くの大人は、母親は落ち込んでいる男の子を元気づけているから、母親として間違っていないと考えるでしょう。辛そうにしている男の子が問題だ、母親に八つ当たりをしている男の子が問題だと考えると思います。それは心が元気な子どもに当てはまります。
心が辛い状態の子どもでは、母親の言葉が辛くて苦しんでいる男の子の否定になっています。大丈夫でないから、母親に大丈夫でないと男の子が訴えています。母親は男の子に「大丈夫でない男の子の状態を、大丈夫だと思いなさい」と言ったことになります。言われた当初は男の子も知識で「そうかな」と母親の言葉を受け入れましたが、時間と共に男の子の本心が母親に対する拒否反応を起こしたのです。
男の子の本心は、母親に共感して欲しかったのです。母親に「辛いね」とだけ、共感して欲しかったのです。男の子の状態を認めて欲しかったのです。男の子は辛いことの解決策を求めていたのではないです。母親に共感して貰って、抱きしめるなどのスキンシップをして欲しかったのです。
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繭籠もり
現在の社会常識から言うなら、引きこもりは好ましくないと考えられています。引きこもりを止めさせて、子どもを社会に引き出す方法が考えられて、行われています。引きこもりの子ども達へ、子ども達の立場から対応している私達が感じることは、引きこもりは子ども達自身を守る必要な状態だと分かります。
見た目には現実から逃避して、ゲームなどの享楽に興じている子どもの姿は好ましくないと感じられます。多くの大人は嘆かわしいと感じます。心が辛い子どもの立場から言うなら、常識的な大人達には分かりづらいけれど、子ども達は辛い心を癒して、社会に出て行く準備をしています。引き籠もって安心して辛い心を癒せれば、子どもは必ず引き籠もりを止めて社会へと羽ばたいていきます。
引きこもりと言うより繭籠もりと言って欲しいです。引き籠もる子ども達はちょうど繭の中で暖かい春を待っている蛹のようだからです。蛹は繭の中で寒くて辛い冬から自分を守っています。繭の中に籠もって、成虫になる準備をして、羽ばたける春を待っています。
引き籠もる子どもは家という繭の中で、自分の部屋という繭の中で、ゲームなどの大人が好まない姿ですが辛い心を癒して、引きこもりを止めたときに羽ばたけるようにとエネルギーを貯めています。ただ子どもにとっての春がいつ来るのかの判断は子どもにあって、親にあるのではないです。無理矢理に繭から引き出された子どもは蛹と同じように心が死んでしまうのです。
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