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子どもの同意
ある親の会で、引きこもりの子どもを持つ親の話が出ました。その親は子どもが引きこもっている状態を解決するために、子どもをある引きこもりを解決する会に預けようとしました。この親の方針を子どもに説明すると子どもは激しく抵抗しました。「行きたくない」と言い続け、暴れました。そこでその引きこもりを解決する会のスタッフが4時間以上かけて延々と説得して、なだめたり、脅したりして、子どもに「うん」と言わせました。それ以来二年がたっていますが、子どもは引きこもりを解決する会で寝泊まりして、自立のための訓練を受け続けていると報告していました。
子どもを力ずくで、無理矢理に家から引き出して会に預けることは、その後にとても大きな問題を残すことを親は知っていました。そこで親は子どもに十分に説得して納得したから、子どもを引きこもりを解決する会に預けたのは良かったと言っています。子どもは引きこもりを解決する会のスケジュールに沿って、社会復帰の訓練を受けていると言っています。
親は子どもが納得して引きこもりを解決する会に入所したと考えていますが、子どもは本当に納得したのでしょうか?それは違うと思います。確かに子どもは「うん」と言葉にしています。親としては子どもが「うん」と言ったこと、子どもが引きこもりを解決する会のスタッフと一緒に出かけて、訓練を受けているから、子どもが納得したと考えています。しかし子どもの方では、説得に耐えられなくて、やむを得ず「うん」と言ったのです。やむを得ず親の言うとおりに行動して、引きこもりを解決する会に入所せざるを得なかったのです。
子どもは家に引きこもって、辛い子どもの心を癒して、元気になりたかったのです。子どもは引きこもりを親に認めて貰って、親に支えられて、元気になろうとしていたのです。その子どもらしい生き方を親に否定されて、引きこもりを解決する会に預けられたということは、子どもは親に二重に否定されたこと理解します。ですから引きこもりを解決する会に入所するときには、子どもにはとても辛かったから、子どもは激しく抵抗しました。そして根負けして、親やスタッフの言うことに従わざるを得なかったのです。子どもが生きていくためには仕方がなかったのです。
入所当時の子どもの本心も、現在の子どもの本心も、きっと親に対して激しい怒りを感じていると思います。親は子どものために良かれと思ってしたことですが、子どもは親が親の都合を優先して、子どもを見捨てたと感じていると思います。今は生きていくためによい子を演じながら、引きこもりを解決する会の方針に従って行動し耐え続けていますが、その内にいろいろな問題行動を起こすようになるか、病気の症状を出すようになるか、又は自分の心を殺したロボット的な人間になってしまう可能性が高いです。
心が辛い子どもが話す話の聞き方
心が辛い状態の子どもは、自分の辛さを信頼する大人に話して、少しでも楽になろうとします。しかし話を聞こうとする大人が子どもを責めて、かえって子どもを辛くするようだと、子どもは大人を信頼しなくなり、話をしなくなります。心が辛い状態の子どもが自分の心の内を話してくれないという事実を、大人は子どもに問題があると考えがちです。心が辛い状態の子どもがその辛さを話さないのは、子どもの話を聞こうとする大人の話の聴き方に問題があります。
大人は心が辛い子どもが話す話を、子どもの方で話を止めるまで聞き続けなければなりません。子どもは話したいから話しています。子どもが話したいという意志を、大人は尊重する必要があります。大人の都合で子どもが話すのを止めさせると、子どもの話したいという欲求は満たされません。それは子どもが大人を信頼しなくなります。子どもはそれ以上、大人に自分の心の内を話さなくなります。
大人は決して心が辛い子どもから、話を聞き出そうとしてはいけません。子どもから話を聞き出そうとすると、子どもは大人に対して身構えてしまい、よい子を演じてしまいます。子どもが本当に話したいことを話せません。大人は子どもが話したいことを、ただただ聞き続けることが大切です。
話を聞いているとき、大人は子どもの話を聞いているというサインを送る必要があります。子どもの話を聞いているという態度が必要です。しっかりと子どもの目を見て、ひたすら聞き続けます。子どもの話には、自然な形で相づちを打ってあげる必要があります。決して子どもの話を遮ってはいけません。しかし聞きそびれたり、理解できない言葉を使ったときには質問をしても良いです。
子どもが話すのを止めたときには、話を止めたという事実を尊重してあげてください。子どもが何も話さないという時間と事実を大切にしてください。沈黙の時間を大切にしてください。子どもが次に話し出すまでじっと待ってあげると良いです。子どもの沈黙の時間とは、子どもが話したいことをまとめている時間か、話を聞いている大人に話したくないときです。子どもは自分の思いがまとまったら話を再開してくれるでしょう。子どもは話したくなかったらいつまでたっても話さないでしょう。子どもが信頼できなくて、話したくない大人なら、いくら子どもから話を聞こうとしても、子どもは話をしてくれません。大人は話を聞くことをあきらめるべきです。
聞き手の大人から発する言葉は、ききそびれた時に聞き直す言葉と、理解できない言葉の説明を求める言葉が可能です。子どもが辛さを表現したときに、大人は共感の言葉を加えると良いです。また、子どもがその子どもなりに重要な言葉を発したときには、その言葉をオーム返しに繰り返してあげるのも良い方法です。
子どもが質問をしたときには、その質問の範囲で、大人は「私はこう思う」という形で答える必要があります。答えられないときには「わからない」と答える必要があります。それ以上のことは言わないでください。子どもの話を分析し、解説してはいけません。分析や解説は聞き手の大人の思いを押しつけることになるからです。まず子どもなりの理解を認めて、その子どもなりに考え方をまとめさせてあげる必要があります。
でもやっぱり学校に行って欲しい
ある親の会で不登校の子どもを持つ親たちがいろいろと話し合っていました。その中に不登校になって半年の中学二年生の男の子を持つ母親の田村さんが自分の気持ちを、涙を浮かべながら延々と述べてくれました。子どもが中学校に入学してから授業時間中に生徒たちがいろいろな問題行動を起こして学校があれていたこと、田村さんの子どもも教師から不当な対応を受けたり、いじめを受けたので、二年生になってから学校に行き渋りだし、一学期の途中から学校に行かなくなった事実を述べてくれました。
田村さんは今まで幾つもの親の会に参加して、自分の子どもの不登校を解決する方法を探していました。今まで母親が参加した親の会では子どもを無理に学校に行かせないで、そっと見守るのがよいと言われ続けていたようです。母親もそれを実行して、子どもに「学校に行きたくなければ行かなくていい」と言い続けていました。
田村さんの言われた言葉からは自分の子どもの不登校をしっかり認めようと言う意志が聞き取れました。しかし半年もたっても子どもが一向に元気にならないのでどうしたものかと思っていると言いました。学校に行かなくても良いから家の中に引きこもっている子どもをどうにかしたいと思い、より良い対応を求めて田村さんはこの親の会に参加してきたのです。
この親の会でもこの田村さんの思いに共感して、母親たちが自分たちの経験を述べてくれました。多くの親の意見によると「自分たちも同じ経験をしてきた」、「母親の対応は悪くない」、「まだ半年で結果を期待するのは早すぎる。もっと時間がかかる」という意見が主流を占めました。
田村さんが「学校に行かなくても良い」と言っているときの表情には苦悩の表情が見られ、田村さんは無理をして子どもに「学校に行かなくて良い」と言っているのであり、その言葉には裏があり、その言葉の裏から「子どもに学校に行って欲しい」という思いがどことなく私には感じられたのですが、どの母親もその点を指摘する人はいませんでした。田村さんの子どもが母親から「学校に行かなくて良い」という言葉を聞いても、子どもが学校に行って欲しいと願っている母親の思いがすぐに子どもに伝わると私には判断できました。
田村さんは「学校に行きたくなければ行かなくて良い」と不登校を認めていると言われました。けれど田村さんの子どもは幼いときから幼稚園や学校に行き続けています。学校には行かなくてはならないと習慣づけられていますし、学校に行かなくてはならないという知識も持っています。今の田村さんの子どもは「学校に行きたくない」とは言えない、思えない状態にあります。潜在意識では学校を回避しようとしていますが、顕在意識では学校には行かなければならない、学校には行きたいというように反応します。
「学校に行きたくなければ行かなくて良い」という田村さんの言葉は、田村さんの子どもには「学校に行きなさい」という意味に理解されます。顕在意識では「学校に行きたくなければ」という条件は田村さんのお子さんには当てはまらないのです。田村さんがお子さんに本当に学校に行かなくて良いと思われているのなら、はっきりと「学校に行かなくて良い、家でお子さんなりに一番良い生き方、一番楽しい生き方をしなさい」と言ってあげるべきです。
「学校に行かなくても良いけれど、引きこもりだけはやめて欲しいと願っている」という田村さんの言葉は、田村さんの子どもが学校に行かないで生きることを認めるけれど、家の中に引きこもらないで社会との接点を持ち続けて欲しいと田村さんの子どもに求めています。けれど実際上、田村さんの子どもが家の外に出ると友達にも会いますし、ほかの中学生をたくさん見かけます。近所の人からどうしたのと学校に行っていないことを質問されます。授業がある時間帯に外出すると、多くの大人は学校をさぼったり、学校から逃げ出してきた問題のある子どもだと理解します。
このように社会の中にはたくさんの登校刺激がありますから、田村さんのお子さんには「家の中に引きこもるな」という言葉は、「学校に行きなさい」という言葉と同じ意味になります。田村さんのお子さんが家の中に引きこもらないで生活しようとしても無理なことを、田村さんは理解できていないようでした。
私には田村さんのお子さんが学校に行かないことで、田村さんがとても大きな不安を感じて辛いことがよくわかりました。田村さんの不安からお子さんがもっと大きな不安に追い込まれていることもよくわかりました。田村さんのお子さんはとても辛くて、お子さんは生きるか死ぬかの境界線上にいらっしゃることもよく聞こえてきました。お子さんの辛さは田村さんの辛さとは比較にならないぐらいに辛いことを、田村さんにどうにかして理解してもらいたいと思いました。私は田村さんのお子さんを守るために、田村さんが心底から学校に吹っ切れて欲しいと思いました。
私に回ってきた唯一の発言の機会に、私は田村さんが私の発言で苦しんでも、お子さんの心を代弁すべきだと判断しました。今までに学校でこのお子さんのように強くうずく心の傷を持った中学生がその学校でうずく心の傷を完全に癒して中学校に戻った例はありませんから、田村さんが持つ学校への思いを捨ててくださった方が、田村さんも楽になるし、お子さんも楽になることを伝えようと思いました。
「今までの経験から言って、お子さんのような状態から再び中学校に行けるようになることはないです。お母様の話を聞く限りでは、お子さんはとてもしっかりとしたすばらしいお子さんですから、お母様は学校へ行って欲しいと思わないで、お子さんを信頼して、お子さんが立派な大人として社会に出て行ってくれることを信じて、お子さんの動きを待ってあげてください。お子さんはご自分の将来を自分の手で切り開いて行きます。それはびっくりするぐらいですよ。」
と発言をしました。
私の発言に田村さんはしょぼんと方を落として涙を流し始めました。涙声で
「そうなのですか?もう子どもは中学校に行くことはないですか?そのように言われても、私はやっぱり子どもに学校に行って欲しいです。ふつうの子どものように育って欲しいです。子どもが学校に行ってもらうために私は何でもします。そのために私はこうやって努力を続けているのではないですか?」
と言いました。
私にはもう発言の機会がなかったので、声を出して言えませんでしたが、心の声で
「それじゃあ、お子さんが死んじゃうよ。お子さんが死んでも良いの?お子さんはこれだけお母様に助けてとサインを出しているじゃあないですか?今のお母様はお子さんを地獄に追い込もうとしていらっしゃるのですよ。」
と言いました。
子どもの不登校でその子どもの親はとても辛いです。その親の辛さを癒すために不登校の子供を持つ親の会に参加して、お互いに辛い親の心を癒し合うという親の対応は正しいです。親の会で辛い心を癒して、新しい気持ちで子どもの不登校問題に向かい合うエネルギーを得ることはとても大切です。しかし不登校で辛い子どもは必ずしも親が親の会に参加することを喜びません。それは親が元気になって、子どもを学校に行かす対応を一生懸命繰り返すからです。
子どもは母親が元気になって欲しいですが、母親が元気になったために、母親の対応からかえって子どもが辛くなるからです。親の会に参加したからには、母親は元気になるだけでなく、子どもの辛さも認識して帰る必要があります。子どもの辛さを受け取る心づもりで帰る必要があります。親の会に参加して母親だけ元気になって帰ってくる場合、その子どもは親の会について、「親の傷の嘗め合いばかりをしている」と言って親が参加するのを嫌がります。
現実に不登校をしている子どもは、母親が感じている辛さより遙かに辛い辛さを感じています。生きるか死ぬかの狭間にいます。その辛さをゲームなどの刹那的な快楽で癒して、やっとの思いでその時間を過ごしています。その例えようのない辛さを刹那的な快楽で癒してかろうじて生きているのに、親や大人たちはその刹那的な快楽だけに注目して、辛い状態の子どもたちのあり方を否定されては、不登校の子どもたちの立つ瀬がなくなります。子どもたちはますます辛くなります。
つまり親の会で少しでも楽になった母親は、家に帰って不登校の子どもをどうにかしようとする対応を取るのではなく、そのために母親が新たに辛くなっても、子どもの辛さの一部を母親が受け取って、子どもを少しでも楽にして元気にするのが親の会の役目です。母親は親の会で楽になったら、その分を子どもの辛さを受け取ると、結果的に母親の辛さは変わらないでしょうが、子どもがその分楽になり、子ども自身が不登校問題を自分で解決できるようになれます。
親や大人の子育てに、私が疑問を感じた出したのは今から約15年ほど前でした。神経症状や精神疾患的な症状をあらわしている子どもたちを診ている内に、それらが単なる病気でないことに気づきました。不登校、引きこもりをする子どもたちには、根底に”学校恐怖症”ともいうべき、心の傷からもたらされる特殊な心理のメカニズムがあることも分かってきました。そして、多くの子どもたちが親や教師などの大人が抱いている子育てや教育の常識によって、窮地に追い込まれている現状も浮かび上がってきたのです。