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精神科早期介入政策について
子どもの心の問題に精神科が早期に介入することへの問題点を指摘したいと思います。子どもは大人と違って成長します。成長には身体的な成長と、心の成長があります。心の成長について現在の精神科医療の問題点です。
子どもの心に大人が持っている心の概念が当てはまるかどうかの問題点を指摘しておきます。大人の心は精神身体二元論で説明されています。それは大人の心について今のところ説明可能なのです。ところが子どもの心は精神身体二元論では説明がつかないところが多いです。精神身体一元論だと説明つく場合が多いです。
特に心の問題を抱えている子どもの心は精神身体一元論の方が説明がつきます。その意味で精神身体二元論に基づく精神医学が子どもの心を扱おうとすると、間違えてしまう場合が多いようです。現実に精神科医療を受けていた子どもについて、その薬を止めて、子どもへの対応を変えることで、子どもの精神症状が解決しています。
子どもの心は脳の成長とともに成長をしていきます。精神科医療でも心の成長を考えています。精神科医療で用いる薬は脳に作用してその効果を発揮しています。しかし脳の成長を配慮した薬は今のところありません。脳の成長には解剖学的な脳の成長と脳が持つ情報つまり心という意味での成長があります。そのどちらも今の精神科領域の薬は配慮していません。
現在の薬は大人の心についての効果ばかりが強調されて、子どもの心についての副作用は全く分かっていません。特に長期に使われた場合には、子どもの心の成長に悪影響を与える可能性が考えられます。子どもの人権に関わる問題を生じてしまう可能性を排除してから、薬を使う必要があります。
つまらなそうにしている子ども
ある不登校の子どもを持つ母親から
「子どもがつまらなさそうに朝から晩までテレビやゲームを惰性でこなしている。そんなにつまらないならテレビやゲームをしなければ良い。もっと健康な遊びをして欲しい、元気に遊んで欲しい」
と言っていました。
これは不登校の子どもの心を知らない人の発想です。その子どもはテレビやゲームがとても楽しいです。しかしテレビを見ても、ゲームをしても楽しくしていると表現できないのです。それはその子どもの心が登校刺激を受けて、学校を意識していると死ぬほど辛いからです。その辛さをテレビやゲームで埋め合わせて差し引きゼロにしようとしています。差し引きゼロにしようとしても、十分にゼロにならないとき、まだ少し辛さが残っているとき、子どもはごろごろとしていて、活力がありません。
子どもには大人と同じ考える心と、大人では考える心で調節されている情動の心とがあります。子どもでは考える心から言葉を発しますが、大人と違って子どもの行動は子どもの本心である情動からなされます。情動の心には何かを得ようとする楽しさの機能と、何かから逃げようとする辛さの機能とがあります。そして楽しさの機能と辛さの機能はお互いに打ち消して、残った方の機能から行動をすることになります。
不登校の子どもでは学校を意識すると辛くなります。テレビやゲームをするとその辛さを打ち消すことができますから、どうにか自分を維持できます。不登校の子どもを元気にするには学校を意識しなくて良いようにしてあげることで可能です。子どもは学校という辛さがなくなって、テレビやゲームで楽しさが残って、子どもの情動は何かを求める楽しさになります。子どもは元気に活動をし始めます。大人はそのままテレビ漬け、ゲーム漬けになって何もしなくなると考えますが、そうではありません。元気になった子どもはテレビやゲームを必ず卒業して、その子どもなりの建設的な活動を始めます。