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2011.01.19 17:07 |  診療  |  研究  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  office  | 推薦数 : 0

子どもの意志を確かめる

子どもの意志を確かめる

 学校に行き渋る子どもに、子どもが何故学校に行こうとしないのか親はその理由を知りたがります。そこで親は子どもに「何故、学校に行こうとしないのか?学校で何かあったのか?」と問いただします。すると子どもは「学校に行きたい」と言いますが、学校に行こうとしても行けません。子どもは学校に行けない理由を「いじめる友達がいる」などの子どもが理解している言葉で説明します。

 子どもは親にとても優しいです。親の悲しむ顔をみたくありません。また学校には行かなくてはならないという知識をしっかりと持っていますから、子どもは言葉では「学校に行きたい」と言います。けれどなぜか分からないのですが、学校を考えたり、学校に行こうとすると、体の奥底から辛い物がわき上がってきて、学校に向かって体が動かないのです。

 そこで親は子どもが学校に行きたがっているのに学校に行けないのは問題だと考えるようになります。子どもの意志を尊重して、どうにかして学校に行かせてあげようと思います。子どもが言う学校の問題点を解決して、子どもを学校に行かせようとします。その親の子どもを学校に行かせようとする対応がますます子どもを辛くしてしまいます。

 子どもには知識の心(建前の心)と知識の心では知り得ない(潜在意識にある)本心とがあります。大人では知識の心が本心を調節してくれますから、知識の心だけを考えれば心を理解できますが、子どもでは大人では配慮しなくて良い本心を中心に考える必要があります。子どもでは知識の心からの行動が大変に難しくて、ほとんどの場合本心で反応をしてしまいます。また、本心は命に直結しますから、子どもの本心に沿った考え方をする必要があります。

 大人から質問をされると、子どもは知識の心から答えます。しかし子どもは大人のように知識の心(理屈)で反応をしません。子ども特有の感情を伴った反応の仕方があります。それは子どもが持って生まれた本能と、乳幼児頃までに親を真似して確立した情動(これらを全て合わせて情動と表現します)です。この情動に沿って子どもが成長できたなら、子どもの本心はとても安定しています。この本能や情動に反する対応を受けたなら、子どもはとても辛い状態になり、命の危険すら生じます。

 子どもが乳幼児の時期を過ぎますと、子どもの本心である情動を基本的に変えられません。そのまま一生続きます。しかし本能を変えられませんが、難しいけれど乳幼児までに学習した情動を変える事はできます。それは条件反射の学習です。そして登校拒否、不登校とは、条件反射で学習した、学校や学校に関する物に拒否反応を起こすように、子どもが条件反射から学習をしてしまったのです。

 このように登校拒否不登校とは、子どもの潜在意識にある本心で生じる学校への拒否反応です。ですから登校拒否不登校の子どもは学校に行かなくてはならない、学校に行きたいと思っていて、それを言葉にできるのに、何故自分が学校に行けないのか分かりません。親や大人から、学校に行くと言っているのに、何故行こうとしないのかと尋ねられても、子どもはその理由が分からないのです。

 理由を聞かれれば聞かれるほど、子どもは混乱をしてしまいます。何故学校に行けないのかという理由を尋ねる親子の話し合いは、子どもにとって拷問になっています。拷問を避けるために、子どもが「明日は学校に行く」と言いますが、翌日になっても子どもは学校に行けません。親が子どもに言った言葉に責任を持ちなさいと言っても、子どもには無理な要求なのです。言った言葉に責任を持てるのは大人だけです。

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2011.01.12 18:18 |  診療  |  研究  |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  office  | 推薦数 : 1

心の距離

心が辛い子どもと母親(または母親に相当する人)との信頼関係の強さ

 トラウマ(辛さを生じる条件反射。その条件刺激を回避できない事が多い)から辛くなっている子どもと母親との信頼関係の強さです。子どもと母親との信頼関係はいつも一様ではないです。その時々で変化をしていきます。
 心が元気な子どもや、子どもが何かに挑戦する際の辛さを経験している場合には当てはまりません。

 経験的に、子どもが出す症状の程度はその重篤度から、
1)ODや自傷行為をする > 2)病気の症状を出す > 3)荒れて物を壊す、親に暴力をふるう > 4)万引きなどの社会に向かって問題行動をする > 5) 特に症状や問題行動はないがどことなく活力がない > 5)表情も良く、自発的で活動的(母親の前では特別の場合を除いて、子どもは良い子を演じない。特別の場合とは母親が子どもを虐待しているとき)
となります。

1)子どもが母親を信頼していないとき
子どもがODや自傷行為をするときや辛い病気の症状を出しているとき、子どもは母親を信頼できなくなっています。これらの子どもの行為や症状は、大人の常識的から子どもが心の病気だと考えてしまいます。母親との間の信頼関係は築けません。子どもとが本能から母親を信頼しようとしてもできないときです。

2)子どもが母親を信頼しようとしても十分に信頼できないとき
子どもが荒れて物を壊したり、親に暴力をふるったり、万引きなどの社会に向かって問題行動をするときには、子どもの性格に問題があると考えたら、子どもの母親への信頼感を失います。子どもが母親に自分を理解して、というメッセージを送っていると考えるべきです。または、母親がどれだけ自分を信頼してくれているかテストしていると考える事もできます。

3)子どもが母親を完全には信頼できていないとき
子どもが母親が信頼できてくると、子どもは荒れなくなりますが、意欲的な動きがあまり大きくありません。どことなく子どもに元気がない。家に引きこもってうずうずしている。未だ母親に子どもなりの辛さを言葉で訴えています。親は子どもを元気づけようとするのが常識ですが、それは子どもを辛くしてしまいます。親は子どもの訴えを聞き続けて、子どもの要求だけを叶えようとする必要があります。

4)子どもが母親を完全に信頼している状態
子どもはその子どもなりの動きをどんどん始めます。自分を否定する行動や言動が無くなります。母親の失敗を笑って許してくれます。常識的な対応が母親にも許されます。

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2011.01.12 04:40 |  診療  |  研究  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  office  | 推薦数 : 1

千葉県の教育行政

千葉県の教育行政

 学校でのいじめが問題なので、千葉県教育委員会は道徳教育を強化しようとしています。人を思いやる気持ちを育むことでいじめを減らそうとする考え方は正しいです。しかし人を思いやる気持ちは日々の生活の中で育まれます。道徳教育として教室で教えると知識として身に付いても、気持ちとして育まれません。

 子どもの立場から考えるなら、道徳教育の強化で子どもらしさを否定されて、子ども達の心の締め付けになります。子ども達の心を締め付ければ締め付けるほど、教師の前では良い子を演じます。教わった道徳教育に沿って行動をしようと振る舞います。しかし教師がいないところでは全く別な行動をするようになります。時には全く逆な行動をすることを、教師は気づくべきです。

 今日まで、子どもの問題行動を解決するために、道徳教育が強化されてきています。子ども達はますます良い子を演じますから教師は安心します。しかし教師が居ないところで子ども達が無気力になったり、いじめなどの問題行動をしてしまいます。教師は良い子を演じる子どもを褒めますが、その良い子を演じる子どもの中からいじめなどの問題行動をする子どもが出て来て、教師は困っています。

 人を思いやる気持ちは日々の家庭生活や学校生活の中で作られます。親は学力ばかりに捕らわれないで、思いやる気持ちを実践してみせる必要があります。学校生活の中でも教師が実践してみせる必要があります。家庭でも、学校でも、言葉による指導は行われても実践はされていません。それは子ども達にとても根深い不信感を生じています。

 

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