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子どもの心に寄り沿って(6)
多くの人は未だ気付いていないけれど、不登校の子どもは学校や学校に関する物、先生や友達、勉強、勉強道具、学校からの印刷物などに反応して辛くなります。この事実に気付けば、不登校の子どもに登校刺激をしたり、学校を連想する様な場所、例えば学校内の保健室、校長室、図書館、空き教室や、学校外でも適応指導教室で、不登校の子どもが辛くなる事実が理解できると思います。これらで不登校の子どもが辛くなれば、不登校問題の解決を遅らせてします。
この事実は不登校の子ども全てに当てはまります。それでいて不登校の子どもが保健室や適応指導教室に行くのは、その所まで子どもが辛さに耐えて、無理をして行っているからです。それだけその子どもは未だ無理が効くという意味にも成ります。それだけ無理が効くなら、その無理をさせないで、子どもが元気になるように子どものエネルギーを使った方が、遙かに得になります。
担任が不登校の子どもの問題を解決しようとして、一生懸命不登校の子どもに関わろうとする場合がよく見かけられます。それは先生の義務感から、先生の優しさから、先生は一生懸命に対応しようとします。又周囲の大人もその様な先生の姿を良い先生であると、教育熱心な先生であると、褒め称えます。
上述のように、不登校の子どもは学校や学校に関する物に反応して、とても辛くなって拒否をしてしまいます。先生は不登校の子どもを辛くします。いくら先生が子どものためを思っていても、いくら先生が優しく振る舞っても、先生がなさる対応から得られる喜びを打ち消して、辛さから子どもは苦しむようになります。ただ、先生の前で不登校の子どもはよい子を演じてしまう場合がありますから、先生には子どもが苦しんでいると理解できない場合が多いです。
大人が不登校の子どもへ対応をするとき、子どもが先生を意識したときには逆効果になります。子どもが大人に先生というイメージを持ったときには、それだけでどのような物でも打ち消すことのできない辛さを、子どもは感じてしまいます。不登校の子どもへ対応をする大人は、少なくとも子どもに先生をイメージさせない大人でなければなりません。基本的に学校の先生は、不登校の子どもへ近づいてはいけない、どのような対応もしてはならないことになります。
子どもの心に寄り沿って(5)
不登校の子どもを育てた経験のある親が、子どもから学んだこととして、「大人達が子どもの心の声を丁寧に聞き、子どもに寄り添う必要がある」と言いました。子どものあるがままの姿を認めた発言です。言葉では確かに子どものあるがままを認めようとしていますが、実際にどうしたらよいのかよく分かりません。子どもの心の声とは具体的に何を指しているのでしょうか?子どもが発した言葉なら、子どもの知識を表現した場合と、自分の姿や感情を認識して、その説明をしている場合があります。
子どもの知識を表現した言葉なら、それは大人から与えられた知識ですから、子どもの本心を表現していません。大人の思いと同じですから、大人にはわかりやすいですから、子どもは良く分かってくれていると判断してしまいます。しかしその言葉に沿って対応をしたときにはますます子どもが苦しくなってしまいます。
子どもが自分の姿や感情を認識してその説明をしている場合には、かなり子どもの本心を表現しています。しかし子どもの本心は潜在意識にあるので、子ども自身も自分の本心がわかりません。また、子どもの認識の仕方も、大人から与えられた知識を利用している場合が多いですから、子どもの本心と異なっている場合が多いです。素直に自分を認識して表現している場合は少ないです。たまたま子どもが素直に自分の本心を認識して表現している場合、その言葉に沿った対応を大人がすることで、子どもが元気になる場合があります。
このように大人が子どもの心の声を丁寧に聞いたつもりであっても、実際の子どもの言葉は子どもの本心を表現していない場合が多いです。子どもの言葉を子どもの心の声と考えて対応をすると、ますます子どもを苦しめてしまう場合が多いです。子どもの方では子どもの言葉を信じて大人に寄り添われても、その大人を拒否せざるを得なくなります。