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子どもの心に寄り添って(2)
「担任はとても熱心な先生です。週に一度は電話をしてきて、子どもの様子を聞いてくれます。プリントもその都度郵送してくれたり、同級生に持たしてくれます。忙しい時間を割いて、母親の話も聞いてくれます。学校内での問題も解決してくれました。けれど子どもは絶対に先生に会おうとはしません。同級生が来たら仲良く遊んだりしますが、その後酷く荒れました。母親に向かって暴力も振るいました。学校からの印刷物を見ようともしません。」
潜在意識にある子どもの本心は、学校を意識したり見たりすると、どこからと無く辛さが湧き上がってきて、辛さに苦しみます。怒りになったりもします。学校ばかりでなく学校に関連した、先生、友達、勉強、学校からの印刷物などでも、子どもは辛くなり、怒りを表現します。子どもの性格が変化したとも表現できます。この事実は常識に反します。他の子どもでは経験しない、この子ども特有の性格の変化に気付かない限り、この子どもの本心に寄り添ったことになりません。
母親には子どもが心の病気でないかと感じられるようになりました。今の内に治療して子どもが学校に行くようになることを期待しています。最初だけ子どもは母親と一緒に病院に行ってくれましたが、それ以後はどうしても行こうとはしません。母親だけが様子を説明して、薬をもらってきて、子どもに飲ませています。子どもは夜眠るために、薬を飲んでいます。
「学校には行かなければならない」という知識が子どもにはしっかりと植え付けられています。ことある毎に子どもは「学校には行かなければならない」という知識を思い出して、その知識に本心が反応して辛くなっています。しかし子どもにはなぜ自分が辛くなるのか分かりません。自分の辛さを少しでも解消しようとして、薬を飲もうとします。
学校を意識すると辛い子どもは、夜になると学校を忘れられて、とても楽になります。頭が冴えて夜更かしをします。けれど子どもには、「昼間起きて、夜眠らなくてはならない」という知識が強く植え付けられています。親も昼夜逆転を嫌いますから、子どもは薬を飲むようになります。薬を飲み症状が軽くなることで、親は安心します。子どもの問題が解決していくと思います。けれど子どもは登校刺激を受け続けていますから、脳内の辛さを生じる反応が強まって、気付いたときには取り返しの付かない状態になっている場合があります。
子どもの心に寄り沿って(1)
「自分の部屋の中に籠り、何かと暴力を振るい、物を壊すのは、子どもが辛いからだとわかった。だから学校に行かない子どもを認めている。けれど、子どもに話しかけてもきつい表情で睨んでくる。楽しそうで、元気に遊んでいた子どもはどうしちゃったの?辛さをなぜ解決できない弱い子どもに育てたつもりはないのに。私は精一杯子どもに寄り添ってきた。限界です。子どもも辛いでしょうが、私もとても辛いです。」
これはある母親の叫びです。母親は子ども思いで、一生懸命子どもを守ってきました。学校に行きたいと言いながら、辛そうにしている子どもを救うために、学校に行けない原因を探し求めました。いろいろな施設に相談に行きました。親の会にも参加しました。子どもが辛くなった原因がわかったので、学校と相談して解決を図りました。しかし子どもは依然として辛そうにし続けています。母親もどうして良いのか分からないで、苦しみもだえています。
母親は子どもに寄り添うことで、子どもを学校に行かさない対応が好ましいことを理解しました。それまでは、子どもの心にも寄り添うために、初めは子どもが言葉で学校に行きたいと言っているから、その希望を叶えようとしました。ところが、子どもが学校に行きたいという言葉は、子どもが知識を表現しただけです。大人と違って、子どもの場合、言葉に沿って対応をすると、子どもの知識を満足させるだけで、子どもの本心に沿ったことには成りません。
子どもがいろいろな辛さを表現しているのは、子どもの本心です。本心は潜在意識にありますから、子どもには分かりません。子どもが辛そうにしているのは、子どもの本心に沿った対応がなされていないからです。子どもはその辛さを、自分を辛くする人にぶつけてきます。自分が子どもの母親だから、子どもがその辛さを母親にぶつけてきていると考えていますが、子どもは無意識に母親の対応が悪いと、母親に辛さをぶつけています。母親が子どものためにしている対応は、学校の問題を解決して、子どもが学校へ行かれるようにしていました。その母親の対応が違うよと、子どもはサインを送っていました。
子どもの心から言うなら、学業で競わされているという今の学校教育のあり方が、教師が授業を優先する学級運営の仕方が、子ども達を苦しめています。この学校や教師のあり方が子ども達を苦しめている事実は昔からあったのですが、昔は子ども達が学校から離れた時に、その学校での辛さを解消する方法がありました。学校が終わると子ども達は自由にその子どもなりに、学校の辛さを解消して、又翌日学校に行けたのです。
ところが現在の子ども達は学校を終えても大人によって管理されていて、学校の辛さを解消する方法を持っていません。その結果、大人は気づかないけれど、苦しくなった子ども達が他の子ども達に学校でいじわるをするいう事実があります。大人から見たらとても虐めだとは感じられなくても、既に心が辛くなった子どもは、他の子どもから受けた意地悪を虐めだと感じて反応しまいます。
この学校内の問題を、学校を終えてからの問題を解決する政策が、日本ではなされていません。教師も気づいていないから、学校内で学校を楽しくする様な対応(一部の教師は気付いていて、授業を工夫して楽しくしようとする試みがなされている)は行われようとはしていません。多くの親も子ども達が学校で辛い思いをしている事実に気付いていません。
親は子どものために、子どもの成績を上げようとして一生懸命ですから、子ども達は家でも辛さを解消できないばかりか、家でも辛さを強めていく場合もあります。翌日学校に行ったとき、既に辛さに敏感になっていますから、学校内での辛さ、同級生から受けるいじわるに、子どもはとても辛く成りやすくなっています。学校に行き渋ったり、学校で意地悪をするようになります。
子どもが学校で辛くて耐えきれなく成ったとき、子ども達の中には学校内で暴れたり、授業を妨害するような、問題行動をする子どもが出てきます。このような子どもは問題行動をするようになる前に、母親の所に逃げて、辛い子どもの心を癒すようにすることが必要です。母親が逃げてきた子どもを抱きしめて、「辛かったね、よくここに逃げてきてくれたね」と言って頬ずりをしてあげて、子どもの好きなことをさせてあげる必要があります。可能な限り、母親の側で子どものわがままをさせてあげると良いです。子どもが辛さを表現しているときには、教育だ、躾だというようなことを、母親を考えてはいけません。教育や躾は子どもが元気になったら、子どもが自分でつけていきます。
子どもが学校で問題行動を起こしたとき、常識的には教師が子どもを叱ります。しかし子どもは辛さを問題行動で表現していたのですから、その辛さの表現を力で禁止されると、子どもはかえって問題行動を強めます。問題行動をした子どもは精一杯自分を維持しようとしていて、耐えきれなくなって問題行動をしたのですから、叱られるとますます子どもは辛くなり問題行動を強めてしまうのです。
今の子ども達は学校で心が辛く成りやすい事実を理解する必要があります。学校では子どもの心が辛くならないような教育の仕方が必要です。家庭では学校で辛くなった子どもの心を癒す対応が必要です。教師は教育に一生懸命で、子どもが学校で辛くなっているという事実を理解しようとしないから、叱ることで子どもの問題行動を解決しようとすると、ますます子ども達は問題行動を起こすようになります。
その際に、未だよい子を演じられる子どもは、叱った教師の前ではよい子を演じて教師の指示を受け入れたように振る舞います。よい子を演じる限界に来た子どもは、叱った教師に向かって荒れてしまいます。
子どもが学校内で問題行動を起こしたとき、子どもを叱らないと、子どもの問題行動が習慣化します。ですから母親以外の大人は問題行動を起こした子どもを叱る必要があります。母親は母親であること自体が子どもにとって喜びですから、必要以上に子どもを叱らない限り、母親の持つ感性で子どもへの対応が可能です。
母親以外の大人は問題行動をした子どもを現場から隔離して、隔離した場所で子どもが辛かったことに共感してスキンシップをする必要があります。まず辛かった子どもの心を癒しておいて、その後問題点を指摘します。そうして子どもを辛くない状態で、問題点を認識させる必要があります。
学校で問題行動を起こした子どもも、母親から癒されたい、認められたいと願っています。しかし家で母親から癒されていないから、学校で辛さに過敏に反応しています。現在の母親は子どもが学校で辛い思いをしている事実を感じ取って、子どもの辛い心を癒すようにしなければ成りません。子どもが学校に行っている限り、母親は家庭での教育よりも子どもの心を癒すことを優先させる必要があります。
この事実をふまえて、学校で問題行動を起こす子どもを、普段から積極的に癒して、認めていく必要が、子どもの周囲の大人にはあります。それをどうやって子どもに与えるか、それは子どもによって、周囲の大人の立場によって異なります。大人の方でその大人なりの工夫が必要です。