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< 週刊新潮7月3日号 全国15万人「不登校... | メイン | 子どもたちの生きづらさはどこから来るか >
2008.08.29 17:02 |  診療  |  研究  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  office  | 推薦数 : 1

自分の意思からの行動

自分の意思からの行動

 ここでいうの自分の意思とは、大人と同じようにいろいろと考えて表現するという意味ではありません。その時の子どもの感情に正直に子どもが行動するという意味です。辛いときには子どもはその辛い場所から逃げようとしますし、楽しければますますその楽しさを求めて発展させようとする子どもの心の反応の仕方です。

 子ども同士の生活の中で、子どもと大人との生活の中で、辛い経験をする子どもは必ず出てきます。しかし辛くなった子どもはなぜ自分が辛くなったのか分かりません。何か分からないけれど、ともかく辛いという状態です。また、親から受け入れられない要求をされたときも子どもは辛くなります。

 辛さとは潜在意識の反応症状であり、体中に表出されてくるものであり、子どもはその辛さを言葉で正確に表現できません。言葉で表現できたときでも、その表現の多くは親や大人の言葉の受け売りであり、即ちこのような状況ではこのように言葉で表現すべきだという過去の経験から言葉を発しているのであり、決して自分の辛さを分析してその辛さを表現するのに最適な言葉で表現したのではないです。

 しかし辛いとか楽だとか子どもは言葉に正しく表現できなくても、子供は自分の感情を感じ取ります。子供は辛いところから逃げ出し、楽になればその子どもらしく成長しようとします。母親だけは子どもが辛いか楽か、その状態だけは理解できます。しかしどれだけ辛いか、辛いときどうしたら楽になるのか、それは分かりません。子ども自身は辛いところから逃げ出してみて、自分が楽になったら逃げ出すのを止められます。母親にはどこに逃げさせてあげたらよいのか、そこまでは分かりません。子どもが自分の意思で逃げ出してみて、子どもが楽になった姿から、逃げ出した所が良かったと母親には分かります。

 つまり子どもが辛いと、いつどこへどのようにして逃げるのか、子どもが試行錯誤する必要があります。それには子どもが自分の感情に素直に反応して行動することが大切です。自分の意思で行動することが大切です。親が子供を守ろうとして、親の考えから子供に指示して子どもを動かしたときには、たとえその指示からの行動で子供が辛さから守られても、その子供の経験は子供の知識として役立ちません。

 それどころか多くの場合、親の考え方からの指示は間違っています。乳幼児期は別として、親は子供のことを良く知っている積もりでも、実際は子供のごく一部しか知らないからです。この間違った指示を受けて子供の辛さが解決しなくても、子どもはよい子を演じて、親の指示で辛さが解消したように演じてしまいます。親としては子供に良かれとしたこと、結果として良かったと思えたことで、子どもはその見かけとは異なって辛さに苦しみ続けています。親からは子どもが辛くなっている問題が見えなくなってしまいます。

 子どもが自分の自発的な行動(=自分の感情に素直に行動)した結果を、その試行錯誤を親は認め続けて、結果的に子どもが楽になった場所に子どもを保護して守ってあげればよいです。そうすれば子どもは子どもの本能から子どもの周囲に順応して、その子どもなりに一番良い成長の仕方をします。この本能は全ての子どもが持っています。親はその本能の芽をもぎ取らないようにすればよいです。

 現在の多くの親や祖父母が経験していることですが、今よりも貧しかった時代の子どもは、自然の中でその子どもなり過ごしたり、親から些細な物を貰うことで、何か分からない子供の辛さを癒すに十分でした。子どもの意志を尊重しなくても、子どもが経験した辛かったことや、親からの要求や押しつけから生じる辛さを癒し解消することが出来ました。

 現在の子どもには自然の中で辛い心を癒すことが出来ません。例え自然の中に出て行けたとしてもやはり大人に管理されていて、子どもなりの癒しを自然の中に求めることができません。物質的に恵まれている状態の子どもですから、親から何かを貰えても、その貰えた物で子どもの辛い心を十分に癒すことは出来ません。子どもが恵まれた環境にあればあるほど、子どもは自分の意思から行動をする必要があり、それが子どもの心を守る一番早くて確実な方法です。

 楽しく成長をしている子どもについても同様のことが言えます。ただし癒しの要素はなくなります。楽しいかどうかは子どもの体の中に表現されます。言葉に表現するのは不可能です。子どもがその楽しさを言葉にしたときには、それは子どもが親や大人の言葉を受け売りしているだけです。又その受け売りが子どもの言語表現を増やしていくことも事実です。

 親が与えた楽しさは、子どもには必ずしも楽しいとは限りません。場合によっては辛い場合もあります。楽しくなくても、辛くても、子どもは親に向かってよい子を演じて、楽しそうに振る舞います。親は子どものためによいことをした、親の対応は間違っていないと判断します。それは子どもの子どもなりの成長の芽をつみ取ってしまうことになります。子どもは楽しければ、与えられた環境に順応して、その子どもなりに楽しさを発展させて、どんどん能力を伸ばしていきます。子どもが求めてきた要求だけに親は答えてあげればよいです。それはますます子どもの能力を伸ばすことになるからです。

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