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私たちは子どもの心理が大人の心理と同じように考えがちです。子どもの心理の延長上に大人の心理があり、大人の心理を時間的に逆にたどっていけば、子どもの心理にたどり着けると考えがちです。ところが、子どもを考えるときには、子ども特有の心理(完成した脳の機能、完成中の脳の機能、まだ働いていない脳の機能)に注目しなければなりません。そして、この子ども特有の心理は大人になると忘れられてしまうという事実にも、注目しなければなりません。
大人が子どものことを考えるとき、自分の子どもの頃を思い出して、自分の子どもの頃の経験を当てはめて、子どもの立場になっていると考えてしまいます。この場合、大人が子どもの立場に立っていると思っても、大人はすでに子どもの心を忘れてしまっていますから、子どもの立場に立っているのではなくて、大人の立場に立っていることになります。大人の立場から子どもを思いやっているだけで、子どもの立場からではありません。
生物としての子どもの心を考えた場合、親や教師、その他の子どもを取り巻く環境が育てた(子どもが学習させられた)部分と、子ども自身が育てた(学習した)部分とがあります。親や教師やその子どもを取り巻く環境が育てられる心の部分と、親でも、その他の大人でも、その子どもを取り巻く環境からでも育てられなくて、子ども自身が親やその他の大人や自分の周囲の環境に、主体的に関わって育っていく心の部分とがあります。
また、親や教師やその他の子どもを取り巻く環境から育てられた心の部分には、親や教師やその他の子どもを取り巻く環境が育てた心の部分と、子どもの主体性を無視したために、子どもの心が傷ついた心の部分とがあります。
一般的な傾向として、親やその他の大人達や子どもを取り巻く環境が育てた子どもの心の部分は、親や大人達にはわかりやすい傾向がありますが、子ども自身が主体的に関わって作り上げた子どもの心の部分は、親を含めた大人達には分かりにくいものになっています。親やその他の大人達や子どもを取り巻く環境が育てるのに失敗した(傷ついた)子どもの心の部分は、現在の大人達には全く理解できなくて、大人達から子どもの心に問題があると考えられがちです。
そのような心は病気だと考えられたり、そのような心を矯正しなければならないと考えられていて、大人達はそのような子どもを病院に連れて行って治療をしようとしたり、矯正しようとしたりします。そのような子ども達は子ども達の主体性に反した、より辛い関わりを大人達から受けることになります。
このように、親やその他の大人達から見て、その子どもの心(その子どもらしさ)には三つの部分があって、親やその他の大人達がその子どもを育てたのだから、大人達が子ども達をわかっている積もりになっていても、実際にはわかっていないという原因になっています。一般論として、特に子ども自身が育てていくその子どもの心の部分が、その人らしさを形成する(クローンでも他人であることの由縁)要因になっています。
親や教師などのその他の大人達が子ども達を大人達の思うように育てようとしてもできない理由はここにあります。親や教師などの大人達の思うように育てたつもりが、実際には大人達の思うように子どもが育っていない理由がここにあります。親や教師などの大人達の思うように子どもを育てても良いのですが、それだけでは不十分な理由はここにあります。子ども達の心は、親や教師達などの大人が育てた心からだけでできているのではないです。