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生物としての子ども (1)
子どもは大人を小さく、未熟にしただけのものではありません。確かに、ある年齢までの子どもは、見かけ上、体は大人より小さく、大人より未熟な部分を持っています。けれど、ある年齢を超えると、子どもでも見かけ上、体が親より大きくなる場合もあり、大人顔負けの能力を発揮する場合もあります。それでも子どもは自分の親を親だと認識し、親は自分の子どもを子どもだと認識しています。
大人は、特に自分の子どもを可愛いと感じます。大人は可愛いと感じる子どもを、ペットや家畜、草花のように可愛がります。けれど、人間の子どもはペットや家畜、草花とは違います。ペットや家畜や草花のように、いつまでも大人に可愛がられたり、守られたりし続けられないです。それは成長すると、親や大人達と同等の大人にならなければならないからです。大人として自立した人間にならなければならないからです。現在の大人が次の世代を託さなくてはならない人間だからです。やがて現在の大人が逆に依存をしなければならない存在だからです。
過去の事例は別として、子ども時代をペットや家畜や草花のように(過保護に、過干渉に)育てられて、子どもの自主性が育てられなかった大人が、現在の社会に不適応を起こしている事例を、私たちは現実に数多く見ることができます。
人は「ペットを家族の一員のように扱う」と言います。けれどペットは家族に従属した動物であり、絶えず家族に従順でなければなりません。それに対して、子どもは子どもが主体性を持って家族に属しています。いかなる時もペットは子どもにも従順である必要がありますが、子どもはペットや親に従順である必要がありません。
子どもは家族の中や子どもの集団の中で、社会に順応して大人になるための経験をしていますから、時には自分を主張(自己主張)するために、親や子どもの集団のリーダーに逆らうこともあります。また、時には、親や子どもの集団のリーダーに逆らってまで自分を主張することが、子どもが大人になるために重要な経験でもあります。それはペットには絶対に許されないことです。
ペットは家族の一員として扱えるように、徹底的に不必要な自己主張をしないように育てられ、子どもは親が許せる範囲で自己主張するように育てられます。成長と共にペットの自己主張は段々制限され、子どもの自己主張は段々広く認められて、最終的には親と同じ自己主張が認められるようになりますし、認められなければなりません。
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