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知識の心は、物心が付いた頃より構造的には大人になっていますが、その中に存在する情報量はほとんどないので、成長の過程でその情報量を増やしていきます。その情報量を増やすことには際限がありません。この心は、たぶんいわゆる老化が始まるまで情報量を増やしていくのではないかと推定しています。学校では主として知識の心の情報量を増やそうとしています。勉学や経験が知識の心の情報量を増やしていきます。
反応の心は生まれ落ちてからまもなく、大人に近い構造になっていると思います。生まれ落ちてから間もなくて、情報量を増やしていきます。この心も、たぶんいわゆる老化が始まるまで情報量を増やしていくのではないかと推定しています。学校では実技がこの心の情報量を増やしていきます。日上生活の生活の仕方は、この心の中の情報です。体の動きという経験が、この心の情報になります。
情動の心は、子どもが自我を主張しだした幼年期に既に完成していて、大人も子どもも同じ機能を持っています。そして情動の心の中の情報は生まれたときからすぐ側にいる人から模倣という形で取り入れて蓄積していき、同一文化を共有する人たちの間ではほとんど同じだと言って良いです。、子どもが自我を主張しだした幼年期には完成していて、それ以後変化をすることはないと考えて間違いありません。
思考の心は、その構造が大人と同じになるには思春期ぐらいまでかかるようです。前頭前野が大人の心としてその機能を十分に発揮するのには思春期ぐらいまでかかることが推定されますし、現実に子どもが大人になって、その心が十分に大人と同じように機能するには、思春期を超えなければなりません。