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自分の意思からの行動
ここでいうの自分の意思とは、大人と同じようにいろいろと考えて表現するという意味ではありません。その時の子どもの感情に正直に子どもが行動するという意味です。辛いときには子どもはその辛い場所から逃げようとしますし、楽しければますますその楽しさを求めて発展させようとする子どもの心の反応の仕方です。
子ども同士の生活の中で、子どもと大人との生活の中で、辛い経験をする子どもは必ず出てきます。しかし辛くなった子どもはなぜ自分が辛くなったのか分かりません。何か分からないけれど、ともかく辛いという状態です。また、親から受け入れられない要求をされたときも子どもは辛くなります。
辛さとは潜在意識の反応症状であり、体中に表出されてくるものであり、子どもはその辛さを言葉で正確に表現できません。言葉で表現できたときでも、その表現の多くは親や大人の言葉の受け売りであり、即ちこのような状況ではこのように言葉で表現すべきだという過去の経験から言葉を発しているのであり、決して自分の辛さを分析してその辛さを表現するのに最適な言葉で表現したのではないです。
しかし辛いとか楽だとか子どもは言葉に正しく表現できなくても、子供は自分の感情を感じ取ります。子供は辛いところから逃げ出し、楽になればその子どもらしく成長しようとします。母親だけは子どもが辛いか楽か、その状態だけは理解できます。しかしどれだけ辛いか、辛いときどうしたら楽になるのか、それは分かりません。子ども自身は辛いところから逃げ出してみて、自分が楽になったら逃げ出すのを止められます。母親にはどこに逃げさせてあげたらよいのか、そこまでは分かりません。子どもが自分の意思で逃げ出してみて、子どもが楽になった姿から、逃げ出した所が良かったと母親には分かります。
つまり子どもが辛いと、いつどこへどのようにして逃げるのか、子どもが試行錯誤する必要があります。それには子どもが自分の感情に素直に反応して行動することが大切です。自分の意思で行動することが大切です。親が子供を守ろうとして、親の考えから子供に指示して子どもを動かしたときには、たとえその指示からの行動で子供が辛さから守られても、その子供の経験は子供の知識として役立ちません。
それどころか多くの場合、親の考え方からの指示は間違っています。乳幼児期は別として、親は子供のことを良く知っている積もりでも、実際は子供のごく一部しか知らないからです。この間違った指示を受けて子供の辛さが解決しなくても、子どもはよい子を演じて、親の指示で辛さが解消したように演じてしまいます。親としては子供に良かれとしたこと、結果として良かったと思えたことで、子どもはその見かけとは異なって辛さに苦しみ続けています。親からは子どもが辛くなっている問題が見えなくなってしまいます。
子どもが自分の自発的な行動(=自分の感情に素直に行動)した結果を、その試行錯誤を親は認め続けて、結果的に子どもが楽になった場所に子どもを保護して守ってあげればよいです。そうすれば子どもは子どもの本能から子どもの周囲に順応して、その子どもなりに一番良い成長の仕方をします。この本能は全ての子どもが持っています。親はその本能の芽をもぎ取らないようにすればよいです。
現在の多くの親や祖父母が経験していることですが、今よりも貧しかった時代の子どもは、自然の中でその子どもなり過ごしたり、親から些細な物を貰うことで、何か分からない子供の辛さを癒すに十分でした。子どもの意志を尊重しなくても、子どもが経験した辛かったことや、親からの要求や押しつけから生じる辛さを癒し解消することが出来ました。
現在の子どもには自然の中で辛い心を癒すことが出来ません。例え自然の中に出て行けたとしてもやはり大人に管理されていて、子どもなりの癒しを自然の中に求めることができません。物質的に恵まれている状態の子どもですから、親から何かを貰えても、その貰えた物で子どもの辛い心を十分に癒すことは出来ません。子どもが恵まれた環境にあればあるほど、子どもは自分の意思から行動をする必要があり、それが子どもの心を守る一番早くて確実な方法です。
楽しく成長をしている子どもについても同様のことが言えます。ただし癒しの要素はなくなります。楽しいかどうかは子どもの体の中に表現されます。言葉に表現するのは不可能です。子どもがその楽しさを言葉にしたときには、それは子どもが親や大人の言葉を受け売りしているだけです。又その受け売りが子どもの言語表現を増やしていくことも事実です。
親が与えた楽しさは、子どもには必ずしも楽しいとは限りません。場合によっては辛い場合もあります。楽しくなくても、辛くても、子どもは親に向かってよい子を演じて、楽しそうに振る舞います。親は子どものためによいことをした、親の対応は間違っていないと判断します。それは子どもの子どもなりの成長の芽をつみ取ってしまうことになります。子どもは楽しければ、与えられた環境に順応して、その子どもなりに楽しさを発展させて、どんどん能力を伸ばしていきます。子どもが求めてきた要求だけに親は答えてあげればよいです。それはますます子どもの能力を伸ばすことになるからです。
不登校を「心の病気」として正当化
不登校の子ども(小、中、高校年齢)は学校内でいろいろな辛い経験を繰り返した結果、学校や学校に関するものを見たり意識すると反射的に辛くなるようになっています。いろいろな病気の症状を出すようになっています。その辛さや病気の症状を生じる心の反応は潜在意識の領域で行われていますから、子ども自身はなぜ自分が辛くなり病気の症状を出すのか理解できません。
その子どもから親やその他の大人がいろいろな事を聞きただして、なぜ子どもが学校に行けないのか、なぜ辛い症状を出しているのか、その原因を見つけようとしています。しかしはっきりとした原因を見つけられません。もしその原因を見つけられたと親や大人が思って不登校の子どもに対応をしても、子どもの不登校問題は一向に良くなりません。親や大人が子どもの不登校問題の原因と考えたことが、原因でない場合が多いからです。そこで多くの親は子どもが病気ではないかと思い、子どもを病院に連れて行きます。
医者(殆ど全ての医者は子どもがなぜ不登校になったのかその心の仕組みを知りません)は子どもが出している症状から、子どもが病気だと診断します。子どもが客観的に病気だという証拠はどこにもありません。医者に子どもが病気だと言われると、子どもが病気だからいろいろな病気の症状を出して学校に行けないと親は納得します。今までの親の対応で効果が得られなかったのは病気のためだったと理解します。親は安心して子どもに学校を休ませることができます。一生懸命子どもに薬を飲ませて、一日も早く学校に行かせようとします。
子どもは医者から病気だと言われても、自分が辛いことに変わりがありません。病気として受ける対応でより辛くなる子どもは、病気としての対応を拒否してしまいます。病気として対応を受けると楽になる(薬の効果が子どもを楽にした場合、親の対応が優しくなったので子どもが楽になった場合)子どもは、自分は病気だと納得して病気としての対応を受け入れてしまいます。
親は誰でも行く学校に、自分の子どもが行けない事実をとても辛く感じます。法律的に行かさなければならない学校(小、中学校)に自分の子どもが行けないのは、自分の子育てが間違っていたと考えてしまい、余計辛くなっています。子どもを学校に行かそうとする対応で子どもがますます辛くなり、暴れたり病気の症状を強めていく現実をとても耐えられません。
しかし子どもが病気だったら子どもが学校に行こうとしないで、いろいろな病気の症状を出す現実を親は納得できて許せます。今まで子どもの不登校問題で苦しんできた親自身がとても楽になります。病気なら子どもが学校に行けないのは当たり前であり、親としての子育てに疑問を感じたり、親自身を責める必要が無くなります。子どもの病気を治しさえすれば親の義務が果たせると考えます。その結果親は子どもを一生懸命病院に連れて行き、薬を飲ませようとします。
多くの不登校の子どもは、自分が学校に行こうとすることで辛くなることをよく知っています。薬を飲んでも学校で辛くなることに変わりがありません。すぐに薬を飲もうとしなくなります。けれど子どもの中には薬を飲むことで楽になり、以後薬を飲むことを希望するようになる子どもも出てきます。そのような子どもは薬で自分の辛さが解決すると信じるようになり、医者が言う病気であることも信じてしまいます。
長い年月不登校問題や自分の病気のような症状に苦しんでいる子どもでは、その涌き上がってくる辛さに耐えきれなくなっています。薬を飲めばその辛さから逃れられると判断した子どもは自分から進んで薬を飲もうとします。原因の分からない自分の辛さを病気だと思えば子ども自身も納得できる場合があります。親から薬を飲んで欲しいという要求を受け入れることで親からの責めが少なくなり楽になった子どもは、親の希望に添って薬を飲み続けます。
薬が効かなくても親からの責め(不登校の子どもが辛い状態にあることを悪いことだと責める)を避けるために薬を飲み続けることで、薬を飲み続けることの習慣ができます。親からの責めがなくても、無意識に、時間的に薬を飲もうとしますし、薬を飲まないととても不安になります。不登校であることの不安に、薬を飲む習慣がとぎれる不安が重なってとても辛くなります。どうしても薬を止められなくなります。
一度薬を飲む習慣が付きますと、薬を休むことができなくなります。不登校の子どもは不登校であると言うことだけで不安を生じやすいところに、習慣化していることを止めることの不安(一種の葛藤状態)が重責してとても辛くなるからです。つまり薬を飲む習慣が付いた子どもは薬を止められないという理由からも、自分は病気であると認識するようになります。
一度自分を病気だと信じ込んだ子どもの病識を取り除くことは大変に難しいです。病気だと信じ込んだ不登校の子どもは、病気を治すことに一生懸命でも、子どもを辛くする刺激から逃げ出すことを考えません。子どもが気づかなくても子どもが辛くなる刺激にさらされ続けていますからとても辛い状態にあります。それを薬を飲むことで、薬を飲むことで治ると信じ込んで、楽になろうと一生懸命薬を飲み続けています。そのような子どもに「君は病気でないから、薬を飲んでも意味がない」と言っても、とても受け入れてくれません。
現在の医学では、精神疾患(精神疾患の存在は医者の誤解です)は治らないと信じられています。幾ら症状が無くなって元気になっても、それは精神疾患が緩解したと考えられるだけで、治ったとは考えられていません。つまり一度精神疾患の診断がつくと一生その診断がつきまといます。その後の子どもの一生は障害者として扱われます。子ども自身も自分を障害者として信じ込んでしまいます。それはその子どもの可能性を奪ってしまうものです。本当に悲しいことです。
親につぶされて”不登校に陥る子ども達
親の過干渉や教育ママぶりが子どもを不登校にすると考えている人が多いと思います。逆に親がろくに子どもの面倒をみないために、子どもが進路を誤って不登校になると言う人もいます。それはその親と子どもとを表面的にみた大人の判断です。子どもの心の中はそのように大人の考えるような簡単なものではないです。
親の過干渉や教育ママぶりが子どもの内的な欲求と合致していれば、子どもはどんどんその能力を伸ばして行きます。すばらしい能力の大人になって社会に出て行けます。しかし多くの場合、親の過干渉や教育ママぶりが子どもの内的な欲求と合致していない場合が多いです。その場合には子どもは辛くなり、最初は親に対してよい子を演じてしまいます。よい子を演じきれなくなったときに、親に向かって暴力を振るったり(いわゆる反発して暴れたり)問題行動を起こしてしまいます。又はいろいろな病的症状を出すようになります。
この親の過干渉や教育ママぶりが子ども追い込んで、子どもがよい子を演じきれなくなって、子どもが暴れたり問題行動を起こしたり、病気の症状を出すようになった姿が”親につぶされて”という姿です。この”親につぶされて”という子どもの姿と、その子どもの不登校とは直接関係がありません。もし学校が本当に子どもにとって楽しいところなら、”親につぶされて”と表現される子どもは喜んで学校に行きます。場合によっては学校から家に帰りたくないと言い出す場合もあります。
現実の学校は子ども達にとって楽しいところではない場合が多いです。親の過干渉や教育ママぶりで既に辛い状態の子どもは、学校での辛さに過敏に反応します。他の子どもでは何でもないようなことに過敏に反応して辛くなり、学校や学校に関するもので辛くなる条件刺激を学習してしまいます。それ以後学校や学校に関するもので条件反射を生じて辛くなり、不登校になってしまいます。他の子どもより不登校になりやすいです。親の過干渉や教育ママぶりが子どもを不登校にさせやすいですが、それでも子どもを不登校にしたのは学校内のその子どもにとって辛い事件です。決して親の過干渉や教育ママぶりではないです。
不登校の子どもは繊細で過敏
不登校になった子どもは、親や教師がそのこの不登校に気づいた時点では、繊細で過敏である場合が多いです。しかしその子どもがもっと幼かったときにはとても明るくておおらかであった場合が多いです。つまり学校に通っている間に性格の変化を来してきています。この性格の変化に気づく前に、その子どもは学校内で辛い経験を始めています。
明るくて元気でおおらかな子どもが学校内で辛い経験を始めると、程度は未だ弱いですが、学校に対して恐怖を生じる条件刺激を学習します。学校に対して恐怖を生じる条件刺激を学習した子どもは、学校にいるだけで程度は未だ弱いですが、辛くなります。その辛さを回避するために、子どもはよい子を演じている場合が多いです。子どもがよい子を演じていると、親や教師はとても良い子どもだ、しっかりしていると理解して、子どもが学校内で辛い思いをしていることに気づきません。
学校で辛くなる子どもは学校にいるだけで辛くなります。辛いと新たな辛い刺激に敏感になっています。新たな辛い刺激で他の子どもにないような大きな辛さを感じてしまいます。そのような子どもの姿を親や教師、他の大人達は、その子どもがとてもよい子だけれど、とても繊細で過敏であると理解するようになります。
不登校の子どもが不登校になる前に繊細で過敏だったと理解したときには、その子どもは既に心の中では不登校になっていたのです。登校拒否の状態だったのです。学校から受ける辛さに無理をして耐えて、学校に行き続けていた姿なのです。既に心が不登校になっていた子どもを観察して、不登校の子どもは繊細で過敏だと判断しても、それは不登校の結果から不登校の子どもの性格を理解しただけに過ぎません。
充電したよ!
小学3年生から不登校になっていた男の子昇君の話です。不登校になって母親は学校と相談して、スクールカウンセラーと相談して、プリントや友達など、少しでも学校との関わりを続けながら、家で自由に生活をさせようとしていました。しかし昇君は友達と楽しそうに遊ぶのですが、夜になって荒れてガラスや壁を壊すようになってしまいました。そこで母親はスクールカウンセラーの薦めもあって、ある名の知れた小児精神科を受診しました。
医者からは発達障害または自閉症の可能性があると指摘されて、薬を飲むことになりました。母親は子どもを助けたい一心から、一生懸命薬を飲ませようとしましたが昇君はなかなか薬を飲もうとしませんでした。無理矢理に飲ませても昇君はますます荒れるばかりで母親は精神科の治療に疑問を感じるようになっていました。大学病院やその他の精神科、心療内科を受診しても同じような結果しか得られなかったので、母親はネットでいろいろと検索をした末に当院を受診しました。
母親は子どもを伴わないで、新幹線と電車を乗り継いでやってきました。母親との面談で母親は子どもの心に沿った子どもの問題行動や症状を理解することができました。病気でもないことを理解できた母親は、もう病院通いや薬を飲ませることをすっぱりと止めて、家の中で昇君が楽しく過ごせるような対応をすることを理解して帰りました。その後の相談は電話ですることにしてありました。
帰宅すると母親は学校に電話をして、今後学校からの印刷物を持ってこなくて良いし、同級生を昇君と遊ばすためにこさせなくても良いことを伝え了解してもらいました。昇君には「学校に行かないで、家で昇君らしく楽しく遊んで過ごしなさい」とだけ言い続けました。昇君が学校に行くために朝6時に起こしてと言っても起こしませんでした。昇君が荒れても、荒れるままにして止めようとはしませんでした。食事も昇君が食べるに任せて、ゲームも昇君が止めるまでさせ続けました。そうすると昇君は風呂にも入らない、パジャマを着替えもしないで、明け方までゲームをして昼間眠るという生活を約一年続けました。
4年生の終わり頃になって昇君は漫画や飲み物を買いによる一人でコンビニまで出かけるようになりました。そのころから友達と遊ぶようになりました。はじめは夜コンビニで立ち話のようなことをしていましたが、そのうちに午後には起床して学校を終えた友達と公園で遊ぶようになりました。そのような昇君の様子を知った学校は、昇君に適応指導教室やフリースクールを薦めましたが、母親はそれを断って昇君が家で元気になり昇君の自主的な動きを尊重し続けました。
5年生になってからの秋、昇君は母親に塾に行きたい、塾で友達と勉強をしたいと言い出しました。しかし母親は昇君に「学校に行かないで家で昇君らしく楽しく遊んで過ごしなさい」と言い続けました。昇君は「僕がこれだけ勉強を従っているのに、それをさせない親なんて他にはいない、とんでもないおやだ!」と言って暴れましたが、母親は昇君の暴れるままにしていました。そうすると何日かたって、以前昇君が行っていた塾から電話があって、昇君が塾で勉強したがっているから認めてやって欲しいという内容でした。そこで母親は昇君とよく相談して連絡すると言って電話を切りました。
昇君の熱意に押されて母親は昇君の塾通いに同意しました。昇君は塾での勉強を一生懸命しました。それはまるで今までの遅れを取り戻そうとするかのようでした。家ではゲームに多くの時間を費やしていましたが、塾が始まる前から塾に出かけ先生にいろいろと質問をしていました。実力がどんどんついていったと塾の先生は昇君を褒めていました。それでも母親は昇君を褒めるでもなく、淡々と昇君を塾に送り出していました。
5年生の終わり頃、昇君は風呂上がりで一息ついている母親に向かって言いました。
「僕は一年の時からみんなにいじめられていたんだ。お母さんは僕に良い子でいなさい、勉強をしなさい、学校を休んじゃあいけない、と言い続けたでしょう。僕は本当に辛かったんだ。辛くてもがんばって、がんばって学校に行っていたんだよ。」
すると母親は涙を流して謝りました。
「お母さんが悪かったの、昇のことわかってあげられなくて本当にごめんね。辛かったねえ、ごめんね・・・、ごめんね・・・」
「お母さんが泣かなくてもいいよ。僕、もう充分、充電したよ!。だから学校に行こうと思う」
と昇君は言いました。母親は
「それだけ辛かったのだから、もっと家で昇が楽しく過ごして欲しいと母さんは思っているよ」
と言い続けましたが、昇君は
「僕にはこれからやりたいことがあるんだ。そのためには学校に行かなければならない。もう決心したのだから、学校に行くからね」
とだけ言って自分の部屋に行ってしまいました。
その後、次の週の月曜日から、友達と誘い合わせて学校に行ってしまいました。現在は6年生、小学校生活を満喫している姿に母親は昇君を信頼し続けてきたことの喜びを感じています。
不登校の理由は本人も「よく分からない」
不登校(登校拒否)の原因として文部科学省は以下のようなものを上げています。
A.学生生活に起因する原因として、生徒や教師との人間関係といじめ
B.遊び、非行型の親の養育態度による原因として、親自身の教育観が問題。親が子どもを学校に行かせることをあきらめてしまっている。家庭が崩壊状態であり,子どもの面倒を見ない。悪い友人と他罰的な親が多い。
C.無気力型の登校拒否の父母による原因として、父母が自覚に乏しく祖父母任せである。保護者の接し方に工夫が欠ける。
D.情緒混乱型による原因として、父親は接触が少ない。母親は過干渉
E.その他の原因として、意図的拒否など
F.複合型とは、前記の原因が複合的に関与している
G.その他としては原因が全く分からない
多くの大人や教師はこれらの問題点を解決して子どもが学校に行けるようにしようと考えています。「家庭訪問を行い,学業や生活面での相談に乗るなど様々な指導・援助を行った」,「登校を促すため,電話をかけたり迎えに行くなどした」などで1/4以上の不登校の子どもが学校に行けるようになったと報告されています。しかし実際にはこれらの問題点を解決しても、不登校問題を解決できない子どもが多いし、学校に行けるようになった子どもも又その後から不登校になって全く学校に行けなくなっています。
これらの原因は不登校の子どもの例を寄せ集めて、その原因と思われるものを拾い出しただけです。原因と思われたものが原因でなかったのです。どうして原因でなかったかというと、不登校の子どもは不登校になる前に、他の理由で学校に行きづらくなっています。心の中は既に不登校状態になっていても、子どもは無理をして学校に行き続けていますから、周囲の人からは不登校状態だと判断されません。この状態を登校拒否と表現できると思います。
不登校の子どもは心が不登校状態でも、無理をして学校に行き続けていましたが、何かあるきっかけを契機に学校に全く行けなくなる、周囲の人が不登校と気づくようになります。文部科学省のいっている原因は、教師や多くの大人が考えている不登校の原因は、この心が既に不登校状態の子どもが学校の辛さに耐えきれなくなって、実際に学校に行かなくなるときのきっかけの場合のようです。
不登校の原因を知るには、不登校の子どもが学校に行こうとしないときの姿を素直に観察すると分かります。不登校の子どもに学校や学校に関するものを見せたり意識させたりすると、子どもは瞬間的に表情が変わりいろいろな症状を出してきます。まさに瞬間的ですから、その時子どもがいろいろと考えて反応しているのではないことが分かります。
無意識に反応しています。反射的に反応していろいろな症状を出していることが分かります。この刺激に反射的に反応していろいろな症状を出すことを情動と言います。不登校とは学校や学校に関するもので生じる情動反応です。学校に対する一種の感情です。不登校の子どもは学校や学校に関するもので辛くなるという感情を植え付けられたのです。
情動は脳科学的に詳しく研究されています。それによると、情動はほぼ3,4歳ぐらいまでの間に完成して大人と同じように機能をしています。情動が完成してからの情動学習は条件反射という形でなされます。条件反射にはパブロフのイヌのような接近系の条件反射(嬉しいことで学習する条件反射)とお化けを怖がるような回避系の条件反射(辛いことで学習する条件反射)があります。不登校は回避系の条件反射に属しています。
不登校を生じる回避系の条件反射を理解するには、辛さに慣れはなくて、辛さには相乗効果があるという事実を理解する必要があります。教師や多くの大人は、子どもに学校で辛いことがあっても我慢して学校に来続けていると、その辛さに慣れて辛くなくなると考えています。大人は辛いことがあっても、その辛さを自分の意志で調節して辛さを克服できます。けれど子どもはそれができません。それどころか子どもが辛い状況にあるとき、又別の辛い経験をしたときには、その時感じる辛さはその子どもが辛くないときに感じる辛さよりも遙かに強い辛さになっています。それだけ強く恐怖の条件刺激を学習してしまいます。
不登校になった子どもは学校内で辛い経験(例えば先生の学級運営、先生に叱られること、友達からからかわれたりいじめを受けたりする)をしています。その辛さが解消されないうちに次の辛い経験をすることでより強く辛さを感じています。その辛さが解消しないうちに又次の辛い経験をすることでもっともっと強く辛さを感じるようになっています。そのような経験の積み重ね結果、不登校になった子どもは最終的に耐えきれないほどの辛さを感じて、子どもの周囲にある学校や学校に関するものに恐怖の条件刺激を学習しています。
子どもが学校内で経験し続けた辛いこととは、教師や一般の大人、同級生から見たらとても些細なことで、とてもその経験で子どもが辛くなって苦しんだとは考えられない程度のものです。ですから不登校の子どもが学校で経験し続けた辛いことがあまりにも些細なことなので不登校の原因とは考えられません。けれど不登校になった子どもではその些細なことの積み重ねの結果、辛さの相乗効果からとても強く辛さを感じています。
恐怖を生じる条件刺激を学習した子どもは、それでもその時までに身につけてきた習慣から無理をして学校に行き続けています。いわゆるよい子を演じ続けています。そして学校から感じる辛さの中で新たな学校内での辛い経験から、最終的に学校をどうにもできないぐらいに辛いと感じる条件刺激として学習して、それ以後学校を見ただけで、学校を意識しただけで、その時生じる恐怖を生じる条件反射から動けなくなり学校に行こうとしなくなります。子どもが学校に行こうとしなくなったとき、親や教師は初めて子どもが不登校であることに気づき、その不登校の原因として直前に起きた子どもにとって嫌なことを原因として考えるようになります。
不登校は学校や学校に関するものを恐怖を生じる条件刺激として学習した、恐怖を生じる条件反射から生じています。どのような事件で恐怖を生じる条件刺激を学習したのかということに関係なく、学校内で子どもが辛くなった事件を経験したという事実から生じています。学校外で子どもが辛くなるような事件を経験しても、その子どもは不登校にはなりません。事件を経験したときに、学校や学校に関するものが側にないからです。
子どもが不登校になった時点で、学校内で子どもを辛くした事件を解決しても、不登校の問題は解決しません。不登校の子どもの心にある学校や学校に関するもので恐怖を生じる条件反射をなくすると、子どもは学校に行けるようになります。不登校の子どもの心の中にある恐怖を生じる条件反射をなくさない限り不登校問題の解決はありません。
不登校の子どもは学校内でいろいろな辛い経験をしたことを覚えています。しかしそれらの辛い経験を思い出しても、自分が学校に行けなくなるほど辛くはなりません。そして学校や学校に関するものを見たり意識するととても辛くなって学校に行けなくなってしまうことには気づいています。気づいていても、なぜ学校や学校に関するもので自分が辛くなるのか分かりません。それらの事実を子どもが言葉にすることはあまり無いです。それは言葉にして言っても、親や教師、その他の大人には理解して貰えないからです。
おばあちゃんでなくてお母ちゃん
一年ぶりで小さな男の子を連れたあるご婦人に会いました。一年前にお孫さんのことで相談を受けたご婦人です。一年以上前、息子さんのお嫁さんが交通事故で死亡して、幼稚園に通う男の子が残されました。それ以後ご婦人は母親代わりに家事洗濯、男の子の面倒を見続けてきていました。
けれど男の子は何か少しでも嫌なことがあるとすぐに「おかあちゃ~ん」と言って泣き出しました。幼稚園ではよく喧嘩をして、母親代わりにご婦人は呼び出されて困っていました。男の子はご婦人の靴や身の回りのものを隠したりしたことがあり、ご婦人は男の子を育てる自信をなくしていました。どうにかして男の子を育てられないか相談しに来院されました。
相談を受けた私は、ご婦人にご自分の一生を犠牲にしても祖母を止めて母親になりきれるかどうかを尋ねました。するとご婦人は自分の命を掛けてでもこの男の子を守り育てたいと答えました。そこで私がご婦人に御願いしたことは、ご自分の実の息子を育てるときのことを思い出して、男の子の母親になりきって欲しいと言うことでした。男の子と生活しているときには、自分のことを「おばあちゃん」と呼ばないで「母さん」と呼ぶようにしなさいと言うことでした。男の子にもご婦人のことを呼ぶときには「おばあちゃん」と呼ばせないで、「母ちゃん」と呼ばせるようにしなさいと言うことでした。
それから一年たって男の子とそのご婦人に再会したときには、二人はどこから見ても親子でした。ご婦人が高齢になって生まれた子供を育てている姿でした。男の子はご婦人を母親として信頼しきっていました。ご婦人は、男の子が自分を祖母でなく、母親と認識したとき本当に良い関係に変わって、それまでの子育ての問題点が殆ど全て無くなったと言いました。
社会性を学ぶ機会
核家族化、少子化、地域社会の崩壊等から、異年齢の子どもと交わる機会も減り、集団で遊ぶ体験すら乏しくなった現代の子ども達は「社会性を学ぶ機会が少なくなった」と主張する人があります。確かに学校や塾に縛られている子ども達は社会性を学ぶ機会が少ないです。しかし不登校の子ども達は親から不登校が認められて、家の中でエネルギーを十分に貯めたら、不登校の子ども達は学校に戻る前に社会のいろいろな組織や催し物に自分の意志で参加して、そこにいる大人達と上手に交われるようになります。大人社会の中で生きるすべを学んでいきます。強く生きる生き方を学んでいきます。大人社会で必要な社会性、ソーシャルスキルを身につけます。
同年齢の子どもの集団(学校や塾、習い事を含めて)だけに加わっている子ども達は同年齢の子どもの集団の中での生き方を経験していきます。子ども同士の間のソーシャルスキルを学習します。それは決して子どもが大人社会の中に出ていって役立つ経験ではありません。今から50年以上前の子どもの集団と違って、現在の子ども集団の中にあるものは競争であり、競争に勝つことが優先されています。その結果としていじめる子ども、いじめられる子どもが出てきます。現在の子ども集団は、例外もあるでしょうが、多くの場合昔のように自然を相手に子ども達なりに子ども同士が助け合い協力し合って、楽しみ成長していく子ども社会でないです。
現在の子ども社会は大人に支配された集団であり、そこには子どもらしさを発揮する余地は殆どありません。子どもらしさと指摘されているといわれている場合でも、多くの場合関係する大人が指示して与えていて、子ども独自のものではないです。子ども達は大人に支配された集団で楽しそうに過ごしていても、心の奥底では葛藤状態にあります。その結果弱い立場にある子どもをいじめることになります。強い立場にある子どもに対してすら、いじめる側の子ども達は集団を組んでいじめをしてしまいます。
現実の子ども社会を利用して伸びていく子どもは、子ども社会を利用して伸びて行けばよいです。その場合も決して社会性を学んだわけではないです。子ども同士の競争に勝った子どもというだけです。社会性を学んでいないばかりか、他の子どもをけ落とす方法しか学んでいませんから、自分が競争に負けたときにはその挫折感はとても大きいです。心に大きな傷を受けてしまいます。競争に勝ち続けてきた子どもが他の子どもにけ落とされたときには、け落とされたときの回復法を知りませんから、自分の力で窮地から抜け出すことができません。心の傷の疼きに一生苦しむことになります。
現在の子ども社会で心の傷を受けてその子どもの将来を失うぐらいなら、早めに子ども社会から逃げ出したほうが良いです。子ども社会での経験がないか少ない状態でも、十分に子どもは成長できます。その子どもなりに十分のエネルギーを持って大人社会と関わることで、大人になったときに必要な社会性を十分に得られます。それは子ども社会の中で生活していては決して得られないものです。子ども社会の経験を省略しても、子どもは十分に成長して大人になり社会に出て行けます。
情動耐性
ある大学の教授が、「近年の子どもは情動耐性が育っていない」と指摘しています。本当にそうでしょうか?情動とは受けた刺激に対して感情を含めた体全体の反応の仕方です。それは潜在意識から生じます。意識的にできることではないです。大人になって自己コントロールができるようになると、情動の発動を押さえることができます。感情を抑えることができます。感情の真似は情動ではないです。学習した反応の仕方を利用しているだけです。
脳の解剖学的な構造から子どもが幼ければ幼いほど情動の調節はできません。思春期以前の子どもは情動の調節はできないと考えた方が間違いがないです。強い情動刺激でしたら、二十歳代の子どもでも情動の調節は不可能だと考えた方が間違いがないです。大人になっても情動を調節する練習をしないと、とっさに自分の情動を、感情を調節するのが難しいです。
情動は大脳辺縁系で処理されます。大脳辺縁系は二、三歳で完成し、それ以後変化することはまず無いと考えられます。情動を調節する機能は前頭前野です。前頭前野の神経繊維の髄鞘化の完成は二十代の後半になります。ですから人によっては二十歳代の後半まで情動の調節、感情のコントロールが下手な子どもがいてもおかしくないです。
情動耐性とはこの情動を意識的に調節する機能を指しています。情動耐性が育っていないというのは情動調節ができないという意味です。情動調節について大人には可能でも、前記のように子どもが自分の情動を調節することはできないか大変に難しいです。情動耐性という概念を子どもに用いること自体が既に子どもの心を理解していないことになります。
子どもの情動が安定していると言うことは、子どもに普段加わる刺激で子どもが情動反応しないという意味です。子どもの心が傷ついていないという意味です。「近年の子どもは情動耐性が育っていない」という意味は「近年の子どもは心が傷ついている子どもが多い」と言い換えることができます。それほど学校を含めて近年の子どもの環境は、子どもにとって辛い状況にあります。