プロ野球ファンであるので、仕事を終えて、スポーツニュースのはしごをよくやる。私は、パリーグの試合はそれほど見ないが、楽天に注目している。いや、むしろ、野村監督かもしれない。
もともと、ヤクルトを再生したのは、野村監督であった。
阪神も今の状態に移行するきっかけを作った。
でもって、楽天である。
中日をお払い箱になった山崎が、打つこと打つこと。
ちょっと前までは、球界のお荷物だったのが、なんだかんだでこんなに注目されるとは。
好対照をなしたのが、巨人ー楽天
昨日、やっとこさ5割になった巨人、さあこれから と思っていても、
楽天を相手にしても、連勝できるか?と不安視する方々もいたと思う。
案の定、やってくれましたね>楽天
しかも、9回裏、2アウトから、盗塁するか?
本気で、巨人を立て直したいのならば、野村監督を引っ張ってくるべきでしょうね。
同じことが、大学にも言えると思う。いわゆる教授は、監督に相当すると感じることが最近多い。
野村監督のように、口うるさい教授もいれば、原監督タイプの教授もいる。
私自身の好みから言えば、口うるさい野村監督よりは、原監督を選びたいところではあるが、
実際の仕事ぶりを見れば、野村監督に指揮をとってもらうのが、良いと思う。
将来、教授になったら、やっぱり、野村監督のような指揮が執れたら良いと思う。
(口うるさいと思われるのは嫌)
原監督と、野村監督の間には、何かが決定的に違うんだろうけれども、それが何か? が解らない。
何だろうか?
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
後輩に、「モチベーションを維持するのが大切」と教えてきた。
しかし、最近、自分のモチベーションが下がり気味。
「辞めよっかな?」と思うこともしばしば
(ブログの内容が暗いのもそのせいか?)
が、ある本を読んでいて、「!」と思った。
自分自信に刻むためにも、書いてみた。
「君は本当に先に進みたいと思っているのか?」
「もちろんです!」
「君は、自分がはじめに何をやろうとしていたか忘れていないか? 自分が情熱を持っていたとこと、そもそも、こんなくろうをすることになった切っ掛けを忘れていないか?」
「そういえば……」
「そうだろうと思ったよ」
「今の君は、夢を持ち続けることよりも、生き延びることのほうが心配なんだ。恐怖が君の情熱を吹き飛ばしてしまったんだな。先に進むために一番良い方法は、心の中の炎を燃やし続けることだよ。」
「はじめにやろうとしていたことをいつも忘れないようにするんだ。そうすれば、この旅は楽になる。夢を失うことことよりも、自分自身のことを心配し始めると、恐怖が君の魂を蝕みはじめる。」
「前に進む原動力は情熱だ。恐怖じゃない。君はここまで長い道のりをやってきた。もう少しじゃないか? いま後ろを振り向いたりしてはだめだ。はじめにやろうとしたことを思い出し、心の中にその記憶をしっかりとどめ、炎を消さないようにするんだ。」
「やめるのは、いつだってできる。それなら、何も今やめることはないんじゃないか?」
確かに。その通り!
具体的な方法がないから、ダメだ という方もいるとは思う。
しかし、具体的な方法は、それぞれが工夫すべき内容だと感じる。そこまで、人に頼ってはいけない。
大嫌いだった、国語の先生に言われたことがある
「かなわぬまでも、せめて一太刀ぐらいできるだろう?」
諦めずに、あがいてみよう、どこまでできるか解らないけれど。
しかし、浮き沈み、激しいなあ。最近
大学のコンピューターネットワークを管理する委員会に出席した。
この委員会、もともと15年ほど前に有志が立ち上げた委員会で、
大学側が、これに乗っかっているという形で、そのまま来ている。
ネットワークの管理は委託しているのではなく、大学の(別の分野)の職員が、兼務するという形でやっている。
セキュリティーの強化をどちらかというと優先し、多少のユーザーの不便性はがまんしてほしい というのが、彼らの言い分である。
ユーザー側としては、どちらもやって欲しいのだが、いかんせん有志の集まりが管理している状況でそれは無理というものである。
医学部長や学長は、金を払ってでも人を雇え、というものの、専属のSEを雇って運営させる というのは、かなりの金額になることが解っていないようだ。しかも、なんちゃって職員では困るのである。
大学側からすれば、人件費を削減することが、もっともスリム化するのに簡単な方法であるので、人件費を抑制したいというもくろみが有る。科研費に関しても同様で、人件費を書く部分はほとんどない。特に、科研費を獲得したからといって、自分の給料が上がるわけでもないのだ。(その分、研究に回せ というのが言い分のようだ)
アメリカ留学中にいくつかグラントを書いたのだが、かならず人件費を書く部分がある。実験をやる人数は2人で、2人のサラリーは、研究費からこういう風に捻出する と書くのである。もちろん事務方が、細かい計算をやってくれたのだが、そのサラリーは、留学先から貰っていた金額と同額であったのに驚いたのを覚えている。取り立てて大きなグラントではなかったのだが、そのグラントを獲得すれば、給料は倍になるのである。
貧乏な留学生は、いつかは給料は倍 と夢を描きながら、グラントを書いて、研究費を獲得し、(うまくいけば)偉くなれるのである。
これは貧乏留学生だけのことではない。大学のPIもNIHのグラントを獲得すれば、大学から貰っているサラリー以上の収入が得られることになるのだ。
一方、横並び意識の強い日本では、給料はどこに行ってもほぼ同じである。教授はこれだけ、准教授はこれだけ と決まっている。科研費を獲得しても、研究費を獲得しても、給料が倍 ということはまずあり得ない。トータルの額が少ないんだから、これで我慢して というのも、理解はできるものの、納得できない時もある。
サラリーが動機付けになるかならないか? でいえば、なる と思う。辛い環境で働いていても、サラリーが増える ということなら、多少は我慢できるだろう。(限界はもちろんあるが)
話を元に戻すと
大学のコンピューターを管理するには、有志ではなく、専門家を中心に、ユーザー代表の有志を加えた委員会で運営すべきだと思う。コンピューターを使用している人間が、月々いくら と払うことにより、運営費をまかなえるだろう。
月額でいくらかを払うことにより、ユーザーの利便性を考えた運営を行うことができるはずである。
こういったことは、私にでも思いつくことなので、誰かが思いついて既に 提案し、廃案になった可能性もある。大学なんてフットワークがめちゃくちゃ重いから、こういった思いつきを行動に移すというのは、無理だと思う。
どうすれば、実現可能となるのだろうか?
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080522-00000004-gen-ent
ギラギラとエネルギッシュな男なんて真っ平ゴメン、 哀愁漂う枯れたオヤジがたまらなく好き——。 こんなカレセン(枯れたオジサン専門)の女が増えているという。
とはいえ、枯れていれば何でもいいわけではない。ただの地味なオッサンで終わるか、格好いい枯れオヤジになれるかどうかは、生きざまのすべてで決まる。
人気の枯れオヤジは俳優の蟹江敬三、岸部一徳、故いかりや長介、落語家の柳家喜多八、お茶の水女子大の土屋賢二教授ら。
結局、こういった方々でないと、ダメな訳ね。
私は、まだまだ若い といったとこでしょうか?
人生が「枯れる」というわけではなく、いぶし銀を出す というほうが、性格だと思うのですが。
特に思うのは、かっこよく「渋み」をだしている先輩と、まだまだアグレッシブな先輩と、そのどちらでもない先輩がいるということ。自分では中堅どころ だと思っているのですが、次に「渋み」をだしていければ とは考えている。しかし、最近「渋い」と思う先輩の数が減ってきているので、具体的にどうやって「渋い」人生を歩んでいくのかが、よく解らない。
まわりにもっとたくさん「渋い」先輩がいればなあ。
部署の変更に関して、内示があった際、私は、大きな変化はないだろうと思っていた。確かに見た目は、大きな変化はないようだ。しかし、実際には、まず精神的に大きく変わらなければいけない。今までの甘い考え方でいたのでは、乗り切っていけないことに気がついた。
プレッシャーに弱いと言えば弱いのだが、別の意味でのプレッシャーがのしかかる。
今までは、ラボの中で一人で仕事をして、全体の仕事も割り振られた分をこなせばよかった。
ところが、全体のために仕事をするということを意識しなければいけない。ラボの全員が頼りにしてくれている。自分の責任だけをとればよい訳ではないのだ。
かなりのプレッシャーに負けそうになったが、ようやく「やるしかない」と思えるようになってきた。
今日、仲の良い相談相手と会っていろいろと話をしていた。
「そういう時に限って、本を読みまくっていたのでは?」
「いまはさなぎの時期じゃないの?」
と言われた。
確かに、誰かに教えを請う訳にもいかなかったので、本を読みまくっていたのは事実。しかしさなぎ というのもなあ。
が、考えてみれば、さなぎの間、その内部では、体細胞はそのほとんどが再編され、形を変える準備をしている。
今は、そういう時期だということなのね という風に考えることにした。ぱっと見た目は、さなぎはさなぎ。見た目は大きくかわることはないが、その内部では、虎視眈々と準備を続けていく ということが重要なのだ ということね。
時間にしたら2時間ほどではあったのだが、有意義な話ができたと思っている。分野が異なっているので、違った面からアイディアが得られるのは、有り難いなあ。
プレッシャーどころの騒ぎではないのね。準備しなくっちゃあ。
ブログと日記を書き続けていて、よかったなあ と感じた。
何気なく仕事をしていたら、ふっと等身大の自分が見えてきたのだ。自分というのは、こんな奴という自己像はあったのだが、
それに比べると、だいぶ落ちるんだけれども、
それでも、「等身大」という自分を感じた。
パニックになった際、仕事を先送りするのだが、これに対してとっかかりが遅くなってしまい、うまくいかない。つまり長期計画的な仕事に対する対応が悪いことがわかった。先送りしてきた「つけ」を返すのがへたくそなのだ。
本来なら、そこでがっくりくるところなんだけれども、
自分が勝手に思っている自分の像と、等身大の像と落差にはそれほどがっくりとはしなかった。
ここから、とことん自分を責めていくところなんだけれど、ブログや日記で「内省」するのは、暗くなるからやめようと決めていたので、具体的な改善策を模索することにした。
で、先送りをなくす努力をしようと考えた。
時間枠を決めて、こなしていこう と具体的に決めてみた。
うまくいくかどうかは、長期計画のことなので、結果がでるのには時間がかかるだろう。
こうやって自分の思っていることを文章にして残していくことが(まだ1ヶ月も続いていないのだが)、少しずつではあるが、形となって、自分を元気づけることもある ということがわかって、少しうれしくなった。
ふーさんは准教授なので、学内の教授選考委員会に巻き込まれることがある(それもしばしば)。自分が担当した候補者が、現職になっていたりすると、うれしかったりする。
昨日、某選考委員会の委員長(要するに現在のボス)から、ちょっとまとめてくれ と言われて、業績の集計をした。
「追加公募をするかどうかの資料にしたいから」ということで、
全員の論文のインパクトファクターを計算した。
候補者の年齢は、若くて40歳前半で、今回は50歳までだった。
(やや若いか?)
教育上、重要な基礎学問だが、どうしても、パットした業績が出しにくいというのが現状で、論文数も伸び悩む(良い人は良いのだが)方も多い。苦労の後あって、業績の多い研究室とコラボレーションをして、論文のIFをあげている方々も見受けられた。
基礎の教授選考委員会は、どうしても業績が中心になりがちであるが、結局、人柄やら何やらが、最終的に響いてくる。むしろ業績は一次審査に近いと思う。
臨床にしても、やはり業績で一次審査が行われ、その後、オペのビデオをみたり、いろいろ調べたりして、人柄が重要視される。
点数だけとっている奴が来ても、実際の臨床面で動けなければ役に立たない とよく言われる。確かにそうではあるが、点数も取れない奴が来てもらうのは、もっと困る。
問題は、もうちょっと複雑で、教授会、とくに関連する教授陣がどういった要求をしているのか? を考える必要がある。
この点が最も難しい点だと思う。
業績の集計をすることで、一次予選を突破する方々が見えてきた。どういった方が選ばれるのか、セミナーが楽しみである。
ちなみに、業績集計をひきうけたのは、論文を書くモチベーションを上げるためである。案の定、やらなくっちゃ という気持ちがめらめら沸いてきたが、いつまで続くのかは定かではない。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
職業とビジネスはちがうのだよ と、今日読んだ本に書いてあった。
職業というのは、私のような仕事では、職員としての仕事と、ボスに言われた仕事をこなす ということに相当すると思う。
では、研究におけるビジネスとはなんだろうか?
自分が面白いと感じて、確立したモデルを用いた研究だと思う。
その昔私は、これを「バイトみたいなもんだから」と言っていたのを思い出した。
医局全体の中から言えば、むしろ小さなプロジェクト。でも、やってる本人は、かなり真剣で、面白い研究だと信じてすすめていた。そのうち、研究費もとれるようになり、自分なりに満足をしていた。
これが「ビジネス」に相当するのだと思う。
今日読んだ本には、ビジネスを持つことで、生活が豊かになります と書いてあった。
そういえば、小さなプロジェクトを進めているときは、自分でも楽しかったのを思い出した。
状況は少しずつ変化してきた。
その小さなプロジェクトは、だんだんと大きくなってきた。そうするうちに、だんだんとプロジェクトに対する情熱が失われてきたような気がするのは、確かだと思う。
プロジェクトが小さいときは、研究費がひとつでも獲得できれば、万歳三唱をやった。今でももちろん取れれば万歳三唱だが、万歳の大きさは小さいように思う。
なぜだろうか? 自分が慢心したせいか? 確かにそれも一部にはあるだろう。でも問題の本質は別の所にあるような気がする。
夢を持っていたい。でも夢ではご飯が食べられない。
そのバランス感覚が重要なのかもしれない。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
某携帯電話のCMではありません。
本当に、自分が卒業した小学校の6年4組の同窓会に出席しました。私は、実家から離れて住んでいるので、朝9時の電車で2時間かけて会場へ
明日月曜日朝一にやる勉強会の資料がまったくできていなかったので、コンピューター持参です。
30年以上ぶりに顔を合わすことになるので、どんな顔をすればよいのか? 自分は変わったんだろうなあ とだいぶ不安な思いがあったのだが、仕事に集中していたので、あっという間に車内の時間が過ぎる。
おそるおそる、会場に突入。「おっ 久しぶり!」との声に安心する。男性、女性(幹事は女の子 と言ったのだが、もうそれはないでしょう(笑))、担任をあわせて14名が参加した。このうち、顔が思い出せないのが2名いた。
当時担任だった先生は、3月で定年退職後、再雇用されふたたび教壇に立っているそうだ。我々が6年生のころは若かったのだが、当然といえば、当然か。当時教師をはじめて4年目で、はじめての6年生であったそうだ。ベテランの先生にいじめられ(教育的指導)、小学生は好き勝手するわ、で、毎日泣いていた という話を聞いて、「申し訳ありませんでした」と頭を下げるしかありませんでした。 確かに、泣いていたなんて考えもしなかったからなあ。小学生なんて好き勝手するしなあ。
当時、不良娘だったOさん、今は全うに仕事をしているが、人生楽しそうに、生き生きしている。
まるいめがねに、かわいいおさげだったKさんも、かわってないなあ。
のんびりマイペースのK君は、なんとK察で働いている。
鉄道模型の趣味をもつお父さんがいるN君、30年以上ぶり! めっちゃ懐かしい。でも、そのお父さんもお母さんも(よく怒られた)お亡くなりになっていたのはとても残念。
優秀な学級委員だったUさん、ばついちを公言しつつも明るく、次の旦那を捜すところは、バイタリティーあるなあ。
おとなしめのY君、幹事をやったK君、昔から妙に大人びた発現をするK君 30年の時間が溶けていくのが感じられた(さすがに3時間以上はかかったが)
帰りの電車(これまた2時間)で、いろんな思いが頭を巡った。
なんでわざわざ同窓会に言ったんだろう?
「俺は医者だ」と自慢をしに言ったのか? これはNo.
昔を懐かしむためにいったのか? ある程度Yes
先日の大学の同級生との宴会でも感じたことであるが、
皆、同じような悩みをもちながら、生きている。
これは、過渡期にいるこの世代に共通した悩みなのかもしれない。
準教授である私はいま、ターニングポイントにいる
この歳になって、妻子持ちになって、再び問いかけられている。
自分がどんなことをしたいのか? どんな生き方をしたいのか?
おまえの人生、どう生きるのか? と
そこで、私が考えたこと。まずは、自分のことを知ろう。
等身大の自分って、どんなんだろう?
準教授 という立場からみた自分、
むかし小学校だった自分、医学生だった自分、
こんな自分だったんだ と認識できた時にこそ、自分の方向性が見えてくるような気がした。
今まで、同窓会なんて、年寄りが昔を懐かしむもので、登り調子にある自分には、関係ない と思っていた。
が、この一連の同窓生との会話(のみにケーションではあるが)から、ある程度、これまでの自分を振り返ることで、自分の姿が見えてきたような気がする。
帰ってきて、「お父さん、楽しかった? 同窓会!」と言われた。
CMのイヌではないのだが、非常に複雑な思いで「うっ? う〜ん」と答えた。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
大学では、大学が主催する学内での学会というものがある。
発表者は、大学およびその関連病院の方々。
発表内容は、それぞれもちより。
となると、内容のフォーカスは絞りきれない。
当然のことながら、参加者は少ない(毎年)
でも、毎年(しかも年に2回)やらないといかんらしい。
私はこれまで、数回しか出たことなかったのだが、
昨年から、「集会幹事」をやれと言われて参加している。
昨年は、黙って集会幹事(要するに会場そのものの運営)をやった。
ひたすら、任期が通過するのを待っていたのだ。
だって、参加者すくないし、面白くないから、まあいいか? という気持ちでしかできないのである。
本年度になり、委員の半分が入れ替わった。
私は二年目で、来年入れ替えメンバーに入れる。
本年度も、「なんちゃって委員」で居ようと心に誓って、
委員会では、大人しくしていた。
が、しかし
同じく、なんちゃって委員になってしまった、仲の良い耳鼻科の教授が、「おまえ、働け」と振られてしまい、「げっ!」
とんとん拍子で仕事が舞い込んでくる。
抄録をまとめろ、座長を決めろなどなど。
事務局からも電話が来る(事務局あるのです、一応)
しかし、立てるところは立てなければ と思い、
委員長に連絡をする。「こういう感じでいこうと思いますがよろしいですか?」
「いいんじゃないですか? 一任します」
「げっ?」
委員長もなんちゃって委員長だったのだ。
むりやり委員長にされちゃったからなあ。無理もないなあと思いつつ、自分に仕事を任されるのは嫌なので、理解はしつつも心を鬼にして、「先生のお名前でやりますので」と強引に巻き込む。
しぶしぶオッケーをもらったものの、「お願いしますね」の連打をあびた。
いっそのことダウンしたろうか? と思う同じくなんちゃって委員であった。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | ||||
| 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
| 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 |
| 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 |
| 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |